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敵の敵は敵

 アライジャは店を出ると、それとなく周囲の気配を探った。巧妙に人混みへ紛れ物陰に隠れてはいるが、少なくとも周辺に5人。研ぎ澄まされた刃物のような殺気を放っている。むき出しの殺気は素人だからか、それとも、いつでもお前を殺せるぞという自信の裏返しなのか。あるいはその両方か。だがアライジャは、5人の位置取りや身の隠し方から、前者であるとすぐに確信を得た。


「はあ……もうちょっといい仕事しろよ。リオネちゃん。解るか?」


「え?」


「連中。白魔法の扱いは一流みてえだが、ナマの戦いは素人みてえだな。もうちょっとつつましく殺気を消せないもんかね。殺る気まんまんじゃねーか。ま、こっちはそれでもかまわねーけど」


「シャデルの部下……でしょうか?」


「だろうな。少なくとも、俺のファンじゃなさげだ。殺したいほど愛されてるって自覚はあるけどな」


 おそらくはシャデルの指揮する暗殺部隊であろう。だがそのお粗末な身の隠し方に、アライジャは苦笑した。そもそもが本来、憑依術を使った暗殺において身を隠したり気配を殺すなどといった真似は不要なのだ。暗殺対象の近親者にさえ乗り移れれば、あとはナイフで心臓を突けばいい。それだけで片が付く。故にこういった直接的な戦闘に、本来彼らの部隊は適していないのだが、事を内密に進めたいというシャデルの思惑からか直接戦闘に駆り出されてしまった。というのが実情であろう。アライジャは考えをまとめると、リオネを少しさがらせた。


「いいか、リオネちゃん? 俺にはイフリートの加護がある。白魔法を無効化できるが、リオネちゃんが無防備だ。人混みに紛れながら皇城に迎いな。万一もしお前が憑依術で体を乗っ取られたときは……」


 この場合、数は問題ではない。一番の問題点は、リオネが乗っ取られた場合のことだ。高い魔力さえあれば憑依に打ち勝つことも可能だろうが、シャデルの部下たちは帝国でも指折りの白魔法の使い手である。リオネも宮廷魔術師という天才の部類に入るのだが、万が一を考えると楽観視はできない。だからこそ、その万が一の覚悟を決めておく必要があった。


「その時は……リオネごと斬ってください。リオネだって、もしものときの覚悟はできていますから」


 アライジャは前を見たまま、リオネの言葉にうなずいた。


「すまねえ」


「アライジャさまはどうするんです?」


「俺はなんとか姉貴と妹を助けてみせる。それが終わったらシャデルの始末だ。このままあいつを放置しておくのは危険だからな。いいか? まず俺が見張りの1人を殺す。注意が一斉にこちらへ向いたとき、一気にメインストレートまで走り抜けろ。そんでそのまま人混みに紛れ込んで皇城まで一直線だ。……達者でな。リオネちゃんが副官で楽しかったぜ」


「はい。リオネもです」


 これが今生の別れになるかもしれない。口にこそ出さなかったが、そういった空気が2人の間に漂っていた。


「皇城に入ったら、六席のサクラ姉さんを頼れ。姉さんなら、話を聞いてくれる。他はアテにすんな。もしかしたら……シャデルの行動そのものも、レーニッジの予定に織り込み済みなのかもしれねえからな」


 有り得ることであった。帝国の膿とはいえ、大貴族のお偉方を一斉に排除したのだ。一般帝国民には腫瘍を切除し、正常な帝政が期待されるところだが、利権や既得権益に群がっていた貴族連中の中には、レーニッジを快く思わない者も少なからず存在する。だからこそ、シャデルは行動を起こしたのだ。レーニッジの闇をあぶり出し、逆賊として討つ。そして、大貴族連中を味方に付け、自分がレーニッジにすげ替わる。


 そして、この事態をレーニッジが予想できないわけがない。何らかの策を講じているはず。もしかしたら、シャデルがアライジャに接触することも予見していて、アライジャがそれを黙って見過ごすことがないことも。だがそこまで考えてみて、さすがにそこまではあり得ないと思い直し、アライジャは覚悟を決めた。


「行くぜ。リオネちゃん」


「アライジャさま、ご武運を」


「ああ」


 周囲に人気がないのを確認すると、アライジャは地面にフランベルジュを突き刺した。そして、呪文を口にする。


「我が剣よ。敵を貫く刃と成り、我が身を守る盾と化せ……フランベルジュ!!」


 フランベルジュの鎧を纏うと、アライジャはすぐさま屋根の上に跳躍し、隠れていたシャデルの部下を発見する。


「よう。俺のファンかい? んなとこでコソコソしてんなよ、サインくらいいくらでもくれてやるのにさ」


「な、なに!? 貴様、我々に歯向かうとどうなるかわかっているのか!」


「わからねえな。なんせ俺ぁ、帝国じゃ有名なバカヤロウだからよ。俺は自分の信じるモノの為なら、例え同胞でも斬る」


「ふ。例え私を殺しても、すぐに残りの4人がこの事態をシャデル様に報告して――」


 アライジャは烈火の如き剣筋で部下の1人を真っ2つにした。微動だにすることも許されない、迷いのない剣筋だった。


「うるせーよ、外道ども。10秒ありゃ充分なんだよ。他人のふんどしで戦うことしか知らないお前らに、俺の怒りの炎は消せねえ」


 1人を殺したことで、残りの4人が一斉に離脱しようとするのをアライジャは感知する。だが、相手はナイトアーマーを使わない生身。多方向へ散ろうとも、すぐに始末できる。アライジャは次の目標を定めると大地を蹴り、飛んだ。


「うを!?」


「可愛い女子と敵は逃がせねえ主義なんでな、俺は」


 1人。


「や、やめろ!! やめて! 俺には病気の母親が!」


 また1人。


「こ、こんな一瞬で3人も!? う、ぁああああああああああああ!!」


 そして1人。


「嫌だ! 死にたくない! こうなったらお前の体をもら――う!?」


 さらに1人。


 アライジャは容赦なく、残りの4人を瞬く間に斬った。要した時間はきっちりと10秒。ナイトアーマーを纏う正規の騎士ならば勝手は違っただろうが、独特の指揮系統で動く特殊部隊に、ナイトアーマーを所持する権利は認められていない。


「さて、こっからだな。待っていろよ、シャデル。てめえの思い通りにはいかねえ。誰もこれ以上の混乱を望んでねーんだ」


 アライジャは、グラングロニアの夜を駆けた。



 *****



「くっせえな……それプラス、体がどうにも落ち着かねえ」


 オーストラリアに無事到着すると、シャトルから外に出て開口一番文句を口にしたのはガイアス・キャンベルであった。


「我慢してください、ガイアス少尉。私も地球は初めてですが、緑の匂いはなんだか落ち着きます。それに、空気もおいしいですし」


 ガイアスについでシャトルから出たアリサが深呼吸をすると、そう言った。


「まがいもんの空気に重力。やっぱモノホンは勝手が違うわな……20年ぶり、か」


 シャトルの発着場を歩きながら、ガイアスは大きなあくびをする。


「んで? 和平会談の場所ってのは結局どこなんだよ」


「オーストラリア大陸ニューサウスウェールズ州……シドニーです」


 ガイアスの後を追いながら、アリサはタブレット端末を操作する。


「わざわざこっちの懐に飛び込んでくるってのかい。アホだねぇ」


「自信の表れなのでしょう。もしくは、シドニーになんらかの地理的要因があると見るべきかもしれません」


「まいーや、グロニア人殺せるなら。何人ぶっ殺せるかなー。ふ、くはははは!!」


 ガイアスはホルスターから拳銃を抜き取ると、安全装置を解除した。


「今回あなた『達』に課せられた任務はシドニー周辺のクリーニング及び、このメルボルンに潜んでいるであろう、スパイのあぶり出しです。決して殺さないように」


「……どうして、オレがこんな奴と!」


 アリサはガイアスを一瞥した後、最後にシャトルから降りてきたシンヤに視線を移した。


「今回の任務はこのオーストラリア大陸が舞台になるわ。地球環境に一番慣れているのはシンヤくん。それに、5歳まで地球で過ごしたガイアス少尉が適任だと副指令が判断されたの。残りのメンバーは情報収集に当たるから、今回の任務は二人一組のツーマンセルで行ってもらいます」 


「へいへーい。でも俺様ってば不器用だからさあ。ついつい手元が狂ってフレンドリーファイアしちゃうかも。そーなったら、サーセン」


 ガイアスは銃口をシンヤに向けて、「ばーん」。と言った。


「てめえ!!」


「あなたの射撃の腕は地球軍随一だと伺っています。百発百中のスナイパーだと。撃ち抜くのは、敵の頭部だけにしてくださいね」


 つかみかかろうとしたシンヤをアリサが手で制す。


「そうよー。銃には自信あるけど、下半身の銃も自信あるのよーアリサちゃーん。どう今夜。俺様に撃たれてみない? 俺様アリサちゃんのおっぱい見てると、股間のギガマグナムが暴発しちゃいそ」


「けっこうです。私、結婚初夜までキレイなままでいたいので。どうぞ暴発する前に1人で処理してください」


「あそう。つまんねー女。しっし!」


 ガイアスは銃をしまうと、アリサを手で追い払った。


「こいつ、何なんだ……股間のギガマグナムって……。あ、そうか! ガイアス! あんたもディハルトさんみたいにサイバなんとかで体に武器を仕込んでるんだな!?」


「おいおい、このがきんちょは天然なのかよー。あのサリアって嬢ちゃんといい、お前ら……面白すぎ!!」


 アリサは深く、深くため息を吐くと先に発着場を出た。


「少尉。今日は現地の指令所に出頭していだければ、あとは自由時間です。それまではできる限り、アホな発言は控えてくださいね。シンヤくんも、バカなことしないように見張ってて」


「はい」


 ため息交じりにこの後のスケジュールを端末で確認すると、アリサは腕を組んでそうくぎを刺した。


「了解であります、おっぱい殿」


 アリサが腕を組んだのを見て、彼女の胸が波打つ。それを見たガイアスはにやけながら敬礼した。


「そんじゃ失礼ー」


「どこへ行くんですか!」


「歩いていくよー。このあたりの地図ならもう頭に入ってんの。俺様あたまいい子だから。ママンもよく頭をなでてくれたんだ」


「もう! 勝手に行動しないでください!! シンヤくん。ガイアスを追って!」


「ええ!? なんか、嫌だな。あいつと自由行動なんて」


 シンヤはどんどんと遠ざかっていくガイアスの背中を追って走り出した。


「へー。ここがメルボルンねえ。ママンと過ごしたパリと比べると、たいしたことないねえ」


「ガイアス! 勝手な行動はやめろ!」


 メルボルンの街並みにしばし視線を奪われていたガイアスに追いつき、シンヤは動きを止めた。


「んー? なんだよお前。俺様とデートでもしたいのか? 勘弁しておくれよ。そっちの趣味はないんだぜ? なんせ俺様は、ママン一筋だからなあ」


「オレはあんたを信用なんてしてない。もし変な動きをするのなら……」


「するのなら?」


「許さない」


 シンヤは黒い腕輪。ラグナロクを装着し構えを取った。


「ふーん? こんな風に?」


 それに対しガイアスは一瞬で銃を抜き、使用されなくなっていた魔力灯を撃ち抜く。50メートル以上離れた距離の対象物を、拳銃一発で命中させた。実力の誇示と威嚇。


 ガイアスは砕け散った魔力灯を見て満足したのか、ニヤけながらシンヤの肩を叩く。


「勘違いんすんなよボウヤ。お前は敵だ。グロニアのサルどもと和解したいだなんていうお花畑な脳みそは、セルヴェル・ド・ヴォーにもなりゃしねえ。ソテーにしてゴミ箱へぽいなんだよ! それともボウヤ。ここでこの前の続き……やるか?」


 銃をしまい、ガイアスは左手にフィンブルをセットした。


「この前のオレとは違う。今度は最初から圧倒する。オレはもう……あんたに負けない」


「ふーん?」


「……」


 しばしお互い睨み合ったあと、ガイアスはどっと噴出した。


「あっはははははは!! マジになっちゃてえー。冗談だよ。スルースキル身に付けろよー。そんなんじゃ、グロニア人と戦う前にストレスで胃に穴空くぜー?」


「お前……!」


「ま。敵なの事実だが、今は違う。互いが利用できるいい関係だ。ほれ、よく少年漫画であるでしょーがよ。かつての敵が仲間になって、新しい敵に挑むって胸アツな展開。今はそれでよしとしようや。なあ、シンヤちゃん」


 ガイアスは笑いながらメルボルンの街中を歩きだした。

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