嫌悪
寺に着いたのは、星の光も、月明かりも無い不気味な夜であった。暗がりの中二人はそろりそろりと門のそばまで近づいた。先生は息吹にそこで待つ様に指示し、暗がりに消えて行った。
息吹は胸がドキドキするのを感じた。先生はまだ、一人で歩くのもおぼつかない状態だ。目をぎゅっと瞑り、コウテカに先生の無事を願った。
風はビュウビュウと吹き、息吹の身体を冷やした。汗を掻き疲れた身体は震え出した。息吹は、怖くて目を開けられなかった。もう寒くて震えているのか、恐怖で震えているのか自分でも分からなかった。夜の森には、コウテカで慣れていたはずなのに何故だろう。暗闇が飲み込む様に、益々孤独にさせた。
(お願いしますコウテカ様!先生を連れてかないで!)
随分長い時間息吹はそこに突っ立ってる気がした。実際の所は、10分かそこらだったが、息吹には1秒さえも辛く感じた。
「息吹」
息吹は、先生の声を聞き先生の首に抱きついた。先生は優しくポンと頭の上に手を乗せると、後ろに立つ大男を紹介した。
「この子があ、あの女の娘ッ子かあ。」
息吹は耳がぐゎあんとするのを感じながら、暗闇に目を凝らした。
先生が子供に見えるような大きな体は筋肉隆々で、息吹は野生の感で、男が只者でない事をすぐに感じ取った。自分の体が強張るのを必死に抑えながら、息吹は負けじと男を睨みつけた。暗闇の中でも男が眼光鋭くこちらを値踏みしてるのがわかる。
「慶獄、あまり息吹を脅かすな。この子は何も知らず今まで生きてきたんだ」
先生は男をたしなめたが、男は嫌悪感を抑えられないようだった。
「例えええ、幼子であったああとしても、この子にはああ、責任がああ、ある。おまえだってわかってるはずだあ」
息吹は先生の服をぎゅっと掴み、歯を食いしばった。
「分かっている。………少し時間をくれ。俺もこの子もヘトヘトなんだ」
男は少し黙ると、クルリと背を向け歩き出した。
「さあ、約束した布団で眠れるぞ」
暗がりでも、息吹は先生が自分に微笑みかけたのがすぐ分かった。だが、息吹の心はざわついたままであった。先生が人に弱み見せるのを初めて見たからだ。
息吹は先生の体を支えて歩きながら、ぼんやりと考えた。
(私のせきにんってなんなんだろう。………どうしてあの人は私を嫌っているのかな)
体は疲れ、今すぐにでも横になりたかった。頭は重たく、ズキズキとし、足元は何だかフラフラした。
風は一向に鳴り止まず、夜は不気味さを増すばかりだった。