父子
(こんなにも堂々と、我を殺しに来たか……)
蓄えた髭をゆったりと触りながら、帝は美しい息子を眺めた。流れるような黒髪に、長いまつ毛の切れ長の瞳は見る者の心を捉えて離さない。銀の鎧を身に纏った重々しい格好も、彼をより凛々しく際立たせ、まるで天から舞い降りた使者のようであった。
(このような美しい死神であれば、ひと思いに殺してもらっても悔いはない)
帝は抵抗する様子もなく、尊治一行を眺めていた。尊治は帝を一瞥し、無表情で言葉を投げかけた。
「生への執着ももはや無いか……哀れな老人よ……せめてもの情けだ……こいつを受け取れ」
尊治は部下達に目配せした。すると黒子の男達は百目数珠を持って、帝の前に差し出した。
「どういうつもりだ……尊治」
尊治は刀に手をかけたかと思うと、大きく振り被って剣先を帝の鼻先に突き付けた。
「無抵抗のじじい痛ぶり殺した所で、皆俺を次の帝とは認め無いだろう……俺はさして、あんたの事など憎くも無い。元からあんたという存在に興味も無い」
「己の自由を勝ち取る為に我を殺すのか」
「いや、俺は帝になれば自由はない。……だが、死んだ者達の無念は果たされることだろうよ」
(憎しみも無いとは……尊治にとって我はもはや父親では無いのだ。……例え血の繋がりがあろうと)
「俺は数珠に選ばれなかった……帝の資格が数珠を使いこなす事にあるならば、その神話を打ち砕く必要がある」
「数珠を使う我に勝つ自信があるというのか」
帝は眉間にシワを寄せ、嘗ての覇気を尊治に浴びせた。ビリビリと空気は張り詰め、尊治以外のものは下を向いて居なければ吹き飛ばされそうであった。だが尊治がひるむ事は無かった。
「数珠は生命を吸い取り力を発揮する呪いの遺物だ。多くの一族の命をつみとり、今もなお奴らの魂魄と憎しみの力を利用して力を発揮する。……そんなもの早くに葬りさるべきだったのだ」
「これがあったからこそ倭国は1つになれたのだ!!」、
帝は尊治の言葉に耳を塞ぎたくなり、つい大声を張り上げた。ハアハアと息遣いが荒くなった父のようすを見た尊治は初めて片眉を上げ、表情を変えた。
初めて父の自責の姿を見た尊治の心に何が浮かんだのか誰にもわからない。
豪華な屏風に飾られた部屋は、風通しも悪く、今となっては古びれた玉座に思えた。閉じこもり、事実から目を逸らした帝はただ怯えて居た。
ーーーーー殺した者達の怨念に……。