招かれざる客
(なんやぶうたれてー。にいちゃんびっくりしてたなあ)
クロミは息吹の上空を旋回しながらケケケと笑った。息吹は、隣にいる神谷に勘付かれないように必死で、無表情を装いながら心の中で返事をした。
(びっくりというか完全にひいてたよ)
(被害妄想被害妄想ー)
(喜ぶからやってみろって言われてやってみたけど……なんか思ってたのと違った反応だった)
(普段から行いが悪いせいやな!私のせいやないで!い、ぶ、き、のせいやからな!)
息吹はなんだか疲れて来たので返事をするのを止めた。クロミの差し金でガラにもないことをやった結果、息吹は神谷に怪しまれていると感じた。
あの後、神谷は何か悪いものでも食ったのかなどと息吹に聞いたり、心配そうにこちらをみたりと、息吹には耐え難い状況となってしまった。
部屋に案内され、この相良を待つ時間が息吹には途方も無く長く感じた。
そんな時廊下から、布の引きずる音が聞こえる。しゃなりしゃなりと歩いているのがわかる。
息吹は違う吐き気を感じながら、神谷の方をちらりと伺った。神谷は脂汗が顔に浮かび、少々酸っぱい匂いがした。
「息吹、大丈夫だ。俺に任せろ」
かすれて聞こえた声は喉がカラカラなのがこちらにも伝わる。とても大丈夫そうには思えなかったが、息吹はうんと返事をし、襖をにらんだ。
相良は臣下を大勢引き連れて、2人の前に現れた。
金の刺繍が散りばめられた着物に、男であるにも関わらず、髪飾りをして登場した相良は祭りにでも行って来たのかというような出で立ちだ。
「相変わらず華やかなだな相良」
「おお、気色悪い!……風呂ぐらい入ってきて欲しかったものよのう皆んな」
クスクスと皆は、口を覆って笑いあい、相良汚いものを見るかのように2人をじろじろと眺めた。なんと嫌な空気だろう。
「悪いな。急ぎだったものでな。……単刀直入に言う。尊治が兵を挙げ、父上に手をかけた事はもう承知だな?」
息吹は驚いて腰を抜かしそうになったが、なんとか堪えた。
「ああ。なんと愚かな弟よ。父上の事無念であった。彼奴の事は絶対に許すまい。あの透かした顔を、我ら兄弟で一泡吹かせようぞ」
息吹は平静を装う為にも必死に頭の中で、クロミに話しかけた。
(クロミ、尊治様が殺したって……)
(息吹、落ち着くんや。気の毒やけど、今の話で大体状況が読めて来た)
クロミの姿は見えなかったが、息吹はなんとか心を鎮めた。
「相良、協力しあえるのは本当にありがたいよ。……その前に、高菜を返してくれ。俺の臣下を俺から剥がしたのは、尊治の動きを予測していたからだろう。それについては咎めない。だから何も言わず、高菜を返してくれ」
神谷の身体から湯気が出ているのだろうか。隣にいる息吹は、熱気を感じたが、それが怒りからか不安からなのか分からなかった。
相良は扇で口を覆い、小さくクククと笑った。
「はて、何のことやら。……とは言い逃れ出来ぬほど、そなたの仲間に一撃入れれたようだ。弁解はしないよ。あの女は返そう。私の目的はひとまず遂げられたのだから」
相良は息吹に向かってシャナリシャナリと近づいて来た。息のかかる程近くで、ジロジロと相良は眺めた。何か相良が、息吹の耳元で囁いた。
瞬間、息吹は相良の喉仏にクナイを近づけた
「息吹!!!やめろ!!やめるんだ!」
神谷は大急ぎで息吹を羽交い締めにしたが、息吹は興奮状態で食いしばった歯からはギリギリと音が聞こえた。
「おお怖い。飼い犬の躾けくらいちゃんとして欲しいものですよ」
と相良は驚いた様子もなく、周りの嘲笑を誘った。
「先生に手を出してみろ!!絶対にあお前を許さない!地の果てまでだって追ってやる!!」
青い目は燃え上がり、今にも相良に掴みかかりそうだった。非力な神谷は暴れる息吹を制止出来ず、後ろの襖に吹っ飛んだ。
そのとき、息吹は我に帰り、神谷の側に駆け寄りごめんなさいとしょんぼり謝った。
「まあ、頼りのない男だよ。とっととあの女の所にでも行くんだね。私は少々疲れたので退出させてもらうよ」
うんざりした表情で相良は2人を一瞥し、臣下に目配せすると部屋から出て行った。
「お兄さんごめんなさい。私、ほんと未熟者だ」
息吹は苦々しく呟き、神谷に謝罪した。神谷はクスリと笑った。
「いいや、こっちの息吹の方が俺はホッとするよ。無鉄砲なのが息吹なんだ。あんまり頭で考えるなよ」
息吹は褒められたのか、けなされたのか少し考えそうになったが、それは自分にあっていないと思い直し一緒にフフフと笑った。これが自分なんだとしっくりくるような気分であった。
「さあ、高菜の元へ向かおう。きっとご立腹のはずだ」
神谷は気を引き締めるように、呟きながら立ち上がった。身長の低い神谷であったが息吹は何故か彼が大きく見えた。
それは神谷経験から出る空気なのか、それとも微かに流れる王族の血なのか、息吹の心を落ち着かせ理由は分からなかった。
(けったいなにいちゃんやで。うちと良い勝負かもな)
クロミはそんな2人を満足そうに見守るのであった。