コウテカの庭
その庭は、庭というにはあまりにも広かった。庭というよりも森と呼んだ方が正しかったが、一歩足を踏み入れれば動物達が支配しており、古代の神々が住んでいると信じられていたため、この地で親しまれていた最も古い神コウテカの名から、コウテカの庭と名付けられた。
この庭は元来、人が近づく事は禁止されていた。最も近い城から続く細い道の先には小さな小屋が人目を避けるようにひっそりとあった。木々は活き活きと茂り花こそ咲き誇っては無いが人が手入れした跡があり、生命を強く感じさせる太い幹をもつ大樹の上には手作りのブランコや滑り台のよく遊ばれたものがあった。
突然、大樹が葉を揺らし風邪が吹いたかと思うと、7つかそこらの少女が空から降って来た。真っ青な瞳にはおよそ似合わない粗野な格好をしたおかっぱの少女は、血色のいい唇に食べたばかりの果実を口の周りにたくさんつけたまま、一気に首から下げた白いビンのようなものから水飲み干した。
「先生はどこにいったの。
阿修羅、この森でお前の目で見つけられ無いものなんてほとんど無いのに……先生とのかくれんぼだけはおてあげだね」
少女は無邪気に歯を見せて笑った。すると巨大な鷲が、優雅に降りてきた。キュルルと鳴きその少女に擦り寄ると、少女は優しく羽根を撫でた。口を拭い小屋の方へ向かうと、何処からか声が聞こえて来た。
「息吹、見つけてないのに勝手にかくれんぼをやめちゃダメでしょ」
おかっぱの少女息吹の後ろに、背の高い細身の男が立っていた。息吹は顔を輝かせて言った。
「だって、この遊びはもう飽きたし、エマの所に行きたいんだもん。もうやめてもいい?」
「もうやめてるでしょ。はあ……いいよ。その代わりお土産持ってきてね」
息吹は眼を細めて嫌な顔をした。
「先生、私が興味あるって勘違いされるからほんとは嫌なんだよ」
先生はふふっと笑うと、承知したと言ったかと思ったら姿を消した。
「はあー、早く先生を超えたいな。ふふ、阿修羅はお留守番だよ。お前はおっきくて目立つから。いい子にしてな」
息吹は木に向かって駆け上がり、飛び上がると枝を両手で掴んで一回転して枝の上に立った。そのまま枝から枝を飛び移り、風のような速さで城を目指した。