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革命の日

 旧地球連邦領日本富士山周辺。


 現グロニア帝国領帝都グラングロニア。


 世界樹ユグドラシルの恩恵を受け繁栄したかつての異世界。その栄華を取り戻すべく、グロニア人によって富士山麓に築かれた魔導城塞都市が、グラングロニアである。


 中世ヨーロッパの街並みを思わせる風景に、ファンタジー世界から飛び出してきたような巨大な樹……ネオユグドラシルが皇城のすぐ後ろにそびえ立っている。


 その皇城のテラスで、10歳前後の少女がドレス姿で剣を片手に素振りをしていた。長い金髪ツインテールを揺らしながら、自分の身長と同程度ある剣を自在に振り回す姿は、なかなか様にはなっている。彼女の幼いながらも気品ある顔立ちは、相当な身分の娘であることを誰もが想起するであろう。


「皇女殿下。またそのような遊びをなさっておいでですか」


「レーニッジか。無礼な、これは遊びではない」


 そのテラスに金髪の美少年、レーニッジ・アーモルドが現れると少女の剣を見て、わざとらしいため息を吐いた。


「僕にとっては遊びですよ、皇女殿下。あなたには剣ではなく、お人形で遊んでいただいたほうが僕としても気が楽だ。未来の妻に傷でも付いてしまわないかと、気が気ではない」


「わらわは七聖剣第一席、アリーシア・レダ・グロニアだ!」


 アリーシアは問答無用とばかりにレーニッジへ斬りかかった。


「ええ、存じておりますとも。あなたはしょせん、お飾りの第一席だ」


 レーニッジはアリーシアの剣を人差し指と中指でつまみ、涼しい顔でそう言い放つ。


「黙れ! わらわは死んだ兄上たちの代わりに、父上をお守りするのだ!」


 七聖剣第一席。それは代々グロニア皇族直系の男子、つまり次期皇帝が務める席次である。しかし、第三皇位後継者であるアリーシアの兄2人は地球に来てすぐ病でこの世を去っており、彼女は幼いながらにも剣を握ることとなってしまった。本当ならばレーニッジの言うとおり、剣などではなく同年代の貴族の娘らと少女らしい遊びやおしゃべりがしたいとはアリーシアも思ってはいた。だが、皇女としてこの世に生を受けた以上、自分が唯一の皇位継承者である以上、それは許されない。


「この身が女でさえなければ、お前なんぞの妻になるものか! そうだ。わらわは兄上のように、男に生まれたかった」


 そして、アリーシアの人生はすでに決まっている。レーニッジを夫に迎え、彼の子を腹に宿し母となり、死ぬまで夫と子に尽くす。皇女としての人生はすでに産まれたときから死ぬまでスケジューリングされている。彼女に自由はないのだ。


 それでも、彼女は自分が産まれた国と父を愛していた。皇女という身分にも誇りを持っていた。だからこそ、レーニッジの小ばかにした態度が許せないのだ。


「ご立派な心がけです、皇女殿下。しかしそれは、あなたには荷が重過ぎる。その程度の覚悟と力では何も守れはしない」


「な、何をする! 貴様!」


 レーニッジはアリーシアから剣を取り上げると、優しく抱きしめた。


「アリーシア。お前の人生は今日をもって大きく変わる。お前はただ、僕の側で見ているだけでいい。古い慣習も、老いたこの国も、僕が作り変える。縛られたお前の人生も、僕が解き放ってやる」


「レーニッジ。そなた……何を、言っている?」


「もうすぐわかる。許せよ、アリーシア」


「あ!?」


 レーニッジはアリーシアの首に衝撃を与え気を失わせると、城内に戻り彼女の部屋のベッドに優しく寝かせ額にキスをした。


「レーニッジ。それではお姫様がお目覚めになってしまうのではないかの? 大昔から姫は王子のキスで目覚めると相場が決まっておるというに」


 ドアを乱暴に開け、アリーシアより少し年上くらいの少女が顔を出した。


「フェリアか。早いね」


 13、4歳のローブ姿の少女がキセルを片手に怪しい笑みを浮かべていた。グロニア七聖剣第四席フェリアである。


「わしの管轄はシャンハイじゃからな。皇帝からの召集とあらば急ぎ戻るしかあるまいて。それにしても、第一席殿は幸せそうな寝顔だの。その娘、本心ではお主のことを好いておるぞ。わしの乙女の勘がそう告げておる」


「さっき剣で斬られそうになったのにかい? だとしたら、わが妃は随分な照れ屋さんなんだね」


 レーニッジはアリーシアの頬を優しくなでると、部屋を出た。


「他の七聖剣も着々と帝都入りしておる。第七席アライジャはまだ船の上じゃがの。しかし……今さらじゃが、本当にやる気かお主?」


 フェリアは廊下の片隅でレーニッジを見つめると、そうたずねた。


「もともとこれは計画していたことだ。地球人の攻撃で予定が繰り上がっただけのこと。それに、他の七聖剣の賛同も得ている。第五席ゲイル・シャンブラーはむしろ喜んでいたよ。たくさんが死体が増えるってね。けど、アライジャは忠義者だからね。何があってもこちらにつくことはないだろう。この場にいたらおそらく敵に回っていた。第七席程度軽くひねりつぶせるが、事はスムーズに進めたい。その為にも彼にはオーストラリアへ行ってもらったわけだ」


「なるほどの。アライジャをオーストラリアへやったのはそういう意図があったか」


「地球人側の戦力を測る物差しの役目もあったけれどね。さっきの報告では、地球人にこっぴどくやられたらしい。やはりあなどれないよ、彼らは」


「ふむ。だが、これはある種賭けじゃぞ。わしのように太く長く生きたいのであれば、無茶をすることもあるまいに。それでもか?」


「無論だ。この国は腐りきっている。ふ抜けた老人どもに、己の保身しか頭にない貴族ども。民衆は魔法に頼りきり、兵は敵無しと平和ボケしている。なんと愚かな民なのだろうだな、グロニアとは。このままでは遠からず衰退し、滅亡の一途をたどるのみだ。いや、それならばいっそのこと地球人どもにこの地を返してやったほうがマシかもしれん」


 グロニア帝国は1000年以上の歴史を誇っている。歴代の皇帝の中には名君も存在したが、地球への移住を果たし20年経った昨今、長く続いた平和により政治は腐敗していた。


「だから、お主が新たな皇帝となると?」


「ああ。僕がやる。やらなければ、この国に未来はない。あの日、黒いナイトアーマー……シンヤ・サワムラに敗れたとき、グロニアはこのままでは負けると悟った。だから、これはいい機会なんだよフェリア。グロニアから膿を出し、腫瘍を切除する。時代は新たな皇帝を迎えるべきだ。僕という若く強い力をね」


 レーニッジは剣の柄に手をやると、前を見た。


「ふぉっふぉっふぉ……いいのう。いいのう。わしがもう50年若ければ、惚れておったわい」


 フェリアは幼さの残る可愛らしい顔で、老婆のように笑う。


「光栄だな。グロニア帝国一の白魔法の使い手に思いを寄せられるのは。だが僕にはすでにアリーシアがいるからね。彼女以外は視界に入らないんだ。あの娘を見ていると哀れでね。政略結婚とはいえ……幸せにしてやりたい」


「なんとものう。お主ら、こんな時代にさえ生まれていなければ、もっと違う形で幸せになれたのにのう……不憫でならんわ。わしが若い頃は、もっと人が人らしく自由に生きておった」


「だからこそ、僕が時代を切り拓く。強いグロニアを取り戻すためにも……さあ。おしゃべりはここまでだ。行くぞフェリア。僕について来い」


「うむ!」


 レーニッジとフェリアは皇帝の待つ謁見の間へと向かった。


「レーニッジ様。お待ちしておりました」


 扉の前で衛兵に声をかけられ、レーニッジは立ち止まる。


「お腰の剣をお預かりしましょう。七聖剣第二席から剣を取り上げるのは気が引けるのですが、規則ですので……申し訳ございませんが」


「ああ、ご苦労。だが、その必要はない」


「は? それはどういう――」


 レーニッジは剣を抜くと、兵士の心臓を貫いた。


「が!? う……レーニッジ様……何故……」


「すまない。お前に恨みはない。新たなグロニアを作るために、お前の皇帝への忠義は胸に刻んでおこう……許せよ」


 レーニッジはすでに絶命した兵士の体をどけると、重く威厳ある扉を蹴り破った。


「何事か!?」


 広大な部屋の奥に金色の豪奢な椅子が鎮座していた。そしてその椅子に座る人物は驚きと同時に怒り、立ち上がる。


 現グロニア皇帝、バイロン・レド・グロニアである。長い年月をかけ蓄えたあごひげと、深く刻まれたしわは一国の長としての威厳がにじみ出ているかのようであった。


「グロニア七聖剣第二席。レーニッジ・アーモルド。ただいま参りました」


 レーニッジは剣を皇帝に向けると、優しく微笑んだ。


「貴様、無礼ではないか! 陛下の御前で剣を抜くなどと! いくらアーモルド家の者とはいえ、かような振る舞い、タダで済むとは思っておらんだろうな!?」


「ふん、しょせん妾の子よ。あのような低俗な輩にアリーシア様の相手は務まるまいて」


「オーストラリアから逃げ帰ってきた腰抜けめが! よくもまあ、我々の前に顔を出せたものだ」


 側に控えていた大臣や大貴族が一斉にレーニッジを汚い言葉で罵りだす。


「ご機嫌麗しゅうございます、陛下」


 だがレーニッジは、貴族達の暴言など耳に入っていないかのように静かに一歩踏み出した。


「貴様、今のワシを見て機嫌が麗しく見えるというのか?」


 バイロンの額に血管が浮き出て、拳がわなわなと震える。


「ええ、とても」


 レーニッジは爽やかな笑顔でそう答えると、剣先を皇帝に向ける。


「貴様は幼い頃より無二の友であったアーモルドの子。下賎な母親から生まれた子ではあるが、剣技と魔法に優れておったから特別に目をかけてやったというのに。民衆からの人気も高く、政治に利用できると思い娘の夫に選んでやったというのに……貴様はいったいどれだけの恩を仇で返すつもりだ!?」


「その点については感謝しておりますよ、陛下。ですが、それとこれとは話が違うのです。僕は、とても悲しい」


「悲しい、だと?」


「この国が無能な老人によって食い荒らされ、若者たちはまるで使い捨てられるように戦場で死んでいく……あなたは今回のオーストラリア戦役で何人のグロニア人が死んだかお解かりか?」


「我々が無能だと!? どこまでも無礼な! その首、陛下の御前で――!!るれくてねは」


 大貴族の老人が激昂し、剣を抜いた。だが、レーニッジの目の前で彼の胴体と首はそのつながりを断たれ、サッカーボールのように広間をころころと転がっていったのだ。


「誰がしゃべっていいと言った。僕の話が終わるまで黙って座っていろ。まったく、これだから老人は」


 赤い噴水となった大貴族の体を蹴り飛ばすと、レーニッジは再度皇帝に剣を向ける。


「レーニッジ……貴様!?」


「陛下。お静かに。さて、話の途中でしたね。そう。若者達が必死に働いても老人に搾取され、支配階級の懐を潤すだけ。彼らは小汚いブタどもにエサをやるため日々を生きているのではない。自分達の未来のために生きている。それを平然と戦場に送り込み、ムダに戦死者を増やした。この責任はどこにある?」


 レーニッジの静かに燃える瞳に射抜かれ、バイロンは一瞬たじろぐがすぐに平静を取り戻し、蔑んだ目で彼を見つめ返した。


「ふん、何を言い出すかと思えば……ワシはグロニア皇帝なるぞ? 民草がどうなろうと知ったことではない。民は皇帝のために存在するのだ。皇帝が死ねと言えば、やつらは喜んでその命を差し出さねばならん。此度のオーストラリア戦役で死んだ民も、力がなかった。弱者は悪だ。つまり、死んでもしかたがなかった。ということだ」


「そうだ。弱者は悪だ。ならばこそ……バイロン・レド・グロニア。お前をここで殺す。弱者は死んでもしかたがないのだろう? 新しい時代に古い頭の老人は不要だ。お前を殺し、僕が新たな皇帝となる」

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