アサルトアーマー
シンヤは右腕をレーニッジに向けると、口を開いた。
「コード:ラグナロク!」
黒い腕輪から黒い粒子があふれ出す。それがシンヤの前に集結し、近代的なフォルムの黒いバイクが現れる。バイク、といってもかなり大きな車体で、前輪部分には大砲のような物がくっ付いており、マフラーも見当たらない。
実物こそ見た事はないものの、シンヤは地球の科学文明に対する知識は大人たちから教わっており、それがおよそ伝え聞いた内容と大きく離れていて、困惑した。なにより、先ほどのユキノの話から鎧のようなものだと推測していただけに、戸惑いも大きい。
「へ、バイク? これ、乗るの?」
シンヤは一瞬思考停止した。当然のことながら彼に運転経験などないし、これでどうやって戦うのか検討もつかない。
「鉄の馬か? なるほど、そいつに騎乗して戦おうというわけだね。いいだろう、ではいくよ」
「ちょ、ちょっと待った! 装着するんじゃないのか!? ナイトアーマーを参考にしたってことは、鎧じゃないのか!? これどう見ても乗る者だろ! どこをどう間違えばバイクなんだ! おい、ユキノ!」
「問答無用!!」
シンヤはユキノに説明を求めるが、その暇を与えずにレーニッジが斬りかかってくる。
「くそ!」
シンヤはとっさにバイクに乗り込むと、無我夢中で運転した。幸いというべきか、キーを必要としないようだ。シンヤが乗車すると同時に、バイクは自動的に起動し、発車準備が整った。
「アクセルは……これか?」
自分が知る限りの知識を総動員してハンドルを握り、シンヤはゆっくりとアクセルグリップを回転させた。
「う、お!?」
景色がものすごい勢いで後方に吹き飛んでいく。
「ふ、正面から挑んでくるとは。その意気や良し。騎士として正々堂々君を――何?」
シンヤの駆るバイクは、レーニッジの横をすり抜け、あっという間に後方へ置き去りにした。
「な、何だこのバイク! おかしくないか!?」
シンヤがスピードメーターを見ると、目盛りは150を差している。
「ちょ、止まれよ!!」
ブレーキをかけると、バイクは慣性の法則を無視して急停止する。急停止による衝撃はなくすんなりとその場に停止するが、シンヤは正直心臓が飛び出しそうなくらい緊張していた。
「死ぬかと思った……こんなバカなバイク、乗れるかよ!! トップスピードはどれくらい出るんだ。それに、ヘルメットとかないのか?」
シンヤはバイクを方向転換させ、元きた道を戻ろうとした。逃げるのならば、ラナイとユキノも乗せなければ。
「まったく、初めてだよ。戦いの最中にいきなり風のような速さで逃げられるだなんて。僕もバカにされたものだ」
「な……お前、どうやって追いついたんだ」
突然目の前に白い鎧の騎士が現れ、シンヤは冷や汗をかいた。時速150キロで移動したのに、即座に追いつかれた。つまりこのレーニッジという男は、このバイクと同等かそれ以上の速さで動くことができる、ということだ。
改めてナイトアーマーの脅威を目の当たりにするが、動じているわけにもいかない。
プラズマソードでも傷を付けられなかった鎧だ。このバイクでできることは限られているが、逃げる以外の選択肢もある。
「今度こそ、覚悟をしてもらう!」
再び剣を構え、レーニッジが突っ込んでくる。
「くそ!」
ひき殺す。シンヤはそれしか攻撃手段が思いつかなかったので、アクセルグリップを思い切り握り回転させた。
「うおおおおおお!!」
「なんという速さか! だが、こちらとて」
バイクは猛スピードでレーニッジに向けて突進するが、彼はそれをすんでのところで回避する。
「逃がさんぞ、鉄の馬!」
引き損ねたものの、そのままのスピードでバイクは大地をすべるように駆けていく。シンヤとしては、あわよくばこのまま逃走を計りたかったが、ミラーで後方を確認したとき、恐ろしい物を目撃してしまった。
「うそだろ!!」
ミラーには、人間とは思えない速さで走り抜ける白銀の鎧が写っていた。そして、その白銀の鎧がジャンプしてバイクの前方に着地する。
「逃がさん。この僕からは絶対に逃げられない。覚悟をすることだな、ミミナシ!!」
「くそ!」
「もう一度、ラグナロクを叫んで! そうすれば、そいつの本当の姿と本当の力が、あなたの物になる!!」
どこからかユキノの声がした。いつの間にか元の場所に戻っていたのだろう。収容所が目と鼻の先にあって、シンヤはユキノの声のした方角を見た。
「もう一度、言えばいいんだ? わかった! もう、どうにでもなれよ! コード:ラグナロク!!」
そう叫んだ瞬間、黒い腕輪から黒い粒子があふれ出て、シンヤにまとわりつき、乗っていたバイクが形を変える。
黒い粒子は漆黒のボディスーツとなり、その上に変形したバイクのパーツが装着されていく。
「これは……まさか、ミミナシどものナイトアーマーだと!?」
バイクのボディは全身の装甲となり、前輪と後輪はサイズが少し小さくなって、それぞれのかかとに装備され、大砲は肩に移動。
そして、ロボットの頭部のようなヘルメットが粒子によってシンヤの頭に形成され、バイクは全身を覆う鎧へと変貌した。
「これが、対騎士用兵装の切り札。試作型アサルトアーマーラグナロク。お願い、死なないで……」
ユキノの祈りのような呟きを払うかのように、風が巻き起こった。
「はああああ!!」
風が巻き起こったのは、レーニッジの突撃の余波だ。剣を両手で構え、シンヤの胸を貫くように突進する。
「あぶね!」
シンヤのヘルメット内部のモニターは、戦況をこと細かく分析し、的確なナビゲートで回避をアシストする。そのおかげか、わずかな動作とぎりぎりのタイミングでレーニッジの攻撃をかわすことができた。
「何、かわした……だと!?」
回避に成功するも、シンヤは背後を見て一瞬息を呑んだ。
「かわしただと!? じゃねえよ!!」
背後の木々が縦に真っ二つだ。まるでカマイタチが発生した後のように、レーニッジの剣圧で数メートル先までキレイに道ができていた。
「あんなの当たったら死ぬだろうが! てめえ、何考えてやがるんだ!!」
「当たり前だ。こちらは殺す気でやらせてもらっている!! ビギナーズラックも一度までだぞ、黒いナイトアーマー!!」
再びレーニッジの斬撃が繰り出される。常人では目で追う事はおろか、斬られたことに気付くのは死んだ後だと思えるような、疾風の連続斬りだ。
「なに……僕の斬撃が……当たらない!?」
アサルトアーマーを装着したシンヤにとって、まるで風のようなレーニッジの攻撃も、ヘルメットの外部カメラで瞬時にスローモーションに変換され、内部モニターに描き出される。さらに、戦闘支援AIが状況に応じてどう対応すればいいのか助言し、アーマー内部の動きをアシストするため、回避は容易であった。
「こいつ……まさか、未来視かそれに近い魔法を使っているのか。それとも、禁呪とされる時魔法……いや、ありえない。ミミナシどもにそんな芸当ができるなど!」
レーニッジは攻撃の手を止め、少し後退する。
「シンヤ、プラズマキャノンを使って! そいつの火力なら、七聖剣のナイトアーマーにだって、ダメージを与えられる!」
「プラズマキャノン……これか?」
シンヤの声に反応するように、両肩の大砲が発射態勢に入る。
やがて発射準備が整うと、ヘルメットの内部モニターにREADYと表示された。
「発射だ! あいつを焼き払え!!」
「なんと!?」
シンヤのアサルトアーマーの両肩が光を放った。
「くそ、回避が間に合わん! ……障壁よ!!」
熱エネルギーのカタマリが夜のメルボルンを昼間のごとく照らし、レーニッジを瞬く間に飲み込んだ。周囲は再び夜の黒さを取り戻し、煙がたちこめる。
「やったか?」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
煙の中からひび割れた鎧の騎士が現れる。直撃こそしたようだが、魔法で防御されたせいか、完全にしとめる事はできなかったようだ。
「隙を見せるとは愚かなり、黒きナイトアーマー!!」
「あ。し、しまった!?」
発射直後の硬直した隙を突かれ、シンヤはレーニッジの剣を胸部に受ける。が、頑強な鉄の音が響いただけでシンヤの鎧にダメージは見当たらない。
「この一撃を受けて無傷!? 面白いぞ、貴様!! やはり、戦はこうでなくてはつまらぬ!」
「当然よ。月面で採掘されたルナメタル……そして、極秘裏にグロニアから入手したミスリル。その2つの金属を元に製造された合金、オリハルコンでアサルトアーマーは構成されている。さらにそのオリハルコンを魔法学で物理的、呪術的に防御。そして戦闘支援AIをはじめとした最新技術の搭載……あなたたちのナイトアーマーは、もはや時代遅れの骨董品なのよ。アサルトアーマーが量産された暁には、この戦争の勝敗は一瞬で決まる!」
ユキノの冷淡な声に、レーニッジは静かに笑った。
「フフ。ハハハハハハ!! まさに手も足も出ない、か。光の精霊の加護を受けたエクスカリバーの鎧が骨董品扱いとはな。だが、そのほうが面白い」
「面白い、って……何言ってんだ、こいつ」
レーニッジはひび割れた鎧を震わせ、高らかに笑った。
「安定した世の中は腐敗を生み、平穏に慣れきった民衆どもは堕落する。それはどこの世界でも同じだろう。この腐りきったグロニアを目覚めさせるのに、貴様らは丁度いい起爆剤になる。20年だ。この20年は、グロニアにとって平穏過ぎた! その間お前達は月で牙を磨き、爪を研いできたのだ。この結果はむしろ必然だろう。ミミナシ……いや、地球人よ。やって見せろ! 僕らからこの地球を奪い返してみせろ!」
「……どういうつもりなんだ、お前!!」
レーニッジが剣を地面に突き立てると鎧が発光し、光は剣に集まって鞘をかたどり、彼は元の姿に戻る。
「僕はいずれグロニア皇帝の娘を娶り、皇帝になる。その時になって、自分が支配する民族が惰弱では困るんだ。闘争は進化を生み出す。お前達が作り出したそのアサルトアーマーのように。そう、僕らは進化せねばならない。いずれ来るべき災厄に備えて」
「災厄?」
「だからここは素直に認めよう。僕らの負けだ。このオーストラリア大陸はお前らにくれてやる……お前。名前は?」
「シンヤだ。シンヤ・サワムラ」
「覚えておこう、シンヤ。お前とはいずれ決着を着ける」
レーニッジは背中を見せると、闇に溶けるように去っていった。
「戦闘終了、ね。シンヤ。体調に異常はない?」
「ああ。今のところ、特には……」
シンヤが装着した腕輪を外すと、アーマーは解除され、元の姿に戻った。
「そう、よかった。やはり、現地の地球人にはマナの耐性が充分にあったのね。これなら――」
ユキノの安堵した笑顔を見た瞬間、シンヤの中で言葉にできないほどの激痛が迸った。
「ぁ、ぐ」
「シンヤ?」
「……」
骨が砕けるような、内臓が焼けるような、脳が破裂するような……そんな激痛の嵐がシンヤに襲い掛かかり、ついにはシンヤの意識はそれに耐え切れず、ブレーカーが切られたようにシャットダウンした。