月の民
「……報告は以上です」
「うむ。期待以上の戦果だったようだな。一夜でメルボルンを陥落……オーストラリア大陸全土の奪還も時間の問題か」
セカンドアース。地球解放軍の司令室で、司令官マグナはジョウから報告を受けるとハンカチで口元をぬぐった。
「はい。プラズマ兵器はナイトアーマーに対して非常に高い有用性を示しました。ですが」
ジョウはメガネのフレームをつまむと、瞳を閉じた。
「七聖剣。レーニッジ・アーモルド。彼の鎧には効果が認められなかった、か。そして試作兵器アサルトアーマーを、現地の地球人の少年が装着して迎撃したとあるが……彼は?」
「一週間経った今も昏睡状態です。ただ、命に別状はないとのこと。元々あれは試作段階の上に、装着者に過度の負担がかかるとして改良中だったのですが……エンドウ軍曹はそれを独断で使用したようです」
「エンドウ軍曹……。ああ、情報部のアリサ・エンドウ少尉の妹さんかね。確か、姉妹そろってなかなかの美人だと聞いている。この前すれ違ったが、アリサ・エンドウ少尉はスタイルがいい。わしの目測では、上から88、60、86といったところだな、うむ」
「司令」
ジョウは目を開き、こほんと咳払いをした。
「む。すまん。ついつい話が横道にそれてしまったな、ハハ」
ジョウの鋭い視線から逃げるように、マグナは再びハンカチで口元をぬぐう。
「彼女のスリーサイズは上から89、60、86です」
「なんと!?」
ジョウの一言にマグナは一瞬驚き、ハンカチで冷や汗を拭いた。
「89とな。最近の若者はけしからん。それにしても、君は時々冗談なのか本気なのかわからんことを真顔で言うから、タチが悪いよ」
「データが少し古いようなので、具申させていただきました。部下の情報管理は私の仕事ですので。それよりも司令、エロ親父丸出しの顔で部下の前に立つのはおやめください。兵士の士気が下がります。司令は女性兵士の間で人気があるのですから」
「ほ、本当かね!?」
マグナは興奮した様子で机から身を乗り出した。よほど嬉しかったらしい。
「本当です」
ジョウはメガネのフレームをつまむと、瞳を閉じた。彼の態度はマグナと違ってあくまでクールだ。
「それで、話を戻してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。そうだな。アサルトアーマー。あれの量産化計画はどうなっている?」
「難航しているようです。量産試作一号がもうすぐ完成するとのことですが、スペックはオリジナルに遠く及びません。オリハルコンの製造に時間がかかりすぎるため、ルナメタルを呪術的強化したものを採用したようですが、果たしてそれが、七聖剣クラスの鎧に通用するものか……」
「現状、あれを装着すれば命に関わる。そんな非人道的な物を部下に使用させるなど、わしは認めたくはないが……勝てなければ意味がない」
ジョウは目を開くと、ゆっくりと天井を見上げる。
「はい。せめて1年。いや、半年あれば安全性を向上させることもできたはずです。殲滅派の横槍さえなければ」
「言うな。戦には機がある。20年という節目には意味があった。そして今、それを装着し生還した者が現れた。彼でなければできないことだ。現状、七聖剣に対抗できるのは彼しかいない」
「では、彼を我が軍に?」
マグナはニヤリと笑うと、ジョウを見た。
「現地の少年が憎きグロニアの暴挙に耐えかね、我が軍に共鳴し最新兵器を駆って敵将を打ち破った。しかも相手は七聖剣最強。いや、グロニア最強の男をだ。すばらしいストーリーだとは思わないかね? 彼は英雄だよ。非常にわかりやすい人類の希望だ。セカンドアースの住民にとっても、現地地球人にとっても彼は特別な意味を持つ。彼を我が軍の広告塔にすえれば、現地地球人の志願者の数も見込めるだろう」
「しかし、もしも彼が断った場合は?」
マグナのニヤリとした顔がゆっくりとかげりを見せ、そこから笑みが消える。
「記憶操作。洗脳。買収。脅迫。あらゆる手段を用いても構わん。勝たねばならんのだよ、我々は。キレイごとだけでやっていけるなら、20年前のような悲劇は起こらん。あの時、グロニアに対して核を使用していたらどうなっていたか……いや、よそう。過ぎてしまったことだ。今さらどうでもいい」
「はい」
「それともう1つ。例のグロニア人の少女はどうしている? アーモルド卿の妹だ。丁重に扱っておるだろうな?」
「ご心配なく。先ほど私お手製のクッキーを差し入れたところ、かけらも残さず平らげておられました。お代わりを要求するほどです」
「君、柄に合わずクッキーが焼けるのかね」
「はい」
「まあいい。それで、奴らの返事は?」
「アーモルド家にそんな娘などいない、とだけ」
「グロニアとは、かくも冷たいものか。ラナイ嬢もかわいそうに、存在自体がなかったことにされるとは。まあいい。何かの役に立つときがくるかもしれん。監視しつつ面倒はみてやれ」
「はい。ではそろそろ、時間ですので失礼します」
「ああ」
ジョウは敬礼すると、司令室のドアを開け出ていった。
「ふう。胸が痛いな。少年少女の未来はせめて明るいものにしてやりたいものだが……果たしてこれから先、どうなるか」
マグナはハンカチで口元を拭うと、イスの背もたれに体重を預けた。
*****
「……ん」
シンヤが目を覚ますと、そこは白一色の部屋だった。
「どこだ、ここ」
ベッドに寝かされている事は理解できたが、ここがどこなのか、何故ここにいるのかまったく覚えがない。
「おはよう、シンヤ」
「お前、確か……ユキノ。だっけ」
ドアが自動的に開いて、そこからユキノが入ってくる。
「アサルトアーマーを装着して生還できた人間はあなたが初めてよ。よかったわ、生きていてくれて」
ユキノはシンヤの寝ているベッドに腰を下ろすと、メイド服のポケットからりんごを取り出し、スカートの下からナイフを取り出した。
「なあ、ユキノ。オレ、ずっと気になってたんだけど。月の女の子はみんな、スカートの下に何か隠し持ってるのか?」
「何を言ってるの? 意味がわからない。りんご、切ってあげようと思ったのに」
ユキノはシンヤを無視して、りんごの皮にナイフを入れた。
「りんご!? そんな高級品、食ってもいいのか?」
「ええ。こっちじゃ普通にスーパーに出回ってるわ。グロニア人の世界にはりんごがなかったから、地球じゃほとんど見かけなかったけど」
「なあ、色々聞きたいんだけどさ。ここって、どこなの? オレ、生きてるんだよな」
「ここは、空よりも高い所よ。地球から38万キロ離れた地球人類が最初に移住した星。地球唯一の衛星……セカンドアース」
「セカンドアース……月か」
ユキノはりんごを切り終えると紙皿の上にそれを乗せ、つまようじを刺してシンヤの眼前に突き出した。
「食べなさい」
「ああ、じゃあ遠慮なく……」
りんごの甘酸っぱさを口全体で堪能しながら、シンヤは壁に埋め込まれたディスプレイを指差した。
「あれ、何?」
「仮想窓よ。セカンドアースは地下に建造されているから、外の景色を見ることができない。だから、あのディスプレイに地球の自然風景を写すの、ほら」
ユキノがリモコンを操作すると、ディスプレイは緑一色の草原を映し出した。さらにリモコンを操作すると、今度は山になり、海になり、川の風景になる。
「おお」
「チャンネルを変えればテレビも見れるわ」
「てれびって……あの、伝説のテレビか!?」
「伝説になったのかは知らないけれど、あのテレビよ。ほとんどが前時代に放映されたものの再放送だけど」
ユキノがチャンネルを変えると、ニュース速報がやっていた。さらにチャンネルを変えると、お笑い番組やワイドショー、時代劇もやっている。
「な、なんだよ。これ!! 箱の中で人が動いているぞ! これが、これがテレビなのかよ!!」
シンヤにとって、それは初めてのテレビ視聴だった。科学文明が破壊された地球では、テレビやパソコンと言ったものは地球人でさえお目にかかることはそうそうない。
「原始人にテレビ見せたらこういう反応なのかしら」
ユキノはさらりと失礼なことを口走ったが、シンヤは興奮してそれどころではない。
「な、なあ? この穴は何だ?」
「プリペイドカードのスロットよ。課金すれば、有料チャンネルが見れるけど……」
「見たい!!」
「それ、18歳未満視聴禁止なんだけど……それでも私の前で見たいって言うの、あなたは?」
ユキノがジト目でシンヤを見る。
シンヤは言葉とユキノの反応で察したのか、話題を変えることにした。
「ところで、ラナイはどうしたんだ? あいつは無事なのか?」
「ええ。軟禁状態ではあるけれど、元気よ」
「そうか……よかった」
「あなたが目覚めたことも上に報告しなくちゃいけないし……そうね、そのついでにラナイお嬢様の所へ行きましょう。でもまずは、服ね。そのままだとさすがに目立つわ」
シンヤは自分の服装を確認してみた。
ぼろぼろのシャツと破けたジーパンは、ダメージ加工と偽れる範囲ではない。
「私の代えのメイド服でよければあるけれど……着る?」
「なんでオレがメイド服着るんだよ!」
「言ってみただけよ」
ユキノはぷいっと横を向くと、そのまま出て行った。
「おい、ちょっと待てよ!」
シンヤがあわてて後を追うとユキノは外にいて、車に乗り込んだところだった。
「乗って。まずは服を買いにショッピングモールへ行きましょう。その道すがら、セカンドアースのことも説明するわ」
「ああ」
シンヤが車の後部座席に座ると、車はゆっくりと発進した。
「なあ? この車、誰が運転してるんだ?」
「全自動よ。目的地を入力するだけで、どこにでも運んでくれるわ」
「マジかよ、すげえな。セカンドアース……」
車は街の中を進んでいく。窓の外を見ると近代的な建物や公園、学校、上のほうには青空が広がっていた。
「へえ。空があるんだ」
「あれは24時間流れている立体映像。ただの天井よ。時間帯に合わせて温度と光の量が調節されているの」
「ふうん……にしても、平和なんだな、月って。地球とは大違いだよ」
「平和……そう。あなたには、そう見えるのね」
「ん?」
「街行く人を見て、何か気付かない?」
シンヤが再び窓の外を見ると、数人の少女たちが楽しそうに歩いているのを見た。視線を公園に移すと、幼い子供達が遊んでいる。今度は学校を見ると、学生たちがふざけあいながら下校している。
「いや……特には。強いて言うなら、若者であふれてるって感じか?」
「若者しかいないのよ」
「え?」
「月に移住した地球人のほとんどは、環境に適応できなくて……この20年で、多くの人が亡くなった。月で生まれた私達の世代は遺伝子操作されているから、大丈夫だけれど……でも逆に、長く生きられないの。30年生きられれば長生きしたことになる、と言われているわ」
「30歳で……長生き?」
「結局、人間は地球で生きるしかないのよ。だから、私達は地球奪還作戦を開始した。けれど、大きな障害がある。あなたがアサルトアーマーで退けたあの男、レーニッジ・アーモルド。彼をはじめとする上級騎士の鎧には、プラズマ兵器では太刀打ちできない」
「……みたいだな」
「だから。私達にはあなたが必要なの。アサルトアーマーに適合できた、あなたの力が」
シンヤの手があたたかい物に触れる。それは、ユキノの手だった。
「お願い、シンヤ。私達に力を貸して。対魔兵団に入って欲しいの」