恐れ
美しい金髪を波打たせながら、ギア皇帝の前でエマは深く頭を垂れた。燃えるような赤い髪は今日は縛られておらず、そこから覗くドラゴンの瞳は人の物とは程遠かった。瞳孔は開かれ、蛇のようにエマ値踏みする。
「お前の美しさはお前にあらゆる物をもたらすだろう。……だがお前の賢さは、お前の身を滅ぼす事になるだろう」
以前と違う声色はもう人間のものでは無かった。エマは覚悟していたとは言え、王が異形の物に成ろうとしている事に震え怯えた。だがもう引き下がれない。この道を歩む事で、自分が化け物の妻になると理解してるのに、エマの気持ちはあの遠い日常を欲していた。
「陛下、このまま強さを求められる以上、国を任せる者が必要です。わたくしは、必ず陛下の望みを叶えましょう。愛などとわたくしは持ち合わせておりません。欲するは大鷹のみでございます」
ギアはダンダンダンダンと大きく足を踏み鳴らし、エマに近づきエマの顎に手をあて、人ではない瞳で顔覗き込み、エマに呟いた。
「大鷹は誰にも渡さん」
「陛下の物は妻の物でございます」
「誰がお前を妻にすると?」
エマは今殺されるのかもしれないと思ったが、自分でも自分をコントロールできなかった。
「大鷹を操る術を体得したいのでございましょう?わたくしが彼の者を連れ帰り、あなた様に捧げましょう」
「何だと?!」
「わたくしはただ美しいだけではございません。この国の未来に力は必要。倭国がいずれ脅威になるのはわかっておられたはず。だからこそ、そのように焦っていらっしゃるのだわ」
ギアの瞳は侮辱されたと怒りで燃え上がり、その大きな手はエマの細く白い首を締め付けた。
「殺されたいようだ。俺はお前の思い通りにはならん、この餓鬼め!!」
エマは息が出来ず意識が遠のくのを感じながら、それでも食い下がった。
「陛下!!」
つんざくような女の叫び声が聞こえたが、もうエマの意識は遠のいていた。
消されるだけだ
(ジョルジュの忠告が耳から離れ無い。……私に恐れなどないのに)