悪夢の後で
息吹は暗い森をずうっと走っていた。じぶんは一体どこに向かって走っているのか、何から逃げているのか分からない。分かるのは、今足を止めれば駄目だということだ。
(怖い、、助けて)
喉はカラカラで、足も痛いが走ることを止めれない。
(あいつがすぐそばに来てる!!)
泣きたい気分を堪えながら、必死で暗闇の中を走った。
闇の中にもさらに真っ暗な大きな物がこちらを追いかけている。
(こっちに来ないで!)
息吹は叫んだつもりっだったが、声にならない。怖くて怖くて、さらに早く走ろうとしたが、足は鉛のように重かった。
かと思うと、息吹は足がもつれて顔面から地面に突っ込んだ。
痛さと恐怖で、吐き気がした。闇が自分に近づいてるのが分かる。
(助けて助けて)
目の前に黄金の靴があった。見上げると、赤いドラゴンの瞳をギラつかせたあの顔がこっちを見下ろしいる。
(もう駄目だ)息吹は目をぎゅっと瞑ると、息が苦しくなって飛び起きた。
其処はさっきまでいた暗い森とは真逆の場所だった。よく掃除された畳の部屋だった。障子の隙間から細い光が差し込み、ひんやりした風が入り込んできている。
「随分、うなされとったなああ」
最初聞いたときよりも控えめな鐘の音が、息吹の耳を震わせた。先生に慶獄と呼ばれていた男が、あぐらをかいてこっちをみている。
息吹は警戒した。身体は汗ビッショリで、なんだか手も痺れていたが、気分は少しスッキリしていた。此処に着いたばかりの頃より、幾分元気があった。
「ふんん。お前のような奴を此処に置くのはああ、気分が悪いがあ、ハヤテの頼みだああ。無下にはできんん」
ハヤテ、誰だろ?息吹はキョトンとした。
「呆れたあ奴だああ。一緒にきた相手の名も知らんのかあ」
(ハヤテって先生の事か……)
息吹はようやく合点がいくと、自分はこの大男の世話になったのだと認識した。
「先生は?」
「今は休養が必要だああ。よおおおく寝とる」
息吹は安心すると、改めて大男をジロジロ観察した。なんだか人間と言うより、熊みたいと息吹はそっと思った。
「無礼な奴めえええ。人をおお、珍妙な生き物でも見るような目でジロジロ見おってええ」
息吹はクスリと笑うと、お腹がぎゅるるるると鳴った。
「腹の音で返事をするとはああ、ハヤテめえ、教育がああ足りん」
ずさああ、と音を立てて立ち上がると、大男は床を鳴らしながら部屋を出て行った。
息吹は大男が出て行った後を見おくった後、障子をあ開けた。美しい緑の葉が、キラキラと雫を反射させて輝いていた。空と山が、ずうっと続いている。
(これが倭国)
息吹は大きく息を吸い込んだ。空気は心なしか甘く感じた。