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コウテカの庭  作者: 島 アヤメ
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息吹は倭国が嫌いではなかったが、心に映し出される懐かしく温かい風景は、いつも戻る事を許されない、あの庭だった。同じ森でも倭国と緑の濃さが全く違う。生茂る葉っぱも、光の差し具合も何もかも違う。息吹にとって倭国は、森は薄暗く、人々静かで近寄り難いものだった。倭国にいる時間が長くなればなるほど、居心地の悪さを感じていたし、消そうとすればするほど7つまでの幸せな自分を忘れ難かった。そんな息吹にとって、この海と繋がる洞窟は倭国とは離れたものに思えた。今まで見た黒く青い海とは全く違う、緑と青が混ざり合った海は明るく輝き、息吹の心を照らした。初めて倭国に着いた時感じた荒々しい海はどこにも居なく、明るく開けた美しい海はまるで息吹を歓迎しているようだった。


「大丈夫?ずいぶん呆けてるけど……」


息吹は我に返り、ゴクンと唾を飲んだ。


「うん。こんなにキレイなもの見た事なかったから。感動したのかな」


息吹はなんだか照れ臭くなって、へへっと笑った。


「よかった。あなたを喜ばす事ができて。……ここはね本来の倭国とは違う場所なの。倭国であって他の国とも言える。まだ貴方には難しいかしら」


美しい白髪は銀色に輝き、なびく長い髪はここの空気を存分に感じてるようだ。


「貴方は大鷲に乗った経験があったから、トンビの扱いも早くて助かったわ。それでも三日三晩飛び続けるのは滅多にないの。上空は敵の最も得意とする分野だから、此処まで無事来れて本当にホッとしたわ」


息吹はうーんと背伸びをして、そう言えばここ、ずいぶんあったかいよね、と不思議そうに言った。ヨナミとナミキは荷物を片付けながら此処に寝泊まりするから、準備してと言いおしゃべりはこれで終了した。






息吹が夕暮れまで、魚をとったり泳いだりして自由にしている間に、二人はせっせと寝床と火種をこしらえ、息吹が遊び疲れて戻った時には、すっかり夕食が用意されていた。美しい夕暮れは海と地上暖かく包み、上空には紫と紺が混ざった星空が浮かび始めている。


焚き火を囲み、さっきとったばかりの魚がこんがりといい匂いがし始めたら、ヨナミはご飯もあるのよと小さい鍋から赤いお椀についでくれた。


久しぶりに思いっきり遊んだ息吹は、ムシャムシャと食べ二人を笑わした。


(エマどうしてるかな)


ふと、美しい金色の髪が頭の片隅によぎったがもう顔も思い出せない事に気づいた。


「どうしたの?さっきまで元気いっぱいだったのに、しょんぼりしてるわよ」


ナミキが心配そうに覗き込んでいる。


「ヨナミとナミキは友達?」


息吹が唐突に尋ねてきたのでナミキは面食らっていたが、隣にいたヨナミはそうね、友達でもあるし大事な姉妹でもあるわ、と答えた。


「どうしてそんな事聞くの?」


ナミキはまだ心配そうにこちらを覗いてる。


「昔友達が居たんだ。いつも一緒に遊んでて、顔なんか忘れる事なんて無いって思ってたのに……今思い出せなかったんだ。自分でもびっくりした」


二人は黙って息吹から視線を外した。息吹もその後は何も喋らなかった。息吹には焚き火がパチパチいつもより大きく聞こえる気がした。いつか先生の顔も自分はきっと忘れてしまうんだろうと息吹は初めて理解した。


二人がそっとその場を離れてくれたので、息吹は涙を堪えている自分に気づきグスグスと鼻をすすった。


こんなに楽しい気分は久しぶりだったのに、息吹は久しぶりに泣いた。


(クロミはどこに行っちゃたんだろう、トンビに乗ってから見ないけど……。こういう時こそうるさくていいのにさ……)


息吹は鼻をすすりながら空を見上げた。もうあの美しい夕日はなく紺色のそらに降ってきそうなくらい沢山の星が瞬いてる。


(会えないってことは、死んだも当然なんだ)


誰かに違うと否定して欲しいのに……ここには誰も居なかった。美しい海が優しく波の音を立てて、息吹は失った事に今更ながら気づいたのであった。








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