拒絶
古びた廊下を過ぎ、きしんだ音のする階段を登るとうってかわって、よく掃除された回廊と、見事な屏風が神谷一行の前に現れた。外見の美しさに伴わない白鷺城の質素な部屋に比べると、だいぶ豪華で、この城も昔は素晴らしい城だったのかもしれないと訪れる者に感じさせた。
(久しぶりに訪れたが、この奇妙な感じ、今から考えると叔母上にぴったりだ……)
神谷は奇妙な気分のまま息吹を促した。息吹の顔色は真っ青で、真っ白な肌はより一層青白く生気を失っていた。神谷は出会った頃より、強く異国の血を息吹に感じていた。青く光る瞳は益々宝玉のように見え、真っ黒な髪は濡れたように艶を帯びて美しかった。
(こんなに髪を短く切ってやらないでもいいのにな)
神谷はどうでもいいことを考えた後、優しく息吹に話しかけた。
「怖がらなくてもいいんだ息吹。お前の母上は、ずっとお前を探していたんだから」
息吹から表情は現れなかったが小さくコクリと頷くと、ありがとうと言うと正面の襖をにらむと神谷を見上げ大丈夫と言った。神谷は息吹の表情を見てから頷き、緊張の面持ちで襖を開けた。
「お久しぶりです。叔母上。息吹を連れて参りました」
そこには背の低いやつれた女がブツブツ呟きながら、筆を一心に動かしている。異様な空気を放つ女は、神谷達には気がつかないようで、筆を止めようとはしない。息吹は胸がドキンドキンと大きく波打つのを感じながら、その女を訝しげに眺めた。
「この人が姫君やったなんて民が知ったら卒倒もんやで。……夢も希望も無いな」
瀬尾は神谷に呟いたが、そう言うなと神谷は悲しそうに女を見つめ、帝も姫も本当は人の子なのだと瀬尾に聞こえないほど小さな声で返した。
「叔母上……少し休みましょう……無理は禁物ですよ」
神谷はそっと女に近づき肩に手を掛けた。血走った目が神谷を凝視し、荒ぶる感情を抑えきれず、神谷に掴みかかった。
「返しなさいよ!あの子を返して!あの人と同じ目に遭わせたらタダじゃおかない!」
耳がつん裂くようなキイキイ声で、女はまくし立てた。だがいくら神谷が小柄でも、この小さなやつれた女にどうこうできるはずもなく、神谷はジッとして相手が落ち着くのを待った。
(この人がお母さん……)
きっとエマの母親のようではないと予測はしていたものの、あまりにも病んだ姿を見て息吹はなんだか恐怖を感じた。
(怖い……)
感動の親子対面とはいかなかった。女を落ち着かせる為暫く時間が経ったような気がした。息吹はこの空気に耐えきれず、なんだか吐き気を感じた。
「叔母上……息吹は戻ってきたんですよ……あの子の目と肌を見て下さい」
女はハアハアと荒く息をしていたが、少しずつ呼吸を整え、ゆっくりと顔を息吹へ向けた。
年齢以上に年老いて見える姿は痛々しく、大切な人を失った悲しみを今もなお抱え、苦しんでいる事が神谷にはわかっていたが、息吹にはその姿は残酷だった。
「……あなた……息吹なの」
女がヨロヨロ自分に近づいて来るのを見て、息吹は違うと答えたかったが、声は出ず、体は金縛りのように動かなかった。冷や汗がドット背中から流れ落ちるのを感じる。
「……この肌……この瞳」
もう女は息吹の目の前に立って、こちらをジロジロと舐め回すように眺めている。息吹は蛇に睨まれたカエルの気分であった。
「……あの人とまるで同じ」
女の手が息吹の頬に触れようとした瞬間、息吹は勢いよく手を払いのけた。
「あなたなんか知らない!!」