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アンチマジック

「ねえ、シンヤ――」


「ラナイお嬢様!!」


 ラナイがシンヤに手を差し伸べた時、馬に乗った騎士らしき中年の男が血相を変えてやってきた。


「そこなミミナシ! お嬢様から離れろ、汚らわしいドブネズミが!」


 騎士は馬にまたがったまま、シンヤの喉元に槍を突きつけた。


「これは……まさか、この惨事は貴様が? 許さん、許さんぞ。楽に死ねると思うなよ、ミミナシ!!」


 気絶した浮浪者。腹を刺された馬車の御者。ラナイの裂けたドレス。それらを見て、騎士はすべての元凶がシンヤであると確信した。


「脱走だけでも重罪だというに……貴様らミミナシはどこまでも愚かな生き物よ。ここで処刑してくれる!」


「やっぱり……グロニア人なんて、みんなそうじゃないか……」


「グレイル、おやめなさい!」


 ラナイはシンヤの前に出ると、突きつけられた槍の穂先を握り締め、それを自分の胸元へやった。


「な、お嬢様!? 何をされているのです」


「あなたこそ、いきなり何ですか! 話を聞かずに私の恩人へ槍を向けるなど。それが騎士のすることですか! 恥を知りなさい!」


「恩人……ですと?」


「彼は、賊から私の命を守ってくれた恩人です。そこで気絶している男が馬車を襲ったのです。護衛であるあなたが所用があるからと言って、私から離れたその隙に事は起こったのです。此度の件は、グレイル。あなたの失態です」


「ぐ、う……」


 グレイルは苦い顔をすると、押し黙った。


「今回の件、お兄様には黙っておきます。あなたにも守るべき人が、家族がいるのですから」


「は……して、そのミミナシをいかがなさるおつもりで?」


「彼は客人として、お屋敷に招待します」


「は? 何ですと? 今、なんとおっしゃいましたか?」


「そうだわ、シンヤ。よければ私のお屋敷で使用人として働いてはどう? ちゃんとお給料も出すし、食事とお部屋も付けてあげる! 不自由はさせないわ」


「な?!」


「え!?」


 ラナイの言葉に、シンヤとグレイルは同時に素っ頓狂な声をあげた。


「お嬢様。お気持ちはわかりますが……しかし、そのようなご勝手は……彼はミミナシ。それも脱走者ですぞ。いくら恩人といえど、そのようなわがままは……」


「では、こうしましょう。事前に警護の奴隷として私が買い付けた、ということにしてください。脱走の件は、彼の能力を見るためのデモンストレーション。と、適当に収容所の所長にでも言っておきなさい」


「いや、しかし……警護でしたら、このグレイルめにお任せいただければ」


「グレイル。私はもう決めたのです。彼を屋敷で引き取ります。年の近い男性の使用人は屋敷にいませんでしたし、私としても同年代の友人が欲しかったのです」


「友人、ですか……」


 ラナイはゆっくりとシンヤを見た。


 そのラナイの瞳を見て、グレイルは友人以上の感情を抱いていることに気付き、歯をかみ締める。


「なあ? さっきから一体何の話なんだ? オレにはさっぱり意味がわからないんだけど……」


「シンヤ。とにかく、今日は私の屋敷で疲れを癒してください。これからのことはまた明日、じっくりとお話しましょう」


「あ、ああ。ありが、とう」


「グレイル。そこの男をお願いね。私はジョンの傷を癒して、このまま屋敷へ帰ります」


「は」


 ラナイは魔法で御者の傷を癒した。傷はそれほど深くなかったようで、すぐに出発が可能と知るとラナイはシンヤの腕をつかむ。


「さあ、行きましょう!」


 シンヤは未だ事態が飲み込めず、ただ流されるままにラナイに手を引かれ、馬車に乗った。数分後、馬車はメルボルンの海岸沿いを走り、中央広場に到着する。


「いいのか? オレなんかを屋敷に招待して」


 窓の外を見ながらシンヤはそう言った。中央広場ではお祭りでもやっているのか、えらく活気に満ちていて、グロニア人の家族連れが楽しそうにしていた。


「いいのです。うちには地球人の使用人もいるし。それに今日は私にとって、特別な日なのです。特別な日に、特別な人を招待する。何もおかしなことはないわ」


「そう、か。物好きなんだな、あんた」


 シンヤはなおも窓の外を見ながらそう言った。


「でも、オレには解せない。何故そこまでしてくれる? 確かにオレはあんたを助けたが、そんな破格の待遇を受けるほどのもんじゃないとは思う」


「欲しいと思ったから」


「ん?」


「私は、ワガママなお嬢様だから。欲しいと思った物は、必ず手に入れる主義なの。ドレスも宝石も……」


 そして、ラナイは最後のほうに小さくつぶやくように「好きになった人も」、と付け足したが花火の音に遮られ、シンヤの耳に届くことはなかった。


「なあ、今日はなんか特別な日なのか?」


 シンヤはまったく気付かぬ様子でラナイに振り返る。


「え!? あ、ええ。今日はグロニア帝国が地球に遷都して、20年だから。そのお祝いよ」


 ラナイは聞こえなかったことに安堵と落胆するが、それを隠すようにシンヤの問いに答えた。


「遷都、か」


 グロニア帝国の地球における帝都は、旧地球連邦領日本の富士山周辺地域である。これはかつて、グロニア人たちの世界における富士山の山頂に、世界樹があったためとされる。


「なあ。何でお前達グロニア人はこの世界を、オレ達の地球を侵略したんだ?」


「父や兄から聞いたことしか答えられないけれど……。世界樹が腐り、魔法を使用する際に必要とされるマナという資源が尽きかけたから、だと聞かされているわ。当時、世界樹の苗を植えて人工的にマナの生産量を増やそうとする試みがあったようだけれども、それもうまくいかなくて……そんな時に、空間転移の術で異世界へ渡る政策が打ち出されたらしいの。でも……それはあなた達にとっては、悲劇だった」


「枯渇した資源を求めて、新天地へ、か」


「でもそれは、この世界も同じようなものだと聞いているわ。化石燃料や、レアメタル……だったかしら? それらに代わる物を求めて、あなた達は星の外へ手を伸ばした。自分達の星にある物すべてを食らい尽くして」


「地球人とグロニア人は同じだってのか?」


「ううん。同じじゃない……私達は、強引に奪っていった。そこにどんな理由があろうとも、地球人を苦しめたことに変わりは無い。許されることではないわ。だから」


 ラナイはシンヤの手を強く握り、瞳を閏わせた。


「過去を乗り越えないと、いけない。そう思うの。地球人とグロニア人の共存共栄は、とても長く険しい道のりだろうけれど。私は、それでも地球の人々と一緒に未来を築きたい」


 シンヤとラナイはしばらくお互い見つめ合った。


「シンヤ……私は……」


 ラブシーンのような1コマには、甘ったるいBGMでも流せば場が盛り上がるというものだろう。だが、運命は無情にも爆音と悲鳴をBGMにセレクトしてしまう。


「何だ!?」


 シンヤが窓の外を見ると、もくもくと黒煙が立ち上り建物が破壊されていた。


 祭りを楽しんでいたグロニア人達は、突然の出来事に驚き、我先にと蜘蛛の子を散らすように街中を逃げ惑う。


 異変を察知したラナイは馬車を止めるように御者に命令すると、突然外へ飛び出した。


「一体、何が起こっているというの?」


 シンヤもまた馬車から飛び出し、夜空を見上げる。


「あれは……ミサイル?」


 空から降ってくる鉄のカタマリ。それは、科学により生み出された破壊兵器。つまりは、地球人の攻撃だ。


「逃げろ、ラナイ!!」


「え?」


 急いでラナイの腕を掴むと、シンヤは馬車の陰に避難した。隠れると同時、爆風が脇をかすめていく。焼け焦げた嫌な臭いが鼻をつき、悲鳴の大合唱が死の旋律を奏でる。不幸中の幸いか、着弾地点からかなり離れており、二人は無事だ。


「何が始まるんだよ、一体」


 シンヤの目の前に広がっていたのは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。それは、数秒前までグロニア人だった物。生を奪われ、物と成り下がった死体の数々が瓦礫にまみれ、散乱していた。


「ねえ、シンヤ。何、この臭い。それに、今の悲鳴。何が起こったの?」


「見るな!」


 馬車の陰から顔をのぞかせたラナイは、それが何か理解するのに数秒を要し、やがて事態を飲み込むと絶叫した。


「いやああああああああああああああああああ!!」


「お嬢様、ご無事ですか!?」


 瓦礫だらけになったメルボルンの街中を、メイド服の少女が駆けてきた。


「地球人、なのか?」


 少女の耳はシンヤ同様、長くはない。セミロングの黒髪をなびかせ、スカートのまま勢いよく障害物を乗り越えてラナイの体を抱き起こす。


「しっかりしてください、お嬢様! ユキノです。ユキノ・エンドウがお迎えにあがりました!」


 ユキノがラナイの頬をぺちぺちと叩くが、ラナイはよほどショックだったのか、気絶してしまい目覚める気配がない。


「おい、あんた。こいつの知り合いか?」


 ユキノは傍らにいたシンヤに気が付くと、ゆっくりとラナイを地面に下ろした。


「あなた……地球人なの? 何故こんな所に」


「ああ、シンヤ・サワムラだ。このお嬢さんの命の恩人らしい。これから屋敷でご馳走のフルコース、だと思ってたんだけどな。この有様だ」


「そう。シンヤ。あなたが地球人でよかったわ」


「え?」


「もしあなたがグロニア人ならば、ここで殺していただろうから」


 ユキノはスカートのポケットから拳銃を取り出し、銃口をシンヤに向けた。


「銃!? 何でそんな物騒な物をメイドのあんたが持ってるんだ」


「話は後。とにかく今は、安全な場所へ避難するわよ。シンヤ、だったわね。お嬢様をお願い。私が先導するから付いて来て!」


「あ、おい!」


 ユキノは拳銃を構え、瓦礫の中を駆けていった。


「くそ、一体何なんだよ、あの女!」


 目まぐるしく変わっていく事態に流されながらも、シンヤはラナイを背中におぶるとユキノの後を追った。


「なあ、どこまで行くんだよ! これからここで、何が起こるっていうんだ!?」


「地球人の反撃が始まる。地球奪還作戦。この爆撃はファーストフェイズ。じきに地球軍の精鋭部隊、対魔兵団(アンチマジック)が衛星軌道上から降下してくる」


 ユキノはメイド服のスカートを翻し、風のように瓦礫を飛び越え炎の中を駆けていく。だが、急に減速し立ち止まった。


「そこのミミナシ、止まれ!!」


 この爆発騒ぎの調査に出向いてきたのであろう、レザーアーマーを装備した2人の若い兵士が槍を構え、通すまいと立ちふさがる。


「ち。衛兵に見つかった。離れてて、奴らを排除する!」


 ユキノは駆ける。レンガ造りの建物の壁を蹴り付け、三次元的な動きで2人の兵士の背後に回ると、スカートの下からコンバットナイフを取り出し、兵士の動脈を切り裂いた。


「が!? あ、ぁああああ」


 鮮血が飛び散る中、ユキノはメイド服のスカート翻し、片手で拳銃を構え発射する。


「ショーン! 貴様よく……も!?」


 もう1人の兵士がユキノに槍を向けた瞬間、彼は眉間を銃弾で撃ち抜かれていた。兵士は苦悶の表情のまま、地面に崩れ落ちる。


「すげえ……」


「たいしたことないわ。こいつら、ただの兵士だし。それに、魔法を使われる前に一気に距離を詰めたから。対騎士戦闘ともなれば、こうはいかない。通常装備では話にならないもの」


 ユキノはナイフに付いた血を払うと、スカートの下の鞘に戻した。


「あんた、一体何なんだよ。ラナイの屋敷の使用人じゃないのか?」


「私は地球解放軍対魔兵団(アンチマジック)所属、ユキノ・エンドウ軍曹。密偵として、一年程前からこのメルボルンで内情を探りながら、ラナイお嬢様の屋敷に勤めていた」


「地球、解放軍」


「20年前のこの日、地球はグロニアに奪われた。けれど20年後のこの日が、グロニアから地球を奪い返す反撃の日になる。地球奪還作戦が、始まったの」

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