ナイトアーマー
「それって要するに、オレ達を助けにきてくれたんだよな?」
ユキノはシンヤの言葉に一瞬口をつぐむ。そしてやや間が合って、「ええ」と答えた。
「急ぎましょう。合流地点はすぐそこなのだけれど、思ったよりもグロニアの動きが早い。考えたくはないけれど、奴が帰ってきているのかもしれない」
「奴?」
「グロニア皇帝直属の七騎士『七聖剣』。その中でも、もっとも魔力と剣技に優れた才覚の持ち主、レーニッジ・アーモルド。このメルボルンで知らない地球人はいないでしょう?」
「レーニッジ・アーモルド……ああ。このオーストラリア大陸を統治している大貴族の長男だ」
「そのレーニッジが、妹の誕生パーティーのためメルボルンに帰郷している……もしこの情報が確かなら、作戦の大きな障害となりかねない……急ぎましょう」
「ちょっと待て! ラナイはどうするんだ? この子はどこか安全な所に避難させてやってくれよ」
「それはできない。なぜ私が彼女の屋敷で働いていたか解る? それは、この日に備えてのこと。彼女は地球とグロニアの政治の道具として、駆け引きに利用されるわ」
淡々とそう話すユキノに、シンヤは怒りを覚えた。
「それって、人質ってことか?」
「そうよ」
「こんな普通の子に何の利用価値があるっていうんだよ!」
シンヤの怒りを宿した瞳と、ユキノの無感情な冷たい瞳が交差する。
「私個人の判断ではないわ。それに、彼女は普通の貴族の子女ではない。なぜなら――」
「見つけたぞ、ミミナシ! お嬢様を返してもらう!」
ユキノの話を遮るように突如、馬にまたがった中年の騎士グレイルが瓦礫と死体を飛び越え、槍を振り回しながら2人に迫ってきた。
「あんたは、さっきの!」
「むん!!」
まるで問答無用とばかりに、グレイルはシンヤめがけて槍を繰り出す。
だが、ユキノがナイフの切っ先で器用に槍の穂先をとらえ弾き返した。鉄と鉄がこすれ合う音が路地にこだまし、火花が一瞬飛び散る。
「なんと!? 貴様、ミミナシの分際で。それも小娘などに……ワシの槍を!」
「ミミナシだろうと小娘だろうと関係ない。相手をナメきった一撃などに、私の心臓が貫けるものか。その小娘を貫けないだなんて、グロニアの騎士様も大した事はないのね」
「き、貴様ぁ……!!」
ユキノの言葉にグレイルは顔を真っ赤にすると、馬の手綱を引いて体勢を整える。
「ふ、ふはははは!! よくぞ言うた! メス猿めが! 貴様は全力でこのグレイル・アランスが地獄へ送ってくれよう!」
グレイルは馬上で不敵に笑うと、槍を地面に放り投げた。
「武器を、捨てた?」
「違う。あれを使うつもりよ」
グレイルはニヤリと気味の悪い微笑を浮かべると、馬から飛び降り、背中の剣を鞘ごと地面に突き刺した。赤い金属製の鞘は、まるで幾人もの血を吸ったように禍々しい輝きを放っている。
「我が剣よ。敵を貫く刃となり、我が身を守る盾と成れ……クレイモア!!」
グレイルの剣の鞘が発光し、光の粒子となる。そして、それが彼の体にまとわり付くように吸い寄せられ、赤いフルプレートアーマーをかたどった。
「あれが、20年前地球人類を敗北へと追いやった……」
ずっと収容所の中で大人たちに聞かされてきた昔話が蘇る。それは一撃で装甲車を砕き、身一つで小さなビルの屋上にまで飛び上がるという、破壊の化身。
異世界のレアメタル、ミスリル合金で構成されたその鎧は、銃器では一切傷を付けることができないという、鉄壁の魔物。
「ナイトアーマー……」
まるで血塗られたように赤い鎧は、見た目だけでも威圧感があった。それがガシャリガシャリと音を立て、ゆっくりと近づいてくる。
「クハハハハ!! さあ、楽しい処刑の始まりだ、ミミナシよ。恐怖せよ、絶望せよ! 許しを請うのならば聞いてやろう。もっとも、許してやるつもりなどないがなぁ!!」
グレイルは剣を両手で握りしめ、構えを取る。
「グレイル・アランス……参る!!」
距離は5メートル以上。剣を振るう間合いではないが、ユキノは即座に反応した。
「よけて!!」
「え?」
突然ユキノに体を押され、シンヤは仰向けに倒れた。その直後、鼻先を槍のような烈風が通り過ぎていく。
「クハハハハ!! いい反応だぞ、ミミナシ。すぐに死んでもらっては困る。狩を楽しめんからなぁ」
グレイルはいつのまにかシンヤの背後に移動していて、剣先をこちらに向けていた。
「なんてスピードなんだ……!」
「くる!!」
ユキノがシンヤの前に出ると、拳銃を3発連続で発射した。だが、小気味良い金属音が鳴り、銃弾は全て無様な鉛のカタマリとなって地面に落ちる。
「クハハハハ!! かゆい、かゆいわ!! このミスリル合金で構成されたナイトアーマーに、貴様らミミナシの浅知恵で作られた銃など、利くものかよ!!」
無傷、である。赤い鎧は何事もなかったように狂気的な輝きを放っていた。
「20年前もそうだったなあ。お前らミミナシは愚かにも銃でナイトアーマーに挑んできおったが、傷1つ付けられず無様に死んでいきよった。今でも覚えておるぞ。ナイトアーマーの威力を間近で見て、尻尾を巻いて逃げ出していく負け犬の姿をな!! 誰のことかわかるかぁ? そう、お前らの事だよ、ミミナシ!!」
グレイルが笑いながら猛スピードで突っ込んでくる。
ユキノの頬を嫌な汗が滑り落ちるが、彼女の表情には狼狽も焦燥もない。あるのは、余裕の笑みだった。
「20年前とは違う。私達をなめるな、グロニア騎士!」
ユキノは拳銃を放り捨てると、スカートの下に手を伸ばし、2本のコンバットナイフを取り出した。
「そのようなチャチな刃で、このクレイモアと切り結べるとでも思っているのか、小娘が! 片腹痛いわ!!」
無言のままユキノはコンバットナイフを空中に放り投げると、それをキャッチして逆手に持ちかえる。
「光刃展開……」
「むん!!」
グレイルは気合と共に渾身の一撃を放った。
ユキノの額にグレイルの剣が触れるか触れないかの刹那、まばゆい光が彼女のナイフの柄から発せられ、それが煌いた。
「バカ、な……」
グレイルの剣が真っ二つに切り裂かれ、地面に突き刺さる。同時に、彼の兜も縦からきれいに二等分される。
「バカはお前よ」
「ありえん、ありえん……ミスリル合金でできた剣が……それに、その光の刃は!?」
ユキノは2振りの光の剣を空中に放り投げると、流麗な動作で構えなおした。二刀流である。
「プラズマソード。あなたの頭では原理を理解できないでしょうけど……これが、今の地球人の力。20年前とは違う!!」
ユキノが舞うように踏み込み、プラズマソードで一閃する。
グレイルはそれをとっさにかわそうとするが、かわしきれず腹部をかすり、そこから血がにじみ出た。
「ぐ!? こんなことが、こんなことがあるものか!! 貴様らは! 貴様らは我々グロニア帝国の家畜なのだ!!」
グレイルは顔を真っ赤にして、先ほど自分で投げ捨てた槍を拾ってユキノに襲い掛かった。
「きええええええええええええええいい!」
ユキノもまた、プラズマソードを構えグレイルと間合いを詰める。
「私達は家畜でもなければミミナシでもない。地球人だ!」
プラズマソードによって光の軌跡が描かれると、グレイルは鎧ごと切り裂かれた。
「ありえん……ナイトアーマーが。グロニア帝国が、このような……魔法も扱えない下等生物どもに、敗れる、など……」
ハアハア、と荒い息を吐きながらグレイルは地面に横たわった。
「悪いけれど、あなたはここで殺す。他の騎士が駆けつけると面倒だから」
「クハハハハ!!」
グレイルは笑った。死を目前にして恐怖で狂ったのか、笑い続けた。
「何がおかしい?」
「お前達の目的はこの先の収容所だろう? おおかたこの混乱に乗じて奴隷を解放するつもりなのだろうが、そうはいかんぞぉ」
グレイルはゆっくりと指先をシンヤたちの進行方向に向けた。
その方向には、赤く燃える大きな建物があった。
「おおー、よく燃えておるなあ。あれは一体何の建物であろうなあ……クハハハハ!!」
「まさか、お前……収容所に火を!?」
「あの方がなされたのだ。クハハハ!! 薄汚いドブネズミどもは丸焼きだ! グロニア帝国に刃向かう愚か者どもには、お似合いの末路よ!!」
シンヤがグレイルの胸をつかんでゆさぶるが、グレイルは笑ったままだ。
「クハハハハ!!」
「あそこに何万人の人がいると思っているんだ! お前らは!!」
シンヤはグレイルの顔面を殴り飛ばすと、脇目も振らず全力で走り出した。
「くそ! 待ってろよ、みんな!! ユキノ、だったよな。ラナイを頼む」
シンヤに血の繋がった家族はいない。けれど、収容所には家族と呼べる人々がいた。自分を兄のように慕ってくれる年下の子供たちに、優しい大人たち。
地球人同士助け合って生きてきたのだ。辛く悲しい日々を共に支えあって生きてきた。
助けねば。それだけしか頭の中にない。
「待ちなさい! これは罠よ!!」
後ろからユキノの声が聞こえるが、シンヤは無視した。
待てるものか。一分一秒でも早くあの場所へたどりつかなければ。地上の酸素全てを吸い尽くすかのように肺へ送り込み、シンヤは駆ける。
やがて収容所にたどり着くとシンヤは絶句した。
「どうして……」
脳に酸素が行き届いていないのか、それとも自分は幻でも見ているのか……はたまた、その両方なのか。
「燃えて、いない?」
収容所はまったくの無傷であった。鎮火された様子も無く、脱走した時と何一つ変わらない。
シンヤが中の様子を確認しようと一歩踏み出した時、急に背中に衝撃が走った。
「ぐ!?」
シンヤは地面に叩き落され、背中を誰かに踏みつけられる。
「幻影の術。といってね……グロニア人なら子供でも使える初歩的な魔法だ。君たちの世界の技術でいうところのホログラムといったところかな。貴重な奴隷を簡単に殺すわけが無いだろう。それに、そのような虐殺は僕が絶対に許さない」
「誰だ、お前……!」
若い男の声がして、シンヤは立ち上がろうとするが、背中を再び踏みつけられ動くことができなかった。
「質問はこちらがする。君は黙っていろ。見たところ、君はここの収容所の所属のようだが……何故、外にいる? 月の連中の仲間なのか? だとしたら、目的は何だ?」
「知らないね。オレが教えてもらいたいくらいだよ、この状況……。それよりも、どけよ!!」
シンヤは地面を思い切り叩き付け、束縛を逃れた。
「む」
男は軽く跳躍して後退すると、マントを翻した。
男、というよりも幼さの残る顔立ちの美しい少年であった。長い金髪を後ろに結っていて、貴族らしい服装と赤いマントを身に着けている。さらには、腰には白金の鞘に収まった細身の剣を差している。
「お前は……誰だ」
シンヤの質問に少年は答えず両手を広げる。
「ミミナシ風情に名乗る名前など、持ち合わせてはいない。それよりも、質問に答えろ。せっかく幻影の術でおびきだしたんだ。成果が欲しい」
「知らないって言ってるだろう、オレだって、巻き込まれたクチなんだ」
「ならば致し方がない。力づくで聞かせてもらおうか」
「ふせて!!」
ユキノの声と同時、銃声が3度響いた。
「障壁よ!!」
少年の体に向けて放たれた3つの銃弾は、彼に触れる前に見えない壁に阻まれ、地面に落ちる。
「ち! 光刃展開!」
ユキノは即座にプラズマソードを展開し、少年に向けて跳躍した。
「女性を相手に暴力を振るうつもりはないが、降りかかる火の粉は全力で振り払わせてもらう」
少年は白金の鞘ごと剣を地面に突き立てた。
「こいつも、ナイトアーマーを!」
「我が剣よ。敵を貫く刃となり、我が身を守る盾と成れ……エクスカリバー!!」
少年の剣の鞘が発光し、光の粒子となる。そして、それが彼の体にまとわり付くように吸い寄せられ、白いフルプレートアーマーをかたどった。
細部や装飾など、先ほどグレイルが身にまとっていた物とは違う。全体的に気品があり、位の高い者が装着するに相応しい美しさがあった。
「はあ!!」
ユキノの放ったプラズマソードの一閃が、彼の鎧に直撃する。
「……なるほど。下級騎士程度の鎧ならば、即座に切られていただろうな」
「この強度、まさか!? それに、この白金の鎧……やっぱり」
ユキノは後退し、プラズマソードを構えなおす。
「情報通りだなんて……でも、ここであいつを殺すことができれば!」
少年は地面に刺さったままの剣を抜き取ると、その切っ先をユキノに向けた。
「騎士として名乗っておこう。僕の名は――」
「はあああああ!!」
少年の名乗りを待たずして、ユキノは宙を舞い、プラズマソードで斬りかかった。プラズマソードの描く光の軌跡。その行き先は、少年の急所を捉えていた。
だが、彼女の攻撃は彼に命中することなく、手痛いカウンターを食らい、ユキノは収容所の壁に叩きつけられる。
「僕の名は、七聖剣第二席レーニッジ・アーモルド。以後お見知りおきを」
レーニッジはうつぶせに倒れたままのユキノに向けて、恭しく頭を垂れた。
「ユキノ! おい、大丈夫か?」
シンヤはユキノの元に駆け寄り、体を揺さぶる。
「プラズマソードでも、傷1つ付けられなかった……。こうなったら……試作段階の、これを使うしか……でも、私では適合できなかった……」
「おい、何ぶつぶつ言ってるんだよ! 立てるなら、逃げろよ!」
「ねえ、あなた。ギャンブルは好きかしら?」
「は?」
「賭けてみない? ハイリスクハイリターンの危険な賭けに」
ユキノはスカートのポケットから黒い腕輪を取り出すと、シンヤに手渡した。
「なんだよ、これ」
「対魔兵団の試作兵器の1つ。私のプラズマソードは純粋に地球の技術だけで開発された物だけど、こいつは違う。ナイトアーマーを科学的に解明した上で、魔法学の要素も詰め込んだハイブリッド兵器。言うなれば、科学と魔法の融合。けど、装着するにはグロニア人並のマナに対する耐性と、遺伝子改良された地球人並の肉体が必要になる。私の部隊でこれを装着した人間は例外なく死んだわ。けど、このマナが溢れる地球で生まれ育ったあなたなら、あるいは……」
「悪い、オレ。ギャンブルは大嫌いなんだ」
「そう、そうよね。今から私が時間を稼ぐから、本隊との合流地点まで全力で逃げなさい。月に逃げれれば、まだマシな人生を送れるわ」
「ちげーよ」
シンヤはユキノをゆっくり地面に寝かせると、黒い腕輪を右腕に装着した。
「チップは自分自身の命……これ以上ないバカな賭けだ。死んでたまるかよ……! オレは絶対生きる。だから、これはギャンブルなんかじゃねえ!!」
「……わかったわ。コード:ラグナロク。それが、そいつを起動するボイストリガー……」
「了解だ」
シンヤはゆっくりとレーニッジの前まで歩くと、手を挙げた。
「よう。律儀に待っていてくれてありがとよ」
「別に君ら程度、すぐにでも切り伏せることはできる。けれど、興味があるのさ。君たちミミナシの科学技術に。その力と僕らの魔法があればグロニア帝国の支配は磐石なものとなる」
「そうかい」
「だから、早く見せたまえ。君の全てを」
レーニッジは剣を地面に刺し、そこに両手を乗せた。
「それじゃ、行くぜ」