小さな戦士
乾燥した空気と寒さが、馬を走らせるのが辛かったが、息吹の目は冴えていた。夜明けを待たずにして城を出たが、あたりは靄がかかりもう朝日が昇ろうとしている。大きな山を越えるため、近道にと神谷はしばらくして険しい山道を選択した。馬は嫌がったが、息吹は馬をなだめるのがうまかった。そうこうしてるうちに、山を超え、神谷の指示のもと、相良の城に近づいて来た。
追ってはなぜか来なかった。相良が手招きしてるように神谷には感じ少し気味悪かったが、尊治の意中をつけたように感じ、神谷の心に弱気の虫は湧いて来なかった。
息吹は無口であったが、瞳や纏う空気は完全に以前のものとは違う。静かな闘志がフツフツと湧き上がってるのが、神谷にも分かった。
一体どうしたと言うんだろう。
サラサラの黒髪から光る青い目は、やはり宝石なのかと思うくらい神谷には綺麗に見えた。いっこうに日焼けしない肌も、小さな顔も、スラリと伸びた手足も、倭国の人間とはやはり違うと感じた。
こんな風に見えるのは、俺に偏見があるからなのか。
自分にもやはり息吹に対し得体の知れない者だという認識は確かにある。それを隠しニコニコ大人の対応をしてる自分は、最もやな奴かもしれないとひっそり神谷は思った。
「なあ、息吹」
神谷は心の奥底を息吹に見透かされないよう、慎重に話しかけた。
「お前は力を解放してない事どう思ってるんだ?」
息吹が元気になった理由は何故だか聞けなかった。知るのが怖いのだろうか。
「別に、力なんか解放したくなかったから。でも……あの気持ち悪いお面の人は、約束を破った私をどう思うのかな。先生の事心配だけど、私よりお兄さんの方が頼りにになるもんね」
「前にも説明したが、こちらもハヤテ殿の居場所は分かっている。相良に簡単に手出しはさせないよ」
「うん。……あの時は……ホント……ごめんなさい」
自分の命を狙っていた事を息吹は悔いていた。沈んでいた原因もそれだった筈だ。
「いいさ。立場上命を狙われるのは慣れっこだからな。……でも、できればもう狙わないで貰えるかな?」
息吹はここに来て初めてニカっと笑い、了解と言った。
なんだろうこの子は変化している。心が少しづつ強くなっているような気がする。神谷は不思議な気分だった。今まで小さな子供に接している自分が、息吹を仲間として扱っているからだ。
息吹はどうするか決意している。言葉にせずともよく分かる。
「息吹、俺は高菜を助け出したい。助けてくれるかい?」
息吹は馬から降り、巨大な城を見上げた。今までの会話は全て馬上でのことだった。空は澄み渡り、風は強くなって来ている。
息吹は跪き、こうべを垂れた。
小さな凛々しき戦士が今、神谷の元に加わった。
神谷は目を細め、冷たい風を頬に感じながら息吹に聞こえないよう呟いた。
「全く。……本当に何があったんだよ。」