1話 別れと始まり
「死なないで、ナタリアっ!!」
肌寒い室内で、一人の少女の悲痛な叫びが響く。
「……すみません、お嬢様……、貴方がおおきくなるまで、私がお側でお守りするつもりでしたのに…コホッ、……お嬢様、強く、強く生きてください……私が死んだら、旦那様にきちんと、ゴホッゴホッ……連絡をとって、保護して貰うのですよ……ゴホッゴホッ」
そう言って老婆は、涙を溢す少女の頬をするりと撫でた。
老婆にとってこの少女は主人ではあるが、実の孫のように慈しんできた娘だ。
そして、今まさに死に行く老婆にとって、唯一の心残りでもある。
優しく真っ直ぐな子だが、酷く哀れな子だ。
老婆が居なくなった後、更なる不幸や苦行が降りかかる事だろう。
それでも、老婆は少女に生きて幸せになって欲しかった。
「いやよ、いや、いや! 私を愛してくれるのは、ナタリアだけだものっ! お願い、死なないで、私を独りにしないでっ!!」
頬に触れていた手を握って、少女は懇願する。
その手には、本来無縁である筈のあかぎれがあった。
老婆は、重い病を患っていた。
老婆を少しでも長く生かす為に、少女が手を尽くしたのを老婆はよく知っていた。
きっと、自分は今晩には永遠の眠りにつくだろう。
既に意識を保つのがやっとで、体の感覚も薄くなって来ている。
老婆はこれ以上少女の負担にならずに済むとという安心感と、少女の先行きを祈りながら静かに息を引き取った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ナタリア……」
何度呼んでも、ナタリアは返事を返さない。
その瞳に、私を写す事はない。
いつも、そうだ。
私はクレイ・キアージュとして、有力貴族であるキアージュ伯爵家に生を受けた。
けれど、幸せだったのはお母様が生きていた頃まで。
お母様が亡くなってからは、坂から転がり落ちていくように何もかも失っていった。
お母様が亡くなった後、父はすぐに愛人にしていた女性を後妻に据えた。
子連れだったその人は、私より1つ年下の女の子を連れて家に来た。
その子は、父によく似ていた。
父はその子を目に入れても痛くない程に可愛がった。
私はその日から屋敷で冷遇されるようになった。
10才で受けたギフトの鑑定結果もそれに拍車をかけた。
結果として、私は父に見捨てられ僻地へと追いやられた。
私が役立たずのギフトしか持たず、後妻の子が優れたギフトを持っていたからだ。
この世界の貴族の血を引く者は、生まれつき神より贈られし能力を身に宿している。
その能力は多種多彩で、その家や人によって形を変えて発現する。
私は10才で受ける洗礼で、自分のギフトを知った。
“M・P・G”
鑑定書のギフト欄には、只それだけしか書いていなかった。
用途不明のギフトは稀に生まれるらしいが、そういった者達はギフトを発動する事がまず出来ず、出来損ないとして蔑まれる。
私もそうだった。
私のギフトも過去に前例がなく、また名前から用途を考察する事も出来なかった。
記号なのか、絵なのか、文字なのかそれすらも分からない。
発動にはある程度のイメージが必要だ。
だから、そのギフトの意味すら理解出来ない私に、発動が出来る筈もなく……。
私は実の父や親族から、出来損ないと呼ばれた。
それには半分だけ血の繋がった妹も、原因にあったのだと思う。
妹は、父と同じギフトを持っていた。
そのせいで父こそ裏切りを働いていたのに、私はお母様が浮気で出来た子だと皆が言うようになった。
妹は私を嘲笑った。
これは当然の運命なのだと。
この僻地へと追いやられた時の、勝ち誇ったかのような妹の笑みを五年経った今でも鮮明に思い出せる。
皆が、私を捨てた。
蔑んで、虐げた。
……ナタリアだけが、私についてきてくれたのに。
ナタリアだけが、私の傍に居てくれたのに……。
私には、ナタリアしか居ないのに。
ナタリアは、私に生きろと言った。
私を捨てた父と連絡をとって、助けて貰いなさいとも。
「あんな家に、私は戻りたくないっ! ナタリアが居ないのに、あんな冷たい場所に居たくないよっ!!」
少女にとって、ナタリアは唯一の存在だった。
少女の心はまだ幼い。
その悲しみや絶望に、少女の心は耐えきれなかった。
──だから、少女は壊れた。
壊れて、交じった・・・・。
壊れた心を埋めるように、奥底に沈んでいた記憶が蘇った。
「……これって異世界転生ってやつ?」
ナタリアの死から少女は死んだように眠り続け、次に目覚めた時、新たな自分として少女は生まれ変わった。
悲嘆に暮れる少女は、居なくなったのだ。