クロミ
ユラユラと馬上で揺られながら息吹は1人の少女を前に乗せていた。歳は四つ位だろうか。真っ黒な太い髪はいかにも倭国らしく、ちょっと離れた目も、上を向いた鼻も、彼女をひょうきんに見せていた。肌は汚れて分かりにくいが、黄色っぽいが、色白の方であろう。
「ねえ、お姉ちゃん喉が渇いて死にそうやわ。なんか飲み物ない?」
大人っぽい喋り方で彼女黒く小さい瞳を息吹に向けた。くっきり二重のまつげが少ない瞳は、周りの大人達の様に意気消沈してる感じではなく、まだ元気があった。
息吹は水があるよ。と返して彼女に渡してあげた。
「ふー。生き返るわあ。……お姉ちゃん変わった見た目やねえ。なんやちょっと色白すぎへん?病気っぽく見えるよ」
息吹はこの状況でおしゃべりしたら不味い気がしたので、小声で元気だよと返した。
「ふーん。なんか訳ありなん?私これでも偉い人やから、ゆうてみ?解決したるよ」
息吹は少女がふざけてるのか本気なのか分からなかったので、背後にいる神谷の方を振り向いたが、神谷の瞳は宙を見つめるばかりで反応がなかった。息吹は心底困ったなと思ったが、無視する訳にもいかないので、適当に返事をする事にした。
「遠い国から旅してる途中なんだ。だからここの人たちと見た目が違うんだ」
「へえーそうなん、と言うとでも思った?私の事馬鹿にしてるん?」
息吹はギョッとして唾を飲み込んだ。自分的にはそんな失礼な事を言ったつもりは無く、この子がちょっと不機嫌になった事に動揺した。
「私は偉い人って言うたげたやろ?なんやオツムはちょっと弱そうやな。私は特別な人間なん」
「ごめん。馬鹿にしたつもりはなかったんだけど、ちょっと自分でも説明するのがややこしくて……」
そもそもこの少女を馬上に乗せる事自体が、息吹にはヘンテコな状況に思えた。この子は突然足元に現れ、自分を乗せてと頼んできたのだ。だが神谷はまるで何も反応せず、反対もしなかった。3人で乗らなくてもまだ馬はあったし、この子の歳くらいの子供達は親にしがみついてすすり泣いていた。だが、瀬尾はチラリとこちらを見ただけで何も言わなかった。
「まあ、ええわ。……でもな、自分の事分かってない奴が、大きな力を持とうとするのは危険と思わん?」
息吹は少女の顔を見てゾッとした。目の中が真っ黒で口がまるで耳まで裂けている様に見えたからだ。だが、瞬きした瞬間、それは一瞬で消え気のせいの様に思えた。息吹は額に汗が流れるのを感じながら、聞きたくない質問が口から出てしまってるのを遠くで聞いた。
「……みんなに見えてないの?」
喉の渇きは激しく、すぐ側にいる神谷でさえも遠くに感じた。今自分はこの少女と2人っきりの世界にいるとしか思えなかった。激しく鼓動が耳の側で鳴るのを感じながら、息吹は少女を凝視した。少女は、まっすぐ息吹を見つめ返し、質問には答えず奇妙な事を言った。
「前に一度会ったんやで。……夢の中で」