エマ
(今日はとっても天気が良いわ。こんな日は唄いたくて仕方ない。)
金色の髪をなびかせながらエマは思った。
(どうせなら、息吹の大好きな歌を唄おう。)
彼女一呼吸置いてから、この国昔から伝わる子供の為の数え歌を歌い始めた。
ひとつ あのこにくくのみあげて
ふたつ あのこにきじゅの花をわたそう
みっつ あのこがセイカのドレスをほしがれば
よっつ 馬を用意して
いつつ ほうせきであの子をかざりましょう
(ほうら届いた)
エマは笑った。
「どうして歌うのを止めるの。その歌大好きなのに」
真っ黒な髪の隙間から、不満そうな青い瞳をのぞかせた息吹がテラスに腰掛けていた。
「ちゃんと、玄関から入って来てっていつも言ってるでしょ。玄関から入って来たら最後まで歌ってあげるわ」
年の変わらない友人に向かって、小さな子をたしなめるように言った。
「だって、ゲリーさんがお風呂にはいらそうとするんだもん。どうせ帰る途中でまた汚れるのに…。あの人小屋に帰っていつもお風呂入ってるといっても信じやしない。それにドレスにすぐ着替えさそうとするし」
エマは息吹をじっと見た。この青い瞳がキョロキョロするのを見るのが好きだった。一日中外にいるというのに一向に日焼けしないのはいつも不思議だ。
「息吹が可愛いのよ。あの人いつもあなたがお城で暮らせばいいのにってブツブツいってるわ。私もそっちが退屈しないのに」
息吹はげええっと吐く真似をした。
「そういう所ほんと、憎たらしい。だからいつも最後まで歌わないの」
息吹はこんな所にずうっといたら退屈で死んじゃうよ。と小さい声でつぶやいたが、これ以上エマの機嫌を損ねるのは本意じゃないと思い、話を変えることにした。
「ジョルジュは今日は居ないの?剣の稽古して貰おうと思ったのに」
「兄さんはエスペランサ様の所よ。父さまも母さまも一緒よ。兄さんは手加減しないし 、あなたはあざを作ってもどこ吹く風だし、そろそろやめたら」
エマには、双子の二卵性の兄がいた。彼らはこの領地をおさめる一族で、息吹と仲がいいのもそういった事情があった。
そもそも息吹はこの国の人間ではなかった。他国の人質として連れて来られたのだ。だが息吹はそういった事は微塵も知らず、今の所自分の生い立ちにも興味が無かった。今の生活に満足していたし、変えたいと思った事も無かった。
人質の身でありながら、息吹がこんな風に自由に出来るのは、息吹の存在を隠したい大人の事情が絡んでいた。
今の彼らにはまだ、自分たちの関係性が変化することなど考えさえしなかった。ただ今が幸せで、ずっとこんな日々が続くものだと思っていた。
これから知る大人の事情も、自分たちの国の立場も、無関係なふりなど出来ないことをまだ幼い彼女彼らは知らなかった。
「ねえ、エマ。今度の誕生日に阿修羅の背中に乗せてあげるね。もうすぐ庭も葉っぱが紅くなるし、きっと綺麗だよ」
エマは満面の笑みを浮かべて、くるりと舞った。
「今からドレスを縫い合わせを始めてるの。兄さんは馬をプレゼントしてもらうって言ってた。息吹の大好きなチョコレートのアイスを山ほど用意するつもりよ。ふふ」
「本当!阿修羅と先生も呼んでいい?」
「勿論よ。私の誕生日だもの。誰にも文句はいわせない。あっ……この匂い……
ゲリーさんがミーツパイを持って来たみたい。食べながらパーティの計画をしましょう。」
今は何をしてても楽しかった。喧嘩をしても、泣いても、全ては楽しい思い出のひとつだった。相手の気持ちを疑ったり、憎む所から最も遠い場所にいた。
「お嬢様たち、パイが冷めてしまいますよ。おいしいお茶もご用意しましたからはやく頂きましょう。」
木漏れ日の間から、少女達の笑い声が鈴の様に鳴り響いていた。
誕生日の計画も、ドレスも全てが無駄になるとは知らずに。