澄子
シワとシミだらけの手で帝は数珠に触った。
「お前に殺される事をたった今まで本望だとおもうた……だが……死んだ我の息子達に、我が成し遂げた事を誇りを持って居たいのだ」
数珠は青い光を放ち始め、帝を照らした。尊治は刀を鞘に戻し、二歩三歩と下がり黒子の男達に目配せをした。右の手を柄に添えたまま、相手が次の一歩を出すのに身構えた。
帝は輝く数珠を肩から掛けかたやいなや、帝自身から青の炎が燃え盛り、その場に居る者全てが目を開けて居られなかった。熱さは感じない。逆に身体中の血が冷え切り、黒子の男達の何人かは立ってられずその場にしゃがみこんだ。
(帝の称号は飾りではなかったな……だが……勝機はある)
尊治はあいも変わらず、表情を少しも変えなかったが、本人だけが柄にかけた手が汗ばんで居るのを感じた。
青の炎は少しずつ縮こまり、先程とは違う男の姿がそこにはあった。
真っ白であった髭は黒々と波打ち、フサフサの眉毛の下から鋭い眼光を放って居る。小柄に見えた体は筋肉を帯び、尊治とさほど背丈は変わらなくなって居る。脂ののった肌が男の年齢を四十位にみせた。
だが見た目の若さを取り戻しただけでは無かった。彼を覆う空気は覇気に満ち、大きな抑圧した力が、全員の肩にのし掛かり、跪かせようとしている。
ここに居る皆が、この男が倭国の頂点に立って居るものだと認識せざる得なかった。
「我の命を吸い取れ!!数珠よ!!」
声を張り上げた帝は、一瞬消えたかと思いきや、尊治の目の前に立ち尊治が鞘に納めていたはずの紫の柄の刀を尊治の首筋突き付けた。
「七之助!!」
尊治が声をあげると同時に、2人の周囲を青の炎が燃え盛り、黒子の男達は印を素早く結びながら呪印を唱え始めた。
帝も、尊治も動き出す事が出来ず両者睨み合いながら、炎が燃え盛るなか相手を探りあった。
「ふっ、大勢で我を襲うとは卑怯な!!それでもそなた我の息子か?!」
帝は忌々しそうに吐き捨て、尊治を完全に敵とみなした。尊治の切れ長の美しい瞳が青い炎で照らされ、より一層妖艶さを増した。
「やっと分かったみたいだな」
火花が飛び散ろうかという空気の中尊治は、吐き捨てるように言葉を繋げた。
「血が繋がって居ても俺はあんたの息子じゃ無いんだよ……俺はあんたが見たく無かった怨念の塊だ‼︎」
青の炎が更に燃え盛ると同時に、尊治の身体は薄紫の空気の中で、キラキラと金粉の様なものが光った。帝は四肢の自由を奪われただけでなく、自分の首が目に見えない力によってギュウギュウと締め付けられて居るのを感じた。だが尊治の首筋から刀はまだ離れない。
ククク。
尊治は急に堪え切れず、笑い出した。帝は、気味の悪い者を見るように自分の息子を眺めた。この艶かしい空気、尊治のものではない。
「……父上、母さんに会わせてやるよ」
帝は耳を疑った。この者は今何と言ったのだ。
「あんたの数珠の力は、衰えたとは言えやはり最強だ。だが……使う者が躊躇すれば、優れた武器もただのゴミだ」
尊治の背後はユラリと煌めいた。
ゾクリとするような空気が辺りを漂い、青の炎が小さくなった。
(何という事だ……)
帝は柄を握る自分の手が震えるの感じた。
何とも美しい女がこちらを見下ろしている。向こう側透けて見えて居るにも関わらず、女の身体は白く透き通り、羽織の薄紫色の衣は流れるような線を表している。切れ長の目は尊治と瓜二つであり、真っ赤な唇はその場に居る全ての者を魅了した。
「……澄子」
微かなため息と共に、帝は懐かしい名を呼んだ。
その後はただ目を細め女を愛おしそうに眺めることしかできなかった。
たった1人手に入れられなかったその女を……。