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エンドリア物語

「真実の未来」<エンドリア物語外伝74>

作者: あまみつ


「ウィル、前の店に入る人が決まったよ」

 商店会会長のワゴナーさんが教えに来てくれたのは、キケール商店街の日差しに暖かさが戻り、花芽が出始めた春もまだ浅い日のことだった。

「誰がはいるんですか?」

「占いの館らしい」

 桃海亭の真正面に建つ店舗は、ずっと空いていた。ガガさんが開いた頃には食堂だったようだが、持ち主の人が高齢になってやめてしまい、それからずっと空き店舗だ。

「色々ありましたから、入ってくれてよかったです」

「そうだろう、そうだろう」

 ワゴナーさんも、うなずいてくれた。

 オレがガガさんの店で働き始めた頃は問題がなかった。オレが店を受け継いで、ムーと2人で暮らし始めた頃から、奇妙な事件が起き始めた。

「最初の大きな事件は青の宇宙人事件だったかな」

 遠い目でワゴナーさんが言った。

「いえ、その前に銀のスプラッシュ事件です」

「あれは後始末が大変だった」

「屋根から吹き出した銀色の液体が商店街全体に散って、危険な液体ではないかと大騒ぎになって」

「警備隊がやってきて、避難する騒ぎになったんだ」

「空き店舗に忍び込んだ発明家が銀色の健康水を作る研究をしていたんですよ」

「使っていたのが水と貝殻だと知ったときには、安心したが、腹も立った。あれだけの騒ぎを引き起こしておいて、キケール商店街だから大丈夫だと思ったとは、なんといういいぐさだ」

 銀のスプラッシュ事件を皮切りに、桃海亭の向かいの店舗では頻繁に実験や魔術などが行われた。

 もちろん、大家さんやワゴナーさんも頑張った。

 店舗に入らないように鍵をつけて、紐でぐるぐる巻きにして、窓や扉を板で打ち付けて張り紙をした。【警備隊監視家屋】【不法侵入は犯罪です】【危険家屋、侵入注意】【入ったら100パーセント捕まります】

 効果はなかった。

 捕まった犯人たちは口をそろえて「キケール商店街だから大丈夫だと思った」と言った。話を聞くと、勘違いをしているらしい。モジャがかけた防御結界は店の外からの攻撃には強い。だが、店の中で起こったことには干渉しない。ところが、過激な衝撃に耐えている店舗を見ると、店の中で何をしても大丈夫と思うらしい。

「パトロールに来るのも明日で最後だ」

 夜、自分の店を閉めるとき、ワゴナーさんは必ず向かいの店をチェックに来ていた。それでも、事件は起きた。

「ところで、ウィル」

「はい?」

「先週の事件のことだが」

「先週?」

 オレはわからないふりをした。

「あの見習い召喚魔術師の事件だ」

 ムー・ペトリの技を盗もうと、見習い召喚魔術師が向かいの空き店舗に入り込んだ。お腹が空いて、見よう見まねで召喚魔術を使った。

「あのとき、大量のメロンが空き店舗から通りに転がり出たのを覚えているか?」

「ああ、そう言えば、そんなことありました」

 召喚されたメロンは、ニダウにある八百屋やフルーツ店から集められたもので、安いメロンから高級メロンまで壊れた扉から通りに流れ出した。

「あの後、メロンを回収に来た店舗から、高級メロンが1つ消えていたという報告があるんだが、知らないかね?」

「オレは拾ったメロンは籠にいれましたよ」

 真っ先に飛び出して拾い集めたのを目撃されていたのはわかっていた。だから、ひとつだけもらって、他のメロンは回収用の籠にいれてきた。

 ワグナーさんはオレの肩をポンポンとたたいた。

「たまには美味しいものも食べたいよな」

「はははっ、何を」

「シュデルくんは知っているのかな?」

「すみません。オレとムーで食べました」

「今回はメロンは行方不明ということにしておくから、もうしちゃだめだよ」

「ありがとうございます」

 暖かい言葉にジーンとしているオレに、ワグナーさんは小声でさらに暖かい言葉をくれた。

「次やるときは、見つからないよう、うまくやるんだぞ、こっそりと、こっそりだぞ」



「はぁぅーーーー!」

 前の店舗の改装は半日ほどで終わった。

 午後には、入り口のところに看板が掛けられた。

 金属をねじ曲げてつくったおしゃれな看板だ。

 夕方、オレとムーは、店の前まで見に行った。

 看板を見たムーが、奇妙な悲鳴を上げた。

「どうかしたのか?」

「セシル・シンクレアの店、書いてありましゅ」

「書いてあるな」

「ウィルしゃん、セシル・シンクレア、知らないしゅか?」

「知らない」

「前に話したしゅ」

 記憶を探ったが聞いた覚えがない。

「本当に話したのか?」

「言ったしゅ、レザ聖王国の事件の時しゅ」

 記憶をもう一度探った。

「聞いていない」

「ボクしゃん、言ったしゅ。本当に占える人間は2人しから知らないって、言ったしゅ!」

「そっちかよ!」

 確かに言っている。

「オレに名前を言っていないだろ!」

「そうだったしゅ」

「そうなると、ここにはいってくる占い師は、本物なのか?」

「はいしゅ」

 本物はわかった。

 問題はそっちじゃない。

「ムー、なんで悲鳴を上げたんだ?」

「ババア、ひどい奴しゅ」

「はあ?」

「ボクしゃん、ひどいこといっぱいされたしゅ」

 オレはセシル・シンクレアの店の前から、自分の店に向かってダッシュした。が、動いていない。

 ムーがオレの上着をしっかり握って、引っ張っていた。

 そのムーの上着を、見知らぬ少女がつかんでいた。

「誰がひどい奴だって?」

「ひぃうぅーーー!」

 ムーの悲鳴が変だ。

「誰がひどい奴だって、聞いているんだよ」

 ムーはババアと言ったが、若い。見た目は12、3歳の少女にしか見えない。声も高い。

 長い栗色の髪は緩やかにカールをして、アーモンド型の大きな瞳も髪と同じ栗色だ。黒と茶色が絡み合ったような柄のローブに銀色の腰紐を巻いている。

 オレの方を向いた。

「ウィル・バーカーか?」

 オレはうなずいた。

「向かいの桃海亭の店主です。よろしくお願いします」

 挨拶をしながらも逃げようと頑張ったが、ムーがオレの上着をしっかりと握っていて逃げられない。

「セシル・シンクレア。占いを生業としている」

 オレはうなずいた。

 うなずきながらも、逃げようと頑張っていたが、ムーも頑張って放さない。

「桃海亭にはレザ聖王国の黒水晶があるはずだ。あれを売って欲しい。言い値で買う」

「あれは非売品です」

「シュデル・ルシェ・ロラムの許可をもらえば、売ってもらえるのか?」

「いいえ、売る予定はありません」

「なぜだ?」

「店主のオレが決めました」

「理由を聞いている」

「いきなり売れと言うような人に、理由を話す必要はないと思います」

 驚いたのか、セシル・シンクレアがわずかに身じろぎした。

 その隙をついて、ムーが脱出。オレも続いた。

 振り返らずに叫んだ。

「絶対に売らないので、店には来ないでください」

 叫び終わるとほぼ同時に、店に飛び込んだ。

「怖かったしゅ、怖かったしゅ」

 ムーがガタガタ震えている。

「前のお店はいかがでした?」

 店番をしていたシュデルが聞いてきた。

 オレとムーは同時に首を横に振った。

「外れだ」

「ダメしゅ」

「いい店だ」

 オレとムーは声のした方、オレ達の後ろを振り向いてみた。

 扉が開いており、そこに影があった。

 予想通りだった。

「イヤでも売ってもらうからな」

 栗色の髪の少女が断言した。



 オレとムーは、いつもの手段にでた。

「頼む」

「ヨロしゅ」

 カウンターに立つシュデルの後ろにある扉に飛び込んだ。

「待て!」

「お待ちください。ここからは、私的な場所ですので、お客様はご遠慮ください」

 きっぱりとシュデルが言った。

 なぜかわからないが、オレやムーの「ダメ」を無視する輩も、シュデルの「だめです」に引いてくれることが多い。最近は問題のありそうな客はシュデルに押しつけることにしている。

「ならば、お前でいい。黒水晶を売れ」

「商品の交渉ですか。わかりました。でも、その前にご挨拶しなければならないようです」

 間が空いた。

 オレとムーは扉にある割れ目から店の様子をのぞいた。

 シュデルが前に手を組んでいた。

 正式な挨拶。

「初めてお目にかかります。シュデル・ルシェ・ロラムと申します。よろしくお願いいたします」

 今度はセシルの方が動かなくなった。

 しばらく何かを考えているようだった。

「噂は本当だったというわけか」

「申し訳ないのですが、黒水晶はお売りできません。この交渉をまだ続けられますか?」

「続けられるわけがないだろう」

 腹立たしげにでていくセシルの後ろ姿に、シュデルが言った。

「またのご来店をお待ちしております」



 セシルの店が改装した翌日、オレは店を出たところで5人の男に囲まれた。

 柄も人相も悪くない。ゴロツキには見えない。どちらかというと、護衛という感じだ。

「ちょっと、つきあってもらいたい」

「急ぎの用事があるんで、また、今度にしてくれ」

 昼食用に買ってあったパンを、ムーが呼んだ異次元召喚獣に食われた。至急で買ってこないと、昼飯を抜かれる。

「すぐにすむ」

「急いでいると言っているだろ」

「ならば」と、男たちはオレを囲んで構えた。

「待ってくれ、昼飯が終わったらつきあう。ただし、オレが店で働く時間を使うわけだから、金はもらう。時給、銀貨1枚ってところでどうだ?」

 オレとしては妥当な金額だと思ったのだが、返事はなくて蹴りが飛んできた。

「危ないだろうが!」

 オレの怒声が響いたときには、キケール商店街は誰もいなくなっていた。

 買い物客も観光客も、そばの店舗に飛び込んだ後だ。

 オレとしては、逃げる前に、男たちを止めてくれる人がひとりくらいいてもいいと思うのだが、いつもオレだけが残される。

「頼むから、後にしてくれ。オレの昼飯がなくなるんだよ」

 オレが一生懸命頼んでいるのに、容赦のない攻撃が来る。攻撃は苛烈だが、殺す気はないらしく、使うのは拳や足だけだ。

「昼飯抜かれたら、夕食まで食べられないんだぞ。ティータイムみたいな高級なものは桃海亭にはないんだぞ」

 5分ほど、オレを攻撃した後、動きを止めた。

 オレの前にいる男がつぶやいた。

「当たらない」

 ひとりひとりの攻撃力はさほど高くないが、見事な連携プレーだ。

 オレの逃げ場がないように、次々に攻撃してくる。それは1人目が動いたときに、残り4人の動きを予測しきれば逃げきれるということだ。

「気が済んだなら、囲みを解いてくれ。昼飯を買いに行かないと」

 運動したので、さらに腹が減った。

 この状態では夕飯までもたない。ここまで腹が減ると、肉屋に押し入ってモールさんのベーコンを強奪しても許される気がしてくる。

 男のひとりが、隣の男にささやいた。言われた男がうなずいて、オレに言った。

「ステーキとスープとパンを用意しよう。時給は金貨1枚」

「喜んで行かせていただきます」

 オレは揉み手をしながら、男たちのあとに従った。



「黒水晶が欲しい」

 昨日、見た少女が、オレに迫った。

「だから、非売品です」

 オレは急いでステーキを切っていた。

 この次、いつ食べられるかわからない。でも、少女の店に長くいるのは危険な気がする。幸いなことに、オレの店は真向かい。

 パンを握って、ステーキを全部口に押し込んで、必死で走れば逃げきれる。

「シュデル・ルシェ・ロラムの意向か?」

「その問いには、昨日答えた」

 ステーキを大きいままくわえれば早く逃げ出せるが、前に肉をくわえて逃げて、落としたことがあった。あれは、泣きたいくらい悲しかった

「どのような条件ならば、黒水晶を譲る?」

 切り終わった肉を、オレは丁寧に重ねた。

「返事は?」

「時給はあとで、護衛の男の人に届けさせてください」

「何を…」

 肉を手でつかむと、一気に口に押し込んだ。パンを両手に一個づつもって部屋から飛び出した。部屋の外にいた男が驚いたが、男が動く前に扉を抜けて、店を飛び出した。

「待て!」

 少女の声が真後ろに聞こえた。

 そう言えば、昨日もやけに速かったよなと思ったときには、手首を掴まれていた。

「食い逃げはさせない」

 勝ち誇った声でいった少女を引きずって、店に入った。

「もがもが」

「店長、お帰りなさい。セシル様もご一緒ですか。今日はどのようなご用件ですか?」

 カウンターの中からシュデルが笑顔で言った。



「信じられない。何を考えている!」

 桃海亭の食堂でセシルがわめいている。

 オレは肉をゆっくり、噛み砕いて、飲み込んで、シュデル特製の野菜スープを飲んでいるところだ。

 ムーは自室に避難、シュデルは店番の最中。

 セシルの怒りは全部オレに向かっている。

「帰らなくていいのか?店があるんだろ?」

「予約客のみの店だ」

「午後の分の客はこないのか?」

「予約は入っていない」

「開店早々、そんなんで大丈夫か?店、つぶれるぞ」

 セシルの手がテーブルの上を払った。乗っていたコップや調味料が床に落ちた。

 音にシュデルが飛んできた。

「何をしているんですか!」

「オレじゃない。こちらのお嬢様が癇癪を起こされた」

「金を払えばいいだろ!」

 セシルが吐き捨てるように言った。

「そういう問題ではありません。まず、壊れたコップや調味料を片づけてください。それから、掃除をしてもらいます」

「誰に言っている!」

「セシル様、あなたにです」

 氷の声でシュデルが答えた。

 セシルが凄い目でシュデルをにらんだ。その目をシュデルは絶対零度の目ではじき返した。

「オレは店番をしているから」

「逃げるのか!」

 セシルの声をあとにして、オレは店にもどった。

 キッチンからは「割れたガラスはそちらに」とか「乾拭きと濡れた雑巾は使い分けてください」とか「拭き方が雑です。もう一度」とか「そちらの隅が拭けていません」とかいうシュデルの声が聞こえた。セシルも最初は「そんなのわかるか!」とか「雑巾など触れるか!」とか反抗する声がしていたが、段々少なくなって、途中からはシュデルの指導する声だけが聞こえていた。

 しばらくして、怒っているのに泣きそうな顔のセシルがキッチンから出てきて、そのまま、店の入り口を抜けて、自分の店に戻っていった。

「店長、店番を代わります」

 シュデルの笑顔は、やけに清々しかった。



 翌日の朝、時給の金貨1枚と1通の手紙が届けられた。届けてくれたのは、オレを襲った男のひとりだ。手紙の宛名はオレで、今日の午後、ひとりで店に来て欲しいとかかれていた。

 時給は書かれていなかったが、昨日のセシルの様子が気になって会いに行くことにした。

 指定された時間に占いの店の扉を開くと、男が待っていて案内してくれた。前日とは違い、地下に作られた豪華な部屋だった。

「よくきてくれた」

 セシルが小さなテーブルの前に座っていた。テーブルにはセシルの顔ほどの巨大な水晶が置かれている。

 うながされて、オレは前に置かれた椅子に座った。

 案内した男は、一礼をすると部屋からでていった。

「この部屋には強力な結界が張られている。盗みぎきされる恐れはないから安心して話されよ」

「オレから話すことはないんだけど」

「習慣で言ってしまった。ここは占いに使う部屋なのだ」

 そう言われると、少々派手な装飾も納得いく。

「シュデル・ルシェ・ロラムから聞いたか?」

「何を?」

「そちらの噂も本当のようだな」

「それが黒水晶に関係するのか?」

「関係ない。黒水晶の件はムー・ペトリとシュデル・ルシェ・ロラムの2人だけだ」

「いま、シュデルがオレに話さなかったことを聞きたいと言ったら話してくれるのか?」

「ウィルという人間は、その手の話は聞くのが嫌いだと聞いている」

「情報が間違っている。オレは知りたがり屋だ」

「面白いやつだ」と言うと、セシルはフフッと含み笑いをした。

「いま私は200歳をこえている。この姿で生きているにはそれなりの技を使っている。シュデル・ルシェ・ロラムは、すべてを知るものとして、それをわかっている。あれは非常にいまいましい生き物だ」

「長生きの方法は聞かない。だが、シュデルの悪口をもう一度言ったら、オレはここからでていく」

「お前は希有な生き物だ」

「何を言っているんだ?」

「誉めただけだ」

 シラッと言ったセシルは真顔になった。

「私を含め、多くの魔術師はムー・ペトリを殺す予定でいる」

「いきなり、物騒だな」

「暗殺で殺せればよかったのだが、これまでのことを考えると難しそうだ。協力してもらえるか?」

「断る。オレは黒水晶の話だと思ったから、ここに来た。ムーを殺す話なら帰る」

 席を立ちかけたオレを、セシルが止めた。

「待ってくれ。関係しているのだ」

 セシルにふざけている様子はない。

 オレは再び腰を下ろした。

「わかりやすく話してくれ。オレに話していないことがあるんだろ?」

「話して良いのか迷っていた。だが、ここまで来たら話すしかないようだな」

 セシルが水晶に手をかざした。

 ぼんやりとした白いモヤが、ある顔を浮かび上がらせた。

「誰かわかるか?」

「10年後のムー。いや、9年後、もうちょっと減ったから8年と…」

「さすがだな。あの童顔からよく予想できる」

 前にオレの店で暮らしていました。

 家と店をぐちゃぐちゃにして帰りました。

「彼が世界を破滅させる」

 胃が痛くなってきた。

 あの時のムーの言葉は嘘ではなかったということだ。

「それを我々はとめたい」

「どうやって世界を破滅させるんだ?」

「新しい魔法を作り出した。魔法を作ることはわかっているのだが、作った魔法を理解できない。だから、ムーを殺す以外に対処にしようがない」

「どんな魔法なんだ?」

「広域にかけられる魔法だ。正確には少し違うのだがわかりやすくいうと、ファイアとこの魔法を掛け合わせて発動させると、ルブクス大陸全体にファイアがかかる。ヘルファイアをかけあわせられたら、ルブクス大陸が炎の海になる」

 胃がキリキリと痛む。

「それにオレは関わるか?」

「関わらない」

 胃が急に楽になった。

「ウィル・バーカーは、いまから1年後、ある事件に巻き込まれて死ぬ」

 胃がまた痛くなった。

「ムーを殺すのを手伝ってくれないか?」

「手伝わない。オレは死ぬようなので聞いても無駄そうだが、一応聞いておく。黒水晶はどうなった?」

「そこなのだ。我々が困っているのは」

 再び水晶に手をかざした。

 シュデルが顔の前に水晶を掲げている。

 右手が黒水晶で、左手が蒼水晶だ。

「占っている」

「へぇーー」

 ちょっと投げやりになってみた。

「あり得ないのだ」

「何がだ?」

「シュデル・ルシェ・ロラムは13歳で、石牢で死んでいた」

「桃海亭にいるのは、ゾンビとでもいいたいのか?」

「いや、あれは生きている。本来の運命では、お前たちが石牢を吹き飛ばすことはなく、シュデル・ルシェ・ロラムはあの石牢で息絶えていたはずなのだ。ところが今も生きていて、来年には黒水晶で占いをはじめる」

「商売がたきってことだな」

「きっかけはウィル・バーカーの死だ」

 胃が猛烈に痛み始めた。

「シュデル・ルシェ・ロラムが黒水晶で未来を予測して、そのことで未来が変わると、我々の未来視が外れる恐れがある。確実にムー・ペトリをしとめるのに、シュデル・ルシェ・ロラムの占いを阻止したい」

「だから、黒水晶を売れといっているわけだ」

「その通りだ」

「わかった。もう一度だけ確認しておく。オレの死は確定だな」

「99パーセント動かない」

「ムーの殺害は手伝わない。シュデルにはオレから黒水晶で占いをしないように言っておく。シュデルは頭が固いから、オレが先に言っておけば絶対にやらない。これでいいな?」

「それでいいのか?」

「問題があるか?」

「いまのままだとムー・ペトリの殺害は実行され、ウィル・バーカーは1年後には確実に死ぬ。自分の死を回避したくはないのか?死に方をなぜ聞かない?」

「別にあんたの占いを信じていないわけじゃない。99パーセントということは、オレが聞いたからってどうにもならないことなんだろ。それなら、死なないかもな、って、思って、生きていた方が楽なだけさ」

 あと1年後に死ぬということは、オレはあと1年、生きられるということでもある。異次元召喚獣に飲み込まれたり、怪しげな魔法生物に毒液を吹きかけられたり、新作の魔法陣で宙に吹っ飛んだり、で、いきなり死ぬことはないということだ。

 そこはちょっとうれしい。

「これは時給と口止め料だ」

 セシルがテーブルに金貨5枚を乗せた。

「これは受け取れない」

 オレはつきかえした。

 店を出て1秒後、やっぱりもらっておけば良かったと後悔した。



「うあぁー!」

 目覚めは最悪だった。

 生臭い匂いで目を開けると、巨大な口が目の前にあった。細かい歯がびっしりと生えていて、舌がベロンベロンと動いている。

「うぎゃぁー!」

 オレは口から逃げる為、窓から飛び出した。

 2階から飛び降りて、キケール商店街の通りに着地すると、オレの周りから悲鳴があがった。

 どうやら、口の持ち主がオレを追いかけて2階の窓から姿を現したらしい。振り返って見上げた。

 羽があった。

 宙を飛んでいる。

 蚊が似ている。

 身長3メートルほどの蚊が開いた口を、オレに向けて飛んできた。

「あけてくれ!」

 試しに占いの店の扉をたたいてみた。

「どうかしましたか?」

 まだ、キケール商店街に不慣れらしく、男があけてくれた。

「悪い」

 オレは扉を引っ張って、全開にすると身体を屈めた。

 突進してきた蚊が、店に飛び込んだ。

 男が絶叫した。

 オレは容赦なく扉を閉めて、扉の前に側にあった板を当てた。

「そこらに、押さえるものがないか?」

 周りを見た。

 誰もいなかった。

 買い物客も観光客も。いつもと変わらずオレひとりだ。

「店長、大丈夫ですか」

 シュデルが店から飛び出してきてくれた。

 釘とハンマーを手に持っている。

「頼む」

 オレが板を押さえている間に、手際よく板を止めた。

「よし、これで……」

 扉が吹き飛んだ。

 誰が見ても怒り狂っているとわかる状態の人物が、そこに立っていた。ボサボサに乱れた巻き毛、ローブは破けていて、鬼のような表情でオレをにらんでいる。

「何をしている」

「ええと、キケール商店街の安全の確保を…」

「あの蚊はなんだ」

 店の中を指した。のぞき込むと、木の枝でグルグル巻きにされた蚊がいた。そういえば、ローブに茶色がはいっていた。木系も使える魔術師らしい。

「たぶん、ムーが呼んだ異次元召喚獣だと…」

「私を殺す気か!」

「いや、オレが食われかけたので、ここに閉じこめただけで…」

「なぜ、素直に食われない!」

 言っていることが滅茶苦茶だ。

「セシル様、大丈夫でしたか?」

 シュデルに気がついたセシルは扉を閉めようとした。その扉が通りの真ん中にあると気づくと、側にいた男を指示して扉を取りに行かせた。

「蚊はオレ達が引き取ろうか?」

 木で丸められた蚊が、通りに放り出された。

「殺されたくなければ、二度と扉をたたくな」

 壊れた扉をバンとしめた。倒れそうになった扉を、男があわてて支えていた。




「うぁぁあーーー!」

 オレは翌朝も窓から飛び出した。

「ムーのやつ、何考えているんだ!」

 通りに降り立つと、買い物客も観光客やあっという間に店に飛び込んだ。

 オレも入れてもらいたい。

 しかたなく、目の前にある扉をたたいた。

 反応はない。

 扉を観察した。蝶番はこわれたままだ。

「よいしょ」

 立てかけてあるだけの扉をオレは横にどかした。

 音が近い。後ろから異次元召喚獣が迫っている。

 オレは横っ飛びによけた。体長3メートルの巨大バッタが店に飛び込んだ。

 オレは扉を戻した。

 店からシュデルが飛びだしてきた。

 手には釘とハンマーと分厚い板までもっている。

「これなら、簡単には飛ばされないな」

 オレとシュデルは手早く板を打ち付けた。

 そして、店に駆け戻った。

 シュデルが素早く扉に閉店の札をかけ、鍵を閉めた。

 分厚い板は、3分ほどもった。

 吹き飛んだ扉から、ボロボロになった男たちと同じようにボロボロになったセシルが飛びだしてきた。

「開けろ!」

 赤鬼になったセシルが、扉をたたいた。

「扉を壊すと住居破壊及び強盗未遂で訴えますよ」

 冷静な声でシュデルが答えた。

「ウィル、出てこい!」

「この状況で出ると思うか?」

「出たら金貨10枚やる」

 オレの扱い方を知っている。

「殴ったり、蹴ったり、殺そうとしたり、魔法をかけたりとかしないか?」

「する!」

「出ない」

「この怒りをどこに向ければいい!」

「自分の店の中で暴れてくれ」

 しばらく、扉をたたいたり、わめいたりしていたが、開けないとわかると占いの店に戻っていった。

「プププッしゅ」

 ムーが店に顔を出した。

「2日続けて、朝から召喚するなよ」

「ババアに復讐しゅ」

「セシルに何かされたのか?」

「小さい頃、お菓子いっぱいもらったしゅ」

「よかったじゃないか」

「毒入りだったしゅ」

 ペトリの家にいたころから、殺すつもりだったらしい。

「死ななかったのか?」

「ペトリのジイちゃま、知らない人からの食べちゃダメいったしゅ」

「よく我慢したな」

「ペトリのジイちゃま、いっぱいいっぱいいっぱいお菓子をくれたしゅ」

 ペトリの爺さんが甘やかし放題した結果、今のムーができたことを思い出した。

「ボクしゃん、木に閉じこめられたり、穴に落とされたり、油かけられたり、ひどいこといっぱいされたしゅ」

 ハードな幼児期だったらしい。

「それで復讐か?」

「そうしゅ」

「セシルに復讐するのに、なぜ、オレの部屋に召喚獣を入れる?」

「あのババア、召喚獣以外はきかないしゅ、やってもやっても避けるしゅ」

「占いで攻撃を読むのか?」

「はいしゅ」

「それはわかった。それで、なぜ、オレの部屋に召喚獣を入れる?」

「シュデルの部屋に入れようとすると道具達が怒るしゅ」

「それもわかった。それで、なぜオレの部屋に召喚獣を入れる?」

 ムーが考え込んだ。

「よく考えたら、必要ないしゅ」

 オレの蹴りで、ムーは天井まで飛んでいった。



 なぜ、セシルがムーを殺そうとするのか、黒水晶を欲しがるのか、予想がついたが、重要なパーツがひとつ足りない。

 それを手に入れるために、モジャに質問した。

 ムーが魔法の法則を書き出していて、それを見ているモジャに話しかけた。

「モジャの都合のいいときでいい。少し時間をくれないか?」

ーー いまならよい ーー

「モジャ、未来は確定しているのか?」

 モップがふわふわと動いた。

 たぶん、笑っている。

ーー 面白いことを聞く。確定しているとも言えるし、常に変化しているとも言える。ひとつとも言えるし、無限とも言える ーー

「その返事だと、いくつもあると考えた方がいいのか?」

ーー 場合による ーー

 困った。

 この返事だとオレの考えが正しいかわからない。

 オレは簡単に状況を説明して、オレの考えを伝えた。

ーー ウィルが考えていることに関してだけでよいならば ーー

 モジャがモップの先でオレの頭をポンポンと優しくなぜた。

ーー 確定している ーー

「ありがとう、モジャ」

 オレは心から礼を言った。

 これでパーツはそろった。あとはセシルに会いに行くだけだ。




「えー、セシルさんに会いに来ました。取り次いでください」

 占いの館の扉には、のぞき窓がついていた。

「ご用件をおうかがいします」

「脅迫にきました。お金もくれるとうれしいです」

 待たされると思っていたが、すぐに扉は開いた。見覚えのある男が地下の部屋まで案内してくれる。

 オレだけを部屋に入れて、扉をしめた。

「やはり来たか」

 セシルは前と同じ小さなテーブルのところにいた。

「こんにちは、脅迫にきました」

 オレはセシルの前の椅子に腰を下ろした。

「それで脅迫のネタはなんだ?」

「ムーが異次元召喚をすると予言が狂う、違うか?」

「正解だ」

「気づいたのは最近なのか?」

「シュデル・ルシェ・ロラムがお前たちに救い出されて生き延びたとき」

「本当に予言していたのか」

「お前たちが来なければ、あと一週間で命を閉じるはずだった」

「シュデルが生き延びたと知ったとき、自分の占いが外れた原因を探したのか?」

「その前から占いと違うことが起きることが、極まれだがあった。頻繁におきるようになったのは2年ほど前からだ」

 オレがムーとララと卒業試験を受けた頃だ。

「シュデル・ルシェ・ロラムの能力は人外のものだ。死んで欲しいと多くの者が願い、私は死ぬと断言した。それなのに死ななかった。私の占いは外れ、信用は地に落ちた」

「原因がムーだといつわかった」

「外れた予言に関わった人物を洗い出した。それらのすべてにムー・ペトリは直接的にまたは間接的に関わっていた。ムー・ペトリが近くで異次元召喚をしただけでも占いの結果が変わってしまう。理由はわからない」

「それでムーを殺そうとしたんだな」

「世界を滅ぼすのは本当だ」

「その予言はいつのものだ?」

「ムーが生まれたときに、世界を滅ぼす者として占いに現れた」

「小さいときから殺そうとしていたのか」

「ムー・ペトリの異次元召喚は未来を変える。救える未来も救えなくする。私は世界を救うためにムー・ペトリを殺すのだ」

 意気込んでいるセシルに、オレはできるだけ軽く言った。

「それは事実ではない、だろ?」

「何を言う!」

「試しに同じことを占ってみるか?」

 セシルがオレをいぶがしげに見た。

「セシルが占う。それと同じことをシュデルが黒水晶で占う」

 セシルの顔がこわばった。

「そのあと、ムーが異次元召喚を行う。どっちの結果が正しい?」

 セシルがうつむいた。

 セシルの占いはムーの異次元召喚と何らかの因果関係がある。これは正しい。その結果、占いが外れてしまうとセシルは言った。

 しかし、モジャが教えてくれた【未来が確定している】

 これから考えると、ムーが異次元召喚する。セシルの占いが外れる。別物だ。どちらも決まっていることで、変更することない。

 だから、”シュデルが死ぬ”という、セシルの占いは、ムーの異次元召喚には関係なく、はじめから外れた占いだったのだ。そして、おそらく”オレが死ぬ”という占いも外れている可能性の方が高い。

 セシルの占いが外れるのならば、正しい結果を予見する占いが別に存在することになる。オレが知っている中で、それができるのはシュデルが黒水晶を使って行う占いだ。

 しばらく後、セシルは顔を上げた。

「いくら欲しい」

「オレを黙らせる代金は高い」

「言い値で払おう」

「まず、ムーの命を狙うのをやめてもらおう」

「金にしろ」

「それから、シュデルの悪口もなし。黒水晶も売る予定はないから、欲しがらないでくれ」

「そんな言い分が飲めると思うのか!」

 オレは立ち上がった。

 座っているセシルを見下す。

「飲んでもらう」

 見上げたセシルが、目をそらした。

「占いが私の生業だ。それができなくなる」

「遠くに行けば、ムーの影響もなくなるんじゃないのか?とりあえず、東の方に行ってみたらどうだ、あっちには金持ちも多い」

「ここから私を追い出したいのだな」

「オレはいてもいいんだけど、ここだと仕事ができないだろ」

「黒水晶を売ってくれ。あれで占えば、影響がないかもしれない」

「セシルは有名な占い師なんだろ。シュデルの道具に及ぼす力の話を聞いたことがないのか?」

「道具を自分の影響下におくという力のことか?」

「黒水晶はシュデルの言うことしかきかない。他の者は占えない。それとこの距離だと数日中にそこの水晶玉が桃海亭に転がってくる」

「嘘を言うな」

「嘘だと思うなら、ここにいればいい。あ、ムーの命は狙わないでくれ。こっちにも事情があるんだ」

 うつむいてしまったセシルに「早くでたほうがいいから」と言って占いの店を出た。




「頼むから、返してくれ」

 半泣きのセシルがシュデルに頼み込んでいる。

 オレの忠告を無視して居座った結果、3日目に巨大水晶はシュデルの元にやってきた。

「返すも何も、この水晶はあなたのところに居たくないと言っているのです。僕は水晶の意志を尊重するだけです」

「持ち主は私だ」

「そうやって物のように扱うから、水晶は僕のところに来たのです」

「水晶が物でなければ、なんだというのだ」

「水晶は水晶です。それもわからないのですか」

 オレも水晶は物だと思う。

 シュデルの言っていることの方がおかしいと思うが、桃海亭の店内ではシュデルの言っていることが正しくなる。

「これがないと占えないのだ」

「嘘を言わないでください。僕にわからないはずがないでしょう」

「水晶を返さないと言うなら、代金として金貨2000枚払ってもらおう」

「わかりました。明日から、この水晶を使って桃海亭で占いをして稼ぎます。少しだけお待ちください」

「それはやめてくれ」

 オレは店の外にいる男たちを店内に招き入れた。

 シュデルとセシルの言い合いを聞いていたのだろう。セシルを説得して連れ帰ってくれた。

「ここではのんびりとすごしていいんだからね」

 巨大水晶にシュデルは優しく話しかけた。

 桃海亭にまた新たな頭痛の種が増えた瞬間だった。




 夕方、商店会会長のワゴナーさんが太い紐をもってやってきた。

「占いの館、さっき出て行ってね。紐で入らないようにするのを手伝ってくれないか?」

 2人でグルグル巻きにした店は、壁も塗り替えたばかりで、空き店舗にするのはもったいないくらいの綺麗なたたずまいだった。

「今夜から、また見に来るか」

「オレが見ますから」

「これでも商店会会長だからね」

 人の良さ丸出しの笑顔で、店に戻っていった。

 風はまだ冷たくて、オレは思わず身震いした。太陽はまだ西に浮かんでいる。日が長くなった。

 春本番まではあと少しだ。




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