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鳥かごの中身

 指令所で司令官に着任の報告を終えたシンヤは、しばらくメルボルンをふらつくことにした。オーストラリアを地球人が襲撃して、二週間以上が過ぎている。爆撃はメルボルンの中心街をメインに行われたものの、やはりまだ片付けきれていない瓦礫があちらこちらに転がっており、戦いの爪痕を深く残していた。


 だが、そこに生きる人々の目はいきいきと輝いており、セカンドアースの軍人による統治の下、20年ぶりに地球人が地球の大地を自由に踏みしめていた。グロニア人の奴隷としてではなく、地球に生きる1人の人間として。そう、彼らは自由なのだ。


「あれ? あいつは……」


 街角を歩いていると、見覚えのある顔を見つけシンヤは足を止めた。白い入院着を着た10代前半の少女である。彼女は頭に巻かれた包帯を右手でさすりながら、うつろな瞳で歩いていた。


「アオイじゃないか! よかった、無事だったんだな!」


 以前同じ収容所にいた年下の少女、アオイ。体の弱い大人しい子で、シンヤのことをお兄ちゃんと呼んで慕っていた。それがこんな所で再開できるとは思いもできず、シンヤは嬉しさのあまり駆け寄った。


「アオイ!」


「え?」


 アオイは不意を突かれたように驚くと、すぐにシンヤから逃げようとする。


「お、おい! オレだよ、ほら。シンヤだ。シンヤ・サワムラ!」


「シンヤ……?」


「そう。よく一緒に飯食ったじゃないか。お前、弟のソウタはどうしたんだよ。いつも仲良し姉弟で一緒だったろ?」


「弟……そうか、私には弟がいるのか……」


 アオイはうなだれると、地面を見てぽつりとそうつぶやいた。


「お前……覚えてないのか? その頭の包帯、もしかして記憶が?」


「うん。私、この前のミ……地球軍の攻撃で頭にケガして。それで、その前の記憶が無いんだ。私の名前、アオイっていうの?」


「ああ。お前はアオイ・タブチ。年は13歳だよ。2つ下の弟がいて、すごい泣き虫な奴だった」


 シンヤは小さい子供たちに兄のように慕われていた。その中でも特に仲が良かった姉弟の姉で、シンヤが脱走する一月前に弟と一緒に別の場所へ移されていた。


「私は、アオイ・タブチ……」


「思い出したか?」


「ううん。でも、シンヤのおかげでぼんやりとだけど思い出せそうだよ。ありがとう」


 アオイは笑顔を見せると、手に持っていた鳥かごに目をやった。


「ん? お前何でそんなもん持ち歩いてるんだ」


 鳥かごの中には鳩が入っている。アオイは別段鳩が好きなわけではなかった。いや、好きであっても、それはありえないことだった。


「あ、これは……なんでもないの! 気にしないで!」


「え? あ、ああ。けれど、お前今までどうしてたんだよ。弟はどこ行ったんだ?」


「目が覚めたら、病院のベッドの上だった。だから、何も解らなくて。私はどうしてここにいるのか、一体誰なのか……何も解らないの」


 アオイは頭に巻かれた包帯をさすると、不安から逃れるよう鳥かごを両手で抱きしめる。


「そっか、ごめんな。オレ今、地球軍で働いてるからさ。お前の弟探すの手伝ってやるよ。軍の人に聞けばすぐにわかるぜ、きっと」


「え? シンヤは地球軍の人なの? どこの所属なの?」


 アオイはシンヤが軍の所属であることを知ると、急に積極的な態度を見せた。まるでさっきまでの落胆ぶりが嘘であるかのように。


「一応機密保持だかなんだかで口止めされてんだけど。まあ、お前ならしゃべってもいいか。いいか、絶対に誰にも言うなよ? こう見えてオレ、すごいんだぜ。対七聖剣なんとか部隊……えーっと、そうそう。『ソードブレイカー』だっけかな。今はそこの一員なんだ」


「ソードブレイカー……。ねえ、シンヤ。私、シンヤの働いているところにいきたい」


「え?」


「今から……ダメかな?」


 シンヤはこの年頃の少女が軍に関心があるとは思わなかったので、アオイの食いつきように少し面食らっていた。しかし、記憶を失っているのだ。もうシンヤの記憶の中の彼女とは違うのかもしれない。なにより、たった1人の弟の手がかりを必死にさがしていると思えば、彼女の行動も納得できるものがあった。


「まあ、いいけど」


 シンヤはアオイを連れて、指令所に戻ることにした。隣を歩くアオイは、シンヤの知るアオイとは何かが違う。言葉にできない違和感があって、何か話しかけ辛い雰囲気があった。


「少し会わないうちにお前変わったな。なんていうか、前はもっと子供っぽかったのに」


「そう?」


 背も髪も、少し伸びた気がする。たった2ヵ月程度の時間で少女は少し大人に成長した。小さな子供だと思っていたアオイが女らしくなった。シンヤは違和感の正体はそれなんだろうと1人納得し、2人メルボルンの街を歩く。


「グロニア帝国から、オレ達はこのオーストラリアを取り戻せた。このまま一気にアフリカもヨーロッパも取り戻して見せるさ。そうなればきっと、オレ達の生活もよくなる」


「……」


 アオイは返事をせず、ぴたりと立ち止まった。彼女の視線の先には検問が設置されている。それもただの検問ではない。魔法を無力化するEX兵器、『マナイーター』にも応用されているマナに反応するナノマシンの霧が発生するゲートをくぐらなければならない。


「検問だな。知ってるか? あのゲートを通ったら、グロニア人かどうかわかるんだってよ。オレの聞いた話だと、長い耳を無理やり整形で短くして、地球人になりすますグロニア人がいるってんだぜ。奴らが散々バカにしてるミミナシに変装なんてしやがるんだ、笑える話だろ?」


「そう……ねえ、シンヤ。他に道はないの?」


「え。どうしたんだよ、急に」


 アオイは体をシンヤに押し付けると、呼吸も荒く地面に膝を付いた。


「私、ちょっと体の調子が悪いみたい。その、おトイレに……」


「え!? ちょっと待ってろ。聞いてくるから」


 シンヤは顔色の悪くなったアオイを連れて、検問の指揮を執っている軍人に近づいた。


「あの。ちょっといいですか? この子、具合が悪いみたいで。検問、なんとかならないですかね?」


 軍人は怖い顔のまま仁王立ちして、職務を忠実にこなすためシッシと手を振る。


「悪いが規則だ。特別扱いはできない。引き返してもらうか……いや、ちょっと待て! 君、シンヤ・サワムラか? なんだ、それならそう言ってくれよ。英雄に言われたんじゃ、仕方がない。行っていいよ」


 だが軍人はシンヤの顔を見るなり、態度が180度変わった。

 

「え、いいんすか?」


「ああ。我らが英雄、シンヤ・サワムラだ。その身内となればまず心配ないしな。上にも言われてるんだ、シンヤ・サワムラとその身内は無条件で通せって。俺が言うべきじゃないが、ちょっと甘いとは思うがね。まあ、そんなわけで行ってくれてかまわんよ」


「ありがとうございます、ほら行こう、アオイ」


「うん」


 シンヤとアオイは、検問を顔パスしてメルボルン中心街に入った。 そして少し歩くと、アオイは立ち止まる。


「ねえ、シンヤ。私、ここでいいよ」


「え? 1人で大丈夫か?」


「うん。1人でっていうか……付いてくる気? 女子トイレまで」


「いや! そうじゃないよ。ただそれなら、その鳥かごオレが預かっておくよ」


「これは大事な物だから……それじゃ」


 アオイは人混みの中に急いで消えていった。


「あいつ……鳩アレルギーのはずなのに、何であんな物を……」


「よう、シンヤちゃん。相変わらず素敵なマヌケ面ですこと」


 聞き覚えのある嫌味な声に、シンヤはうんざりしながら振り返った。


「ガイアス、なんだよ」


「なんだよ、じゃねえのよ。少しは親睦を深めるために飲みに誘ってやろうと思ってよ。お前のおごりで」


 ガイアスはニタニタと笑いながら、シンヤの肩を抱いた。


「何でオレがお前におごらないといけないんだ!」


「ま、オレ様もお前におごられるのは吐き気がするから、パスなんだけど~。ああ、そうそう。それより連絡事項と渡す物、ほれ」


 ガイアスは拳銃を取り出すと、それをシンヤの胸ポケットに無理やりねじこんだ。


「一応、ペアだしな。オレ様の銃を貸してやる。そんでそいつでグロニア人を見つけ次第、ぶっころでよろ」


「街中にいるスパイのあぶり出しってやつか。でも、そんな怪しい奴なんて見かけなかったぞ。耳を整形した奴とか、帽子かぶって変装してる奴とか。検問のゲートだってあるし、まず大丈夫だろ」


「ひゃはははは! 何ソレ、ギャグ? シンヤちゃんおっもしろーい」


 ガイアスは小ばかにしたように笑うと、両手をポケットに入れて地面につばをはいた。そして素早い動きでシンヤの胸倉をつかむと、幼児言葉で挑発する。


「お前はアホでちゅね~。脳みそは八丁味噌でちゅか~? それとも仙台味噌でもつまってまちゅかー?」


「ああ!? バカにするなよ!」


「奴らは憑依術で地球人の体を乗っ取って潜入してくんだよ、ボケ。けどなあ、憑依してもその本人の記憶を読めるわけじゃねーんだ。だいたいが記憶喪失を演じて軍関係者に近寄ってくる」


「え」


「記憶喪失の知り合いがお前に接触したら、迷わずドたまをぶち抜け。もうそいつはお前の知ってる人間じゃない。グロニア人に体を乗っ取られてんだ」


 シンヤの背中にじんわりと汗がにじんでいった。まさか、と思ってアオイが消えた方角を見たが、すでにそこに彼女の姿はなかった。


「いや、偶然……偶然だろ。記憶喪失になって、オレの前に現れたのも」


「んー? なになにもしかして心当たりあり?」


「違う! アオイは、アオイはオレの知ってるアオイとそう変わらなかった……何かの、間違いだ!」


「あっそ。じゃ、トドメさしちゃおーかなー」


「まだ何かあるのかよ!?」


 ガイアスはコホンと咳払いすると、シンヤにそっと耳打ちした。


「シャデル・バウアー部隊のグロニア人は、憑依した人間に必ずある物を持たせる。憑依した人間がもし追い詰められた時、自爆と同時に別の物に魂を一時保存して、離脱するためのもんだ」


「それは、何だよ!?」


「鳩だよ、鳩ぽっぽ」

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