助け
船に乗ってから3週間が過ぎていた。狼は律儀に毎日食事を朝昼晩と持って来て、外に出ないよう注意した。息吹は毎回言われるので多少うんざりしていたが、エマの事もあったので我慢していた。
先生は殆ど食事を摂らず、あぐらを組み硬く目をつぶったままだった。息吹が心配で話掛けても、大丈夫だとしか答えなかった。薄暗い倉庫の中で唯一の長方形の窓から日の光が差し込み、獣人達の会話を聞こえてきた。大抵は倭人はきっとこれを気に入るに違いないとか、倭国に残る金塊の話ばかりであった。
息吹は船酔いはしないほうだったが、毎日聞こえる単調な波と潮の匂いが気分をめいらせた。3日ほど前からのついに我慢ができず、夜中、数人しか人がいないのを見計らって、ポールの上に登って夜空を眺めていた。エマの時のように、騒ぎになっては困るのでかなり警戒していた。
いつものように倉庫に戻ると、先生がうつ伏せになって倒れていた。
息吹は仰天し、先生に 駆け寄った。
「先生!!」
先生の顔色は土色になり、汗をグッショリかいていた。見たことのない先生の姿に、息吹の心臓はバクバクし、吐きそうだった。(そうだ、腕………)腕のことが気になり、先生の右腕の服を捲り上げた。
「!!!」
そこには刺青がひろがり、皮膚は紫色にただれていた。息吹は足がガクガクし、その場に倒れそうだった。(私じゃ役に立たない)フラフラドアの方に向かって歩きだし、立ち止まって被りを振った。(しっかりしなきゃ)
外に出ると、厚い雲が広がった暗闇は、星や月の光が何一つなく、冷たい潮風と波の音が息吹の気持ちをさらに不安にさせた。
辺りを伺いながら、息吹は小さな黒猫のように足音一つたてず、薬になるようなものが置いてある部屋がないか捜した。広い船艇を歩き回ると、灯りがともる部屋を見つけた。
息吹は窓に近づき、部屋の様子を伺った。
狼とトカゲが二人で晩酌をしていた。
「兄貴い、あんな子供匿って大丈夫なんですかい?俺あ反対しましたぜ」
トカゲは顔紅くさせながら、狼ににじりよった。狼は盃に酒をそそぎ、ユラユラさせた。
「…どんな奴でもここでは平等なんだ。俺達だって拾われた身だ。海の男として恥じない生き方しなきゃ俺達はならん」
トカゲはそんなカッコつけちゃっても、誰も見ちゃいませんぜとからかった。狼は苦笑し、トカゲの盃にも酒を注いでやった。
二人の会話を聞いていた息吹は、覚悟を決め窓を叩いた。二人は一瞬警戒し、睨みつけた。窓の前には小さな子供が不安げに突っ立ていた。狼もトカゲも、ゴクリと唾を飲み込んだ。肌や目の色こそ違ったが、どうみても倭人の子供であった。二人共、自分達が乗せた子供だと気づくのに少々時間がかかった。
息吹は拳を強く握り締め、頭を下げた。
「助けてください!お願いします!!」
息吹は 目頭が熱くなるのを感じながら唇を噛み締めた。
緊急事態だとすぐ理解した狼は、一体どうしたと聞いた。息吹はもう我慢できず先生が先生がと言って泣きだした。トカゲと狼は顔を見合わせ、倉庫に向かった。
空はあいも変わらず厚い雲に覆われ、風は冷たさを増していた。
(お願いです。コウテカ様、先生をお守りください)
息吹は先生を失うのではないかという不安で胸が潰れそうだった。祈る気持ちで倉庫へ向かった。