大切な赤ちゃん
「……何を言ってるの?」
息吹は表情を変えなかった。神谷には、封印を解くのはもう少し後にした方がいいと言われたが、瀬尾に気付かれた以上、力を解いて貰って神谷達を出し抜く必要があった。
「どうして封印の事を知ってるの?」
雪姫はまた、出会った頃のようにワナワナし始め、さっきまでの穏やかな空気は吹き飛んでしまった。
「言ったでしょ……大切な人がいるの。その人を守りたいから」
息吹は雪姫の様子がおかしくなり始めたのを無視して、強い口調で言い放った。
「ダメよ……ダメよ。利用されるわ。ここは、皆力を欲しているの!!絶対にダメよ!!」
雪姫は金切り声で叫び出し、我を忘れて混乱し始めた。
「絶対にダメ!!ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!」
息吹は何もそれ以上言わなかった。かと思うと、雪姫の目の前から姿を消した。雪姫は益々混乱し、息吹と大声で叫ぼうとしたができなかった。
息吹が雪姫のすぐ背後に立ち、そして背中にクナイを突きつけて居たからだ。
「……あなたをお母さんと思えない。……でも、そもそもお母さんを知らないから、許して下さい。……心配してくれてた事は嬉しかったよ」
最後は悲しそうに聞こえたが、息吹の表情はやはり見えず、雪姫は泣きたい気分だった。この子を、運命の輪から遠ざけるのはやはり無理なのだろうか。
「力を解放すれば、どうなるか私にも分からないのよ!!……あなたの大切な人はそんなこと望まないわ」
「分かったようなこと言わないで!!」
雪姫は、息吹が感情を爆発させて驚いたが、怯むことなく続けた。
「……そうよ、私はあなたと離れて居た間の事は……何一つ分からない。……でも、ずっと私のお腹の中に居たの!!あなたが産まれる事をずっと待ち望んでいたの!!」
「気持ち悪いこと言わないで!」
息吹は泣いていた。もう我慢できなかった。先生を守りたい。でも神谷を手にかける事は、やっぱりしたくなかった。
「私だって、ずっと先生と阿修羅と暮らして居たかった!!……ふっぐっ……でも、先生は私のせいで……ふぐっ……腕を……ヒック……失くした。……もう……戻れない。阿修羅にも……会えないんだもん」
雪姫は阿修羅と呼ばれた大鷲の姿を思い出していた。この国の歴史を作り、滅びの道を歩まされた悲しい生き物を……。
(私達の罪をこの子に背負わしてしまった。私は……倭国の姫ならばこの子を戦火に送るべきなのかもしれない)
泣きじゃくる息吹は、今まで見た息吹の中で一番身近に感じた。
この子は私の大切な赤ちゃん。
雪姫は覚悟決め、息吹に静かに語りかけた。
「……私を殺しなさい。どんなにあなたに恨まれようと、私はあなたを危険な道へは歩ませることはできないの。私があなたにしてあげれる事があるとすれば、それだけだわ」
窓から聞こえる雨音は、弱くなりそもうない。
息吹は、泣きはらした顔で、ただ小さな背中を見つめるしかなかった。