決意
暗く汚れた天井を眺め、神谷は自分の不甲斐無さを悔いていた。
(いい歳こいて、今俺がしていることは悔いることだけなのか)
神谷は布団から手を出して、自分の不格好な掌を睨んだ。こんな自分に瀬尾や高菜は命を預けたのだ。今はその事が、恥ずかしくも重荷に感じた。
(俺はたいしたことの無い、臆病者だ。……今立ち上がる事さえ怯えている)
神谷の脳裏に、色味の無い美しい尊治の顔が浮かんだ。何が恥ずかしいといえば、今自分の胸中に渦巻くのは怒りでなく恐怖であったからだ。
これから戦が起こるのは避けようが無い。多くの命が神谷に預けられ、委ねられるのだ。
(兄弟同士の殺し合いが、多くの人の犠牲を出してまた始まるんだ。……あれほどの苦しみを知っていたのに、この道しか選べなかったのは何故なんだ尊治)
あの孤独な美しい青年に、やはり神谷の言葉は何の意味もなかった。
(こちらに息吹が居たとしても、数珠を所有していなければ、お互い泥試合に挑むしか無い。多くの死者が出るのは、この状況から利口なアイツのことだ、分かっている)
ふと、神谷は妙な確信を得た。
尊治は、最初から其れを望んでいるのか?
それは一番考えたく無い結論であった。
そう、尊治は、
自分を取り囲む者たちの死を望んでいるのかもしれない。
そして、自分の死すらも自覚のないまま望んでいるのだとしたら……
(俺にも勝機はある)
尊治を救ってやりたかった。だが、瀬尾の仲間が殺された以上、自分はひくことはできない。
神谷は、目を瞑り、人質となった高菜を美しいうなじを思い浮かべた。彼女は振り向かない。相良はきっとこの事を見越していたに違いない。
(明日朝一番に相良のもとに向かおう。連れて行くのは息吹のみ……)
神谷は自分が命を狙われるのは承知であった。だが今は、一か八かの賭けに出る事が相手の先を読む事のように思えた。
しおれていた闘志が今少しづつ沸き立っていくのを神谷は感じた。
高菜は俺を信じたのだ。
弱虫神谷は奮い立たせたのは、ただ一つ、想い人からの信頼であった。瀬尾もまだ自分を見捨てていないこともわかっていた。
相変わらず天井は古く汚かったが、神谷はこれくらいの方が自分にはあってるように思えた。
(俺は汚れた弱虫の英雄だ。今更、怯えた自分に落胆するなどおこがましかった)
空気は淀み、暗く汚れた部屋は幸先がいいようには思えなかったが、腹をくくり前へ進むと決めた小さな瞳には、微かに闘志の炎が燃え始めているのであった。