叫び
大きな足音と共に、瀬尾が息巻いて神谷のもとにやってきた。大きな黒目はギラギラし、鼻息の荒い状態で噛み付く様に、神谷に訴えた。
「尊治の野郎が、帝をやったらしい。すぐにでも、俺らを城に向かわせろ!!」
瞳の中には闘志が燃え上がり、身体中から湯気が出ている様だった。
(……嘘だ)
絶句した神谷は、この場で倒れそうになったがなんとか踏ん張った。気分は悪く今にも吐きそうだった。
(……あの父上がこんなにあっけなく)
自分が悲しいのかどうかもわからない。ただ胸が詰まる様に苦しく、頭は金槌で殴られたかの様に痛かった。
(……落ち着け……俺には守らきゃならない人が大勢……あっ)
神谷の頭の中で最悪のシナリオが浮かんだ。それを瀬尾の前で口にするには恐ろしく、背中がゾクリとした。
瀬尾は怒りが収まらないのか、神谷を睨みつけ次の一言が間違っていれば、神谷であれど殺しそうであった。神谷は震えそうになる自分の身体を必死で抑えつけた。大きな鼓動が神谷に警告しているようであった。これ以上喋るなと。
どれくらいの沈黙であったのだろうか。
部屋には神谷しかおらず、神谷は少し周りを伺ってから、ゆっくり自分にも言い聞かせるように語りかけた。
「……まだ、ダメだ。城は、尊治が待ち構えてるにちがいないし、今行っても返り討ちにあうだけだ」
「何言ってんねん!?こんな時まで怖気づいてて、俺らそこまで信用無いんか!?」
声を荒げた瀬尾の目は血走り、息吹の一件で溜まりに溜まっていた不満が一気に吹き出した。神谷は、震える拳を握り締めそれでも首を縦に振らなかった。
「お前達の力は確かに倭国一だ。俺の知る限りではな……でもそのことは、尊治だって重々承知のはずだ。先の大戦で、伝説の様にお前達の活躍は広まっている。尊治は自分が対抗し得ると確信できなきゃ、兵を挙げなかったはずなんだ……」
「なんやそれ……どういう意味……」
ハッとした瀬尾の顔は、赤から段々と青ざめていった。神谷は恐怖と、情けなさで言葉を続けることが出来ず、瀬尾の顔を必死で見つめた。青ざめた瀬尾は、出会った頃のまだ何も持ってない男の顔だった。
(……俺のせいだ)
「今は味方の兵が心配だ……手練れをここに連れて来たのは間違いだったかもしれない」
神谷は悔しそうに呟いた。瀬尾はもう此処にはおらず、廊下へ飛び出し大声で叫んだ。
「重吾、ヨナミ、今すぐ全員集めろ!!」
その声は悲痛に満ち、泣いてる様だった。
(お願いだ。嘘だと言ってくれ……)
神谷は立ち上がり、瀬尾の後を追った。おぼつかない足取りで、追いかけた背中はいつもより小さく見えた。
最強の軍団を引き連れた、次の帝と謳われた青年の姿は今はもう何処にも無かった。今はただ自分の選択を悔やみ、うろたえるしか出来ない猫背の男は、仲間が待ってるはずであった居城へと向かうのであった。