20話 プライドよりも勝利を!
「こ、婚約者……?」
元妹がアドルフ殿下の言葉に衝撃を受けている。
元妹の気持ちが今だけは、私にも分かる。
私も今衝撃を受けている。
ここで動揺を外に出すのはまずいので、今は何とか平静を装っている状態だ。
「あぁ、父上も認めたみたいだぞ? 母上が喜んでいた。得体の知れない娘など、レダートは王位を放棄したも同然だとな」
そう言って、私と王子様を見下すアドルフ殿下。
何故か勝ち誇った顔だ。
もしかして、そこのアホでビッチな元妹より私を下だと言っている?
私も普通とは言いがたいけど、流石にあれよりマシだよっ!!?
王子様の事だって、どう考えてもお前みたいな俺様浮気屑野郎より上だからっ!
私は心の中でアドルフ殿下に罵詈雑言を吐いた。
「…………なに、それ。そんなの知らない」
ぼそぼそと元妹が何かを言った。
「チェルシー?」
「あなた、何なのっ!!」
心配するアドルフ殿下を無視して、元妹が私の前にずいっと距離を詰めてきた。
交わる視線、私も負けるものかと視線をそらさずに睨み続ける。
何となく逸らしたら負けな気がした。
数秒、若しくは数分だったかもしれない。
「っ、あなたっ!!? それにクレイって!?」
どうやら、流石にこの距離では私の正体を理解したらしい。
私がかつて自分が追いやった姉だと。
まぁ、ここまで近付いて気付かなかったら、人としてどうかと思うけど……いや、既に人としてどうかしてたか。
「…………復讐にきたの? ……そんなに、そんなに私の事が憎いのぉっ!?」
突如、眼を潤ませ声を震わせて、元妹は悲劇のヒロインを演じ始めた。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
えー……何だコレ。
もしかしなくても、私に対してもその茶番やる気なの?
「どうしたんだ、チェルシー? 知り合いか?」
「アドルフ様っ! この人は、私の姉のクレイ・キアージュですぅ! お父様やお母様に可愛がられる私を虐めてぇ、ある日家から出ていった女の子ですぅ! はっ、きっとレダート様に近付いたのも私に復讐する為何ですかぁっ!? ひどいですぅっ! 私、何もしてないのにぃ。レダート様の事も騙して、最低ですぅっっ!!」
つまり今回の元妹の演じる劇場の脚本では、私は愛される妹に嫉妬した上に虐めぬいた上に、更なる嫌がらせの為に王子様に近付いた屑女という事になっているらしい。
何て豊かな想像力なんだろうか。
ここまで自分本意に生きれるなんて、ある意味尊敬出来る。
元妹は常人には見えない妙な電波でも受信しているのだ。
でも、そっちがその気なら──
「ひどい……どうして、そんなひどい事を言えるの?」
元妹と違ってあくまで自然に、ぽろりぽろりと涙を流しながら消え入りそうな声で元妹に問いかける。
その様はひどく同情を誘う事だろう。
王子様やショタ曰く、私の容姿はどちらかというと弱々しく、触れれば容易く折れそうな感じらしいから。
狙い通り、先程まで此方を睨んでいたアドルフ殿下や元妹の取り巻きらしき人物達は私の反応に揺らいでいる。
流石元妹のちゃちな演技に引っ掛かるだけあって、チョロいものだ。
「はぁ? 何言って」
「どうして、そんな嘘をつくの? 私は貴方達に屋敷から追い出されて、着いてきてくれたのはナタリアだけ……身一つで追い出されてしまったから、お金も食べ物さえなくて……ナタリアだって、病気にかかってしまって……ぅぅ」
元妹のような話の通じない相手に対した時、選択肢は2つしかない。
相手は常識も通じなければ、自分に都合のいい妄想の中を生きる人間だ。
狭い世界では真実より、時に感情で正しさが決まってしまう事もある。
ここには現代日本にあったような指紋照合技術も、その日の行動を証明してくれる監視カメラもない。
選択肢はプライドを取って周囲の避難を浴びるか、プライドを捨て同情を買ってでも周囲を味方につけるかだ。
そして、その二択ならば当然私は──
「そ、そんな嘘よっ!! 出鱈目を言わないでっ!!」
元妹も私の反応は、予想外だったのだろう。
ここは貴族が多く通う学園。
これまでは皆プライドを選んでいた筈だ。
人前で泣くなど、まずあり得ないだろう。
現に視界の端に見える公爵令嬢は、私の事を蔑んだ目で見ている。
あいにく、別に私はその程度の事を気にしたりしないが。
その行動が客観的にはどんなに正しいとしても、最後に全てを失ってしまうならそんなプライドに意味はない。
正しく生きようとする事は間違いではないし、話の通じる相手なら分かり合う事も可能だろう。
だが、話の通じない相手の場合、元妹のような人間が相手の時は話が別だ。
勝ちたいならプライドを捨てて、同じ土俵に立つしかない。
相手が滅茶苦茶な感情論で来るなら、こっちも感情論で迎え撃つ。
私は自分が周囲に批難され多くの物を失う事になっても、自分の正義や矜持を貫ければ本望だなんて言えないし思えない。
そんなの自分に酔っているだけだ。
私は死にたくないし、出来れば楽しく人生を謳歌したい。
こんな奴の為に、泥を啜りながら生涯を生きるなんて御免だ。
そんなプライドなんて糞食らえだ。
公爵令嬢はアドルフ殿下に泣いてすがればよかった。
格好悪かろうが惨めだろうが、初めからアドルフ殿下にそう訴えかけていたなら、きっと結末は違ったものになっていただろう。
少なくとも義は彼女にあるのだから、周囲は全面的に公爵令嬢の味方についてくれた筈だし、アドルフ殿下の目が覚める事もあったかもしれない。
「出鱈目って……どうしてそんな事を言うの? お父様の能力を継げなかった私を見下して、いつも虐めていたじゃない。私、レダート殿下が見つけてくださるまで、ずっとずっと辛い生活をしていたのよ?」
泣き崩れながら体をよろけさせる。
王子様が慌てて、私の肩を支えた。
厳密に言えば、辛い生活を送っていたのは前の私だ。
今の私ではない。
まぁ、体は同じなのだしまとめてしまっても問題ないだろう。
前の私は客観的に見ても、ひどい生活を送っていた。
大事なのは相手にほんの少しでも、私を哀れに思わせる事、元妹へ疑いを持たせる事。
可哀想だと思えば、それ以上攻撃をするのを躊躇う。
そして、例えどんなに愛していても、一瞬でも疑問を持ってしまったなら調べずにはいられない。
自分の手で調べて自分の目で見れば、何が真実か分かる筈だ。
「あぁ……クレイはとても貧しい村で暮らしていた。私が彼女を見つける事が出来たのは、シリルのギフトのおかげだ。そもそも、伯爵は彼女の死亡届も王宮へ提出している」
王子様が私を胡散臭そうな目で見つつも、私の策に乗った。
これで仕掛けは完璧というものだろう。
「死亡届って……それに身一つで追い出すって、流石にクズ過ぎるだろ」
「やっぱり、あの人おかしいよね」
「そもそも婚約者のいる相手に近付く女なんて、まともな筈ないでしょう」
ざわざわ、ざわざわと周囲が騒がしくなり、一斉に元妹へと批難の視線が突き刺さる。
皆、私を憐れんで、元妹を加害者と認識した。
この茶番劇の勝者はどうやら私で決まりのようだ。
それにしても、皆チョロいな。
私、女優の才能が自分にある気がしてきたよ。
まずはジャブ。
頭で思い浮かべているのをそのまま文にするのって難しい……後で少し修正を入れるかもです。




