阿修羅
古くから、人々は戦争を辞めず、富を奪い合い、幸せを欲した。
魔法、呪い、野獣、武器、神器。
どんな手を使ってでも、手に入れたい。
時の権力者たちは、欲することを止めることはできなかった。それは、生き物として刻まれた本能であり、生まれてきた者たちの生存戦略にほかならない。
……どのような悲劇を重ねても、人々はそこから逃げ出すことができなかった。
阿修羅の情報を持っているのは倭国とコウテカの庭を所有するギルマ帝国だけであった。
ギルマ帝国は、古くから魔法と信仰が盛んな国であった。かのコウテカも、この国の人々が救いを求め産んだ、親愛なる神であった。
倭国も又、青藍という神を祀る、信仰深い民が治める国であった。この国では法力という、魔法に値するような力が古くから人々の間で培われていた。
一見、この二つの国は似通う所があるように思われるが、その本質はまるで真逆であった。
ギルマ帝国は今も他国へ侵攻を続け、国土拡大名目に、あちこちで戦争を繰り広げていた。又、貿易が盛んで、移民も多く、国内での差別もまだ根を残していた。特に獣人への偏見は
目に余るものだった。
一方で、倭国は、青藍が唱える吟を主軸とした国であった。魔法に匹敵する法力をもつ倭国は、他国からの侵攻を跳ね除けた。新しい文化を避け、自国に籠る道を選んできた倭国は、今も神秘の国と、他の国の者たちから思われていた。
又、この世界で、ギルマ帝国と倭国は最も遠い距離に位置していた。この事が、ギルマが今も、倭国を陥落できずにいた理由でもあった。
阿修羅のような大鷲は、太古から倭国にのみ生存していた。だが特異な力を持つことが知られたことで、大鷲は絶滅の道を歩まざる得なくなった。
……生贄と大鷲の命を引き換えに、法力の力を増強することが可能だったのだ。
この事が、長い間統一されず、血を流し続けた倭国に平和をもたらした。
だがそのための犠牲は余りに大きすぎた。多くの村が、贄のために差し出され、大鷲の命はむざむざと狩られたのだ。
人々は、この痛みを忘れない為、唯一の生き残った阿修羅を聖獣として崇め、青藍を神とした厳しい掟の元 、慎ましく生きる事を決意した。
だが本当は、阿修羅が生き残ったのは、そのような高尚な理由ではなかった。阿修羅には大鷲がもつ力がなかったのだ。贄を差し出し、儀式を行っても、効果は無かった。
息吹と阿修羅は、結局、倭国が消したい汚点でしかなかったのだ。
ギルマ帝国には、王国の建国に大鷲が関係した事、そして大鷲が今阿修羅しか存在していないことが情報として漏れていた。
また運命の輪はまわりだす。
錯綜する情報と、消されたはずの息吹と阿修羅の存在が、多くの人々の道を変えていくのであった。