考察
息吹は馬に乗るのは初めてであったが、神谷よりもすぐに乗りこなした。神谷は相変わらず事情を話してくれず、他の大人達も神妙な面持ちで一言も話さなかった。一行は神谷を取り囲んで馬を走らせ、先頭は瀬尾が走り、最後尾に息吹を挟んだ大人達が居た。
(なんで何も話してくれないんだろう。お兄さんも暗いし、皆なんだか怖い)
殺気立っているのを肌で感じながらも、自分の尋問が途中で切り上げられ息吹は正直ホッとしていた。
神谷の命を狙った理由を白状する事なく、今の状態になったのは息吹にとっても都合が良かった。
( このまま話さずに済んだ方がいいのかな……でも先生の命を助けるにはやっぱりお兄さんに助けて貰うしかない気がする……)
息吹は一生懸命考えたが結局それしか答えは出なかった。あの気味の悪いお面の男なんかに、きっとお兄さんは負けないんだと信じるしか無かった。
(あんな人たちに取り囲まれてるお兄さんを、私が手にかけれるなんてそもそもおかしいや)
あのお面の男は最初からさほど自分の働きに期待していなかったのではないかと今の息吹は冷静に考えることができた。息吹自身、倭国に来てからというもの大人が色々考えて行動しているのだと痛感していた。そのため、今この事態も自分が神谷とともに動いた結果ではないかと薄々感じていた。
(私の封印を解くためにここに来たのに……その事を放り投げてまでしなきゃいけない事って一体なんだろ)
サラサラの黒い髪は、風で息吹の頬をくすぐっている。
(こんな時お姉さんがいてくれたらな……)
瀬尾の言葉が何を意味したのか息吹にはいまいち分かってなかった。あの温かい微笑みと美しい横顔が懐かしく感じた。
(おばさんも綺麗にしてたらいいのにな)
息吹はやつれた自分の母親を少し不憫に感じながらも、腰にしまってある一枚の絵を思い出していた。
林が続く狭い小道の中、一行は足をはやらせた。事の重大さを知らない息吹だけが、ぼんやり馬を走らせるのであった。