終止符
ここの所息吹の1日は大体決まっていた。朝起きてすぐ、先生のところへ行き、用意された朝食を食べ、言い渡された寺の掃除をこなした後、又先生の所に戻り昼食を食べる。次に言い渡された雑務をこなし、夕食を食べに先生の所へ戻って、その後は風呂に入って寝るだけだった。
ここに着いた時は、先生も息吹も痩せ細り、体調も芳しく無かったが、今はすっかり顔色も良くなり、かなり二人ともふくよかになっていた。
息吹が寺の中をウロウロする事が多かったが、慶獄と顔を合わせる事はあまり無かった。慶獄の方が息吹を避けてるように思われた。息吹も気まずかったので、ちょうどよかった。
今日の雑務をこなし、お風呂から出た息吹は、フラフラ廊下を徘徊した。この寺は大層古く、あまり大きくは無かった。慶獄以外は誰も住んでいないようだった。月明かりに照らされた廊下は、少し不気味であったが、冷たい風は火照った身体にきもちよかった。
息吹は廊下で寝転びくつろいでいると、ニュッと黒い大きな影が横から出てきた。慶獄の影だった。
「わっぱああ、此処でくつろぐのを許した覚えは無いぞおお」
息吹は跳ね起き、俯いてごめんなさいと呟いた。慶獄は少々バツの悪そうな顔をした後、ついて来いと言い、背中を向けた。息吹はついて行きたくなかったが、そうもいかないので、トボトボ慶獄のを後ろを歩いた。
暗く古い廊下は、ギシギシ音を立てて、息吹の気持ちをざわつかせた。
慶獄は灯りのついた部屋の前に立つと、息吹に入れと目で促した。息吹は怒られる気しかしなかったので、余計足取りが重たかった。
部屋に入ると、机の上に紙が何枚も重ねてあった。
「勝手に、見るんじゃないい」
息吹は、ビクっとすると俯いた。慶獄は部屋の真ん中でどかっとあぐらを組むとお前も座れと促した。息吹は、そろりと座ると、居心地悪そうに慶獄を見つめた。
「ハヤテはああ、もうだいぶ調子がいいいい。今回の経緯はああ、大体ハヤテから聞いたああ。お前達は離れたほうがいいいい。……わしはああ、お前をおお、倭国の尊治様にいい、ゆだねようかと考えているうう。お前のことはああ、わしだけではああ、決められんん」
息吹は耳を疑った。
この男は、自分と先生は離れた方がいいと言ったのか。
息吹は、此れ以上この男の話を聞きたく無かった。スクっと立ち上がると、もう寝ると聞こえるか聞こえないかの声で反論した。だが慶獄は、息吹がこの場を立ち去る事を許さなかった。慶獄は、立ち上がって息吹を見下ろした。息吹は手足が震えるのを感じながら、必死にくちびるを噛み締めた。慶獄の眼球はギョロリと息吹を一瞥すると、大きな声で感情を抑えられず、息吹を責めた。
「おまえにいいい、出会わなければああ、ハヤテはあああ、今頃立身出世を約束されていたああ。腕だってえええ、切り落とさずに済んだのだあああ!!!」
息吹は、眼を固く瞑り、わかってると震える声で返した。
先生は自分から離れたほうがいい。先生だけじゃない。みんなを自分は不幸にしてしまう。
ずっとわかってて逃げてきたこの考えに、慶獄は終止符を打ったのだ。
「ではああ、明後日いいい、お前をおおお、尊治様にいいお前をおお渡しするうう。準備しておけええ」
息吹はコクリと頷くと、そのまま部屋から飛び出した。慶獄は、苦々しい顔をして空を仰いだ。
廊下は、月明かりで相変わらず明るかったが、風が止み、湿った空気が立ち込め、益々不気味さが増すばかりであった。




