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フランベルジュ

「勘弁してくれよォ」


 オーストラリア大陸北端ヨーク岬半島。すでに大陸から撤退を決定したグロニア本国の命令を受け、負傷したレーニッジ・アーモルドに代わり、七聖剣第七席アライジャ・グスパーが戦線の維持とグロニア人退去の指揮を執っていた。


「あー、何でビリケツの俺がレーニッジの野郎のケツ拭きなわけなん? 同じケツ拭くなら、第四席のフェリアちゃんのキレイなおケツがいいに決まってんだろが、ボケめ」


 前線後方の本陣は、貴族の別荘だった丸太小屋を司令部にした簡素な物である。


「それか、第六席のサクラ姉さんでもいい……とにかく俺ぁ、レディの失態なら喜んでケツもちするが、ヤロウのケツだけはごめんだ」


 小屋内でイスにふんぞり返り、アライジャは悪態を吐き続ける。赤く燃えるような髪と、肉食獣のような鋭い瞳は彼のやんちゃな性格を現しているかのようである。


「まあまあ、いいじゃないですか~。撤退完了まで後少しなんですし~」


 副官のリオネが向かいのイスに座り能天気にきゃははと笑った。露出度の高いローブと肩までウェーブした青い髪は、若い兵士達を虜にする魅力があった。彼女のファンクラブが存在するほどである。


「うっせ。相手はあれだぞ? エクスカリバーの鎧にヒビ入れたんだぞ? ありえねーよ。俺の鎧なら一発で消し炭であの世行きだ。まだ死にたくねーよ!」


「なっさけなーい。アライジャ様ってば、ほんとにそれで七聖剣なんですかぁ?」


 リオネは小ばかにしたように笑う。上司と部下というより、2人の関係は学校のクラスメイトのような感じである。


 実際、2人は17歳の同い年であり、アライジャは堅苦しい空気を嫌っていたので、今のような距離感がお互い一番しっくりくるものらしい。


「情けなくてけっこう! 命あってのモノダネなんだよ。死んだらキモチイイコトできなくなるだろが。あー、やだ。死にたくねえ。帰りたい!」


 アライジャはイスの上で両手足を子供のようにばたつかせ、だだをこねた。


「お、そうだ! すごい作戦考えたぞ! この作戦にはリオネ。お前の協力が必要不可欠だ」


 暴れていたのを急にやめると、アライジャはぽんと手を叩き、リオネに手招きする。


「な~んですかぁ?」


 アライジャはリオネが目の前まで来ると、ぐいっっと顔を引き寄せた。


「リオネ。俺とキモチイイコトしようぜ。したら俺、戦えるわ! あ、これ。上官命令な」


「アライジャ様ぁ……」


「リオネちゃん……」


 リオネはとっびきりの笑顔でアライジャに迫る。唇が触れ合あいそうくらいの微妙な位置。


 お互いの息遣いが聞こえ、アライジャはその時を待った。


「今すぐ死にます?」


 が、リオネの口から飛び出たのは死神の鎌のように冷たい一言だった。


「ごめん。僕、真面目にヤリマス」


「さすがアライジャ様ぁ。本当は真面目なジェントルマンですよねぇ」


 リオネはアライジャから離れると、イスに座って化粧を始める。


「あー、そーいえばぁ。この前、宮廷魔術師の女子達でお茶してたんですけどぉ。第四席のフェリア様って~。10代前半の可愛い女の子に見えるけど、老化防止の魔法使ってんじゃないかって、疑惑が浮上したんですよぉ。リオネもなんとなくそーじゃないかなぁって思ってたんで~。たぶんあの人、80歳くらいいってんじゃないですかねぇ」


「なにい!? あのぷりぷり新鮮なお尻が、80歳オーバーだと!?」


「第六席のサクラ様のほうが年上みたく見えるけど、実際は七聖剣最年長じゃね? てか、グロニア一番の長生きじゃね? うっそ、それババアじゃん! っていう話で盛り上がってぇ。あ、これリオネがしゃべったってナイショですよぉ? バラしたら一生許しませんから」


 きゃははっと、可愛らしく笑ったリオネの笑顔は目が笑っていなかった。


「お、おう」


「で、そこからサクラ様ってお肌つるんつるんで、肌ケアどうしてるんだろって話題になってですねえ……あの、聞いてますぅ?」


「女って怖いな……つか、あれで80歳オーバーだと……だが、それがいい!」


「はい?」


「いやいや!! んなことより、今は目の前の問題だ。例のナイトアーマーもどきの目撃報告が一週間以上ない。敵のミミナシどもの主だった武器は光の剣と銃。てことは、あれだ。あのナイトアーマーもどきを使える人間が限られているか、そもそも生産が非常に困難でごく少数しか配備されてないか。もしくは、その両方かだろ。なら、話は簡単じゃねーか。レーニッジを倒した野郎は今ここにはいねえ。あわよくばオーストラリア大陸を奪還……月の地球人女子でハーレム王国……てのは、甘い考えだったよな」


「そーですねえ。甘いですねえ」


「んで、先発部隊からの返事はどうなってるんだ?」


 リオネは化粧の手を一旦止めると、水晶に手を当てて目を閉じた。魔力を水晶に流し込み、遠方の相手と意思を疎通する魔力通信である。


「ありゃ? 応答なしですねえ。全滅かも。他にもいるんじゃないですか? ナイトアーマーもどき以外で七聖剣クラスの実力者が」


「んだよ、そりゃ。俺の部隊の中で一番ナンパと剣術できるヤツを選んだ精鋭部隊なんだぜ。それをあっさり全滅とか……あーもう、やだやだ!」


「ナンパはかんけーないと思うんですけどぉ~。どうするんです~? このままだと敵、ここまで来ちゃいますよ~。ここがデットラインなんですから、死守しなくちゃですよー。まあ、リオネは危なくなったら逃げますんであしからず」


「おいおい。副官が逃げちゃダメでしょ。いざとなったら精霊魔法で援護してよ。まあ、リオネちゃんは後方待機でいいんだけどさ。ま、しゃーない。これ以上の被害が出れば俺の査定にも響くし。ちょっくら行ってくるわ。死ぬかもしんねーけど。死んだら俺の骨拾ってね、リオネちゃん。帝都の姉貴と妹によろしく伝えてくれい」


「や~ですよ~。ばっちい」


「ばっちいとか言わないでよ……傷付くよ、俺」


 しぶしぶ、といった感じにアライジャは立ち上がると、剣を手に取り外に出ようとする。


「あ、アライジャ様、待って!」


 アライジャが振り返ると、リオネは恥ずかしそうにもじもじとうつむいき、頬を赤らめた。まるで愛の告白をする乙女のように。


「あの。アライジャ様。恥ずかしいけど……でも、勇気を出していいますね? リオネ、ずっと前から気になっていたんです」


「え? リオネちゃん……それって?」


「その、アライジャ様……」


「うん、リオネちゃん」


 リオネは耳の先まで真っ赤になると、アライジャの股間を指差した。


「ズボンのチャックが全開です……」


「うほ!?」


「あーでも、あれですかねぇ? 相手の油断を誘う? みたいな? アライジャ様の計算の内でしたら、リオネの浅慮なおつむをお許しください~」


「いや、さすが俺の副官だぜ。そこまでお見通しとはな。だが、これではっきり解った。これはただ恥ずかしいだけだ! この作戦は効果があまり見込めない。あと、勘違いするなよ!? これはわざとじゃないんだからね!」


「わ~かってますよ~。まさかまさか。七聖剣第七席ともあろうお方が、チャック全開で戦場を駆け抜けるわけありませんもんね~?」


「ぐう。そりゃそうだ! じゃあな! 行ってくるからな!」


 アライジャは慌ててズボンのチャックを閉めると、恥ずかしさを紛らわせるためさっさと出て行った。


「リオネめ……性格の悪い。どのタイミングで言うか探ってやがったな。はあ……。でもまあ、リラックスはできた。それじゃ、行きますか!」


 馬にまたがり、アライジャは戦場を目指す。やがて森に入ると、血の臭いと鉄の焼けた臭いが彼の鼻を突いた。


「まじーな。やっこさん、相当やりやがる」


 先発部隊のみならず、第二陣の部隊。それすらもあっけなく殲滅されていた。大失態である。


「アライジャ様!」


「ライオネット! お前、生きてやがったか!」


 森を進んですぐだった。先発部隊の生き残りの騎士が木の陰から姿を現し、アライジャの前に飛び出してきた。


「どーなってんだよ、こりゃ? やっこさんら、相当な数の増援を呼んだのか? だとしたらまじーな。さすがに今の戦力じゃ厳しいぞ」


 アライジャの質問に、騎士は震えながら首を横に振る。


「いえ、それが……」


「あん?」


「たった……たった1人に……先発部隊と後続の部隊が次々とやられて……私はなんとか逃げ延びたのですが……」


「んだと? どういうことだ?」


「それが、ヤツは急に――」


 騎士は最後まで言葉をつむげず、腹から血を流し崩れ落ちた。


「ライオネット? ――!?」


 アライジャは目の前に得体の知れない殺気を感じ取り、とっさに後ろへ飛んだ。その刹那、彼の真横にあった木々がなぎ倒される。


 木の切断面は何か鋭利な刃物で切られた痕があり、それが彼の部下の腹を貫いた物と同じであると知ると同時、彼の顔つきは少年から騎士のそれへと変わる。


「おいおい、姿くらい見せろよ。それともあれか? 月に20年も引きこもってたから、恥ずかしいのか?」


 返事はない。代わりに返ってきたのは風を切るような斬撃の音。


「おおっと!?」


 音だけを頼りに、アライジャはぎりぎりのタイミングで見えない攻撃を回避する。


「透明化の魔法……じゃあねえよなあ。つっても、悪いが。俺ぁその手の相手とはなんどかやりあったことがあるんだ。悪いけど、姿が見えない程度じゃ俺の命は奪えないぜ?」


「……どうやらそのようだ。光学迷彩解除」


 目の前の景色が一瞬、歪む。


「あん?」


 アライジャの目の前に現れたのは、少女の肉付きのいいお尻だった。いや、正確には黒いボディースーツに身を包んだ少女の後姿なのだが。


「おいおい。俺のウィークポイントを的確に突いてくるじゃねえかよ。これじゃ、手元が狂っちまいそうだ」


 少女はサイドテールにまとめた髪を振り回すように振り向き、右足を勢いよく振り上げた。ぴっちりと彼女の体を包むボディースーツは体のラインをストレートに見せるため、妙にエロティックである。


「俺のチャック全開より、よっぽど機能的でエロくて油断を誘いやがる。いいねえ、地球人は!」


「グロニア人は全員殺す!!」


 少女のブーツのカカト部分から鋭い刃が飛び出る。それがノコギリのように高速回転し、ソバットが繰り出された。


 アライジャはそれを難なくよけると、少女の蹴りはバターのように軽く木々を切り払う。


「おー、こえぇ。君、あれじゃない。彼氏が浮気したら蹴り殺すタイプじゃね? うちの副官と意気投合しそうだよ」


「黙れ、グロニア人! あたしの姿を見た以上は生きて返さない!」


 少女は2本のダガーを装備すると、木の幹を蹴り飛び上がりアライジャに襲い掛かる。


「うをっと!?」


 2本のダガーと両足のブレード。4つの刃がアライジャを襲う。


「やべえな。この身のこなしとエロティカルなボディラインは……ったく、燃えてくるぜ」


 アライジャは後退して距離をとると、背負っていた剣を鞘ごと地面に突き立てた。


「一応、名乗っておくぜ。俺は七聖剣第七席アライジャ・グスパー。帝国じゃ有名なバカヤロウさ。何の因果かこうやって七聖剣の末席に居座ってられるのも、俺の運と実力のたまものなわけでな。運ももちろん自信アリだが、実力のほうはもっと自信アリだ」


「七聖剣……!!」


 少女は一瞬アライジャに気圧されるが、すぐに体勢を整え、ナイトアーマー装着を阻止するために襲い掛かった。


「我が剣よ。敵を貫く刃と成り、我が身を守る盾と化せ……フランベルジュ!!」


 アライジャの剣の鞘が発光し、光の粒子となる。そして、それが彼の体にまとわり付くように吸い寄せられ、燃えるような紅蓮の鎧をかたどった。


 鎧を装着したと同時、周囲に強烈な熱気が迸る。


「きゃ!?」


 その熱気を受け、少女は思わぬカウンターをくらいのけぞった。


 アライジャは地面に突き刺さった剣を引き抜くと、構えをとる。


「さて、軽く暴れてやるか」

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