慈悲
息吹は瀬尾の言っている意味が分からず、混乱して目を白黒させた。
「自害って、死ねって事?」
瀬尾は、息吹から視線を外し、ヨナミとナミキを見つめた。
「暴走させるって事はお前は、化け物の仲間入りや。自害する確率はきっと高くなるやろう。ヨナミとナミキはこの前の事で旦那を亡くした。あいつらに一矢報いる事ができるんなら、一緒にお前の運命に巻き込まれてもええと言ったが……俺は承服できん。だから、お前にはヨナミとナミキを逃すのを命がけで逃して欲しいと思ってる。だが、今からやる事は、俺たち一族の決まりを破る事になる」
瀬尾は2人に目配せをし、2人は雪のような白い髪をかきあげた。息吹は息を呑んだ。
かきあげた髪の先には、瞳はなく虚な暗闇があった。目がえぐり取られてるのか、それとも存在しないのか息吹にはわからなかった。ただ、2人を見るのが辛くなり目を逸らすしか無かった。
「醜い?」
ヨナミだろうか、ナミキだろうか、息吹には分からなかった。ただ自分に話しかけているというのが理解したくなかった。
「ふふふ、全身で拒否してるわ」
「しょうがないわ、まだこの子は赤子のようなものだから」
息吹は目を逸らした事が、失礼だと気づいたがそれでも顔を向ける事ができなかった。残った大きな黒い瞳は、輝きを増し、唇は熱をもって言葉を紡いだ。
「私達の一族は女は法力を使う事禁じてるの。……法力は人を殺す力。女が法力を使った例はないの。もし女が法力を使うのであれば、女をやめる事を皆んなに理解してもらわなきゃだめ」
息吹は地面を睨みつけながら反論した。
「自分を傷つけて、そんな事が証明になるんなんて分かんないよ」
息吹はなんだか目頭が熱くなるのを感じた。この女達の事は何一つ自分は知らない。だが、ここに覚悟を持って立っているというのだけは理解できた。
「皆んなが女として認めてくれなくたって、たった1人でも自分を女と認めて貰える人がいたなら……」
2人は顔を見合わせ、お互いの髪を撫でて下ろした。空虚な瞳は雪の中に隠れ、体格のいい美女が立っているだけだった。
「私達は女をやめたわけじゃない………でも法力が必要だから」
手を繋いだ2人は真っ直ぐ息吹を見つめた。息吹も視線を感じ、2人に向き合った。
「貴方に酷いお願いをしてるのは分かってる。でもどうか許して欲しい。大切なものを奪われた怒りを、どうしても止める事ができないから」
2人は肩を寄せ合い、抱きしめ合って、息吹に頭を下げた。喋らなかった方は、頬に涙がつたっていた。
「暴走して命を落とすことのないよう私たちも命がけで、貴方を止める。貴方にもし大事な人がいるななら、どうか慈悲を与えて」