苛立ち
(一体何考えとんねん……)
瀬尾はイライラしながら、部下の訓練する姿に目を光らせていた。出会った頃から、神谷という男は頼りなく、女々しかった。瀬尾にとっては最も嫌いなタイプであり、また力の強さが序列を決める瀬尾の世界で、法力の実力者でもない神谷に何故自分は従っているのかと自問自答することも多かった。だが、神谷の誠実さや優しさは、瀬尾の生きる世界では尊く眩しいものでもあった。絶対の忠義が自分にあるわけでもない。だが気付けばもう随分長い付き合いになっている。
(俺はあの男をいつでも見限れるはずやねん……なのにまだなんで俺はあいつの側におんねん)
神谷は息吹に命を狙われている事に気付いていなかった。神谷の武道の才能は殆ど無いに等しい。
(なんであそこで餓鬼の心配すんねん……)
神谷の返答は、瀬尾には到底理解できないものであった。
「可哀想に……俺が不甲斐ないばかりに、あの子を又苦しませている」
悩む神谷の姿を見て瀬尾は、神谷が言いそうな返答であっても苛立ちを隠せ無かった。だが、始末した方がいいんじゃ無いかとは進言出来なかった。何故なのか自分でも分からなかった。
(なんでや……絶対あいつはもっと強くなる。今は俺らの相手にならんでも、きっと……)
息吹は危険だと瀬尾は感じていた。あの異国の青い瞳も紙のように白い肌も、瀬尾にとっては気味が悪く作り物のように見えた。
(まだ神谷を裏切んのは早い。……やっとできた皇族との絆をここでみすみす捨てる必要は無いんや。あの男は、他2人より利用しやすいんや)
自分の神谷への感情は友情では無い。だがこんな自分が今まで当たり前であったのに、神谷と出会ってなんだか気分が悪く感じる事があるのは何故なのか瀬尾には分からなかった。
少し風が冷たくなり始めた。遠くでゴロゴロ、分厚い雲の方から聞こえる。もうすぐ嵐の季節だ。これから起こる諍いを予告するように、瀬尾には聞こえた。
「俺は変わったらあかんねん……あんな男の影響を受けたらあかん」
瀬尾は自分自身に忠告するように、小さく呟いた。