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グロニア人居住区

 司令室を出てしばらく廊下で暇を持て余していたシンヤだったが、アリサが部屋から出てきてほっとした。待つのはあまり好きではないし、何より重苦しい空気が司令室の扉から漂ってきているようで、その場に居続けることが苦痛であったからだ。


「お待たせっ」


 アリサは軽快に手を振ると、シンヤの腕にからみついてきた。


「さ、お姉さんとデートに行きましょうか!」


「は? はい、でーとって何ですか?」


「あ、そか。君、デートって単語知らないのか。つまんないなあ。じゃあ、あれだよね? おねショタも知らないよね? うーあー! 困った! 冗談よ冗談! 赤くなっちゃってかわうぃー! ってからかうつもりだったのに! はずい!」


 アリサはシンヤから離れると、頭を抱えてうーうーとうなった。


「おねショタ? って、どういう意味です?」


「そんな君にはググレカス! という言葉を贈るわ。これは前世紀の地球で、無知なる者に自らの努力で答えを調べろという意味なの!」


「は、はあ」


「まあいいや。とりあえず、車に乗って移動しましょ。私に付いて来て」


 シンヤはアリサの後を追い、駐車場で車に乗り込む。車は発進すると基地を出て、街に向けてゆっくり走り出した。


「私ね。学校では近代民俗学を専攻していたの。特にJAPANのサブカルチャーを研究していてね。アニメとかゲームとかマンガとかラノベとか」


「アニメ、マンガ、ゲーム。それはオレも知ってます。昔の地球には娯楽がいっぱいあったって」


 シンヤは前世紀の地球人を純粋に羨ましいと思っていた。しかし同時に、何故自分はこの時代に存在するのだろうという疑問も浮かんでくる。そして、嘆くこともある。生まれた時代が違うだけで人の一生はこうも違うのか、と。


「まあ、このセカンドアースでも娯楽の類が無いわけじゃないんだけどね。でも、前世紀に比べるとてんでつまらないわ。このセカンドアースはクソゲー天国よ。燃えも萌えもないんだもん。ああ……私達のご先祖様はなんて偉大だったのかしら!」


「今はみんながみんな、ただ生きることに夢中で、それしか頭にないから、なのかも」


「そうだね。もっと平和になって、地球を取り戻せたら……楽しいこともいっぱいかもね」


 車内の空気が少し暗くなったのは自分のセリフのような気がして、シンヤは話題を変えることにした。


「ていうか、今どこに向かっているんです?」


「グロニア人居住区よ」


 街中の景色が窓の外を流れる。それを見ながらアリサは答えた。


「え? グロニア人居住区って」


「このセカンドアースの中でもその存在を知っているのは、上層部とごくわずかのみ。非公式の街区よ。そこには、グロニア帝国の圧政から逃れてきたグロニア人が隠れ住んでいるの。自分たちの持つ魔法の知識と、グロニア帝国の情報と引き換えに保護されているわ」


「グロニア人がグロニアから逃げる? あれだけ恵まれた暮らしをしているのに?」


「グロニア人も一枚岩ではないわ。グロニア人にとって力が正義であり、全てであることは君も知ってるよね? 魔法というのはグロニア人にとって特別な力で、アイデンティティーなの。ただ、グロニア人の中には魔法が使えない人間も例外として存在する。家族に魔法が使えない者がいるだけで迫害の対象になるわ。ひどい場合は、魔法が使えないとわかったとたん、生まれてすぐの赤ちゃんでさえも、殺されてしまうことも……」


「魔法の使えないグロニア人……そんな人が、いるんですか」


「うん。居住区に住んでいるのは、魔法を扱えない子供とその両親がほとんどだから、セカンドアースの魔法に関する知識は彼らから仕入れた物なのよ。EX兵器は、彼らとの共同開発なわけ」


「そう、だったんですか。でも、どうしてグロニア人居住区に向かっているんです?」


「お姫様をお迎えにあがるため、かな?」


「お姫様?」


 シンヤたちを乗せた車は、ビルの地下駐車場に入っていった。さらにその奥の駐車スペースに止まると、アリサは車外に出て近くの自販機の前にたった。


「のど、かわいたんですか?」


「ううん。ここが居住区のゲートなの。まったくさ、普通に作れないもんかなあ。ま、秘密基地っぽくて私は好きなんだけどね」


 アリサが自販機のプリペイドカード挿入口にIDカードを差し込むと、アリサたちの車を乗せた駐車スペースが丸ごとエレベーターになって、静かに降下していく。


「地下?」


 降下していく車にアリサが戻り数十秒すると、やがて景色が一変して、緑あふれる巨大なドーム型の空間がシンヤの眼下に広がる。その中心には、天井に届きそうなくらい大きな樹がそびえたっていた。さらにその周りには、メルボルンでもよくみかけたグロニア方式で建築されたレンガ造りの家屋が点在している。


「ここがグロニア人居住区。人工世界樹を中心に、数十件の家屋が立ち並ぶ彼らの町。私達が用があるのは、あの一番奥の大きなお屋敷だよ」


 アリサの指差した方角にある屋敷をシンヤが見ると、黒い服を着た数人の男がそこに向かって走っていくのが見えた。


「アリサさん、あれは?」


「うっわあ。この展開は想像の範囲内ではあるけれど……まさかこんなに動きが早いだなんてね」


 屋敷を警備していた兵士に向かって、黒い服の男達は銃を発射する。兵士達は応戦するも、錬度の違いかあっという間に沈黙させられた。それは紛れもない戦闘だ。


「何で月の中で地球人同士が殺しあってるんです!? オレ達の敵は、グロニア人のはずでしょ!」


 地球人同士が殺し合っている。それがシンヤには途方も無く理解に苦しむ出来事だった。


「私さっき、グロニア人は一枚岩じゃないって言ったけどね。それは地球人も同じなんだよ。今このセカンドアースには3つの勢力が存在するの。1つは私たち地球軍を母体としたもっとも大きい勢力、地球奪還派。2つ目はグロニアに忠誠を近い、支配されることをよしとする恭順派。そして3つ目が、グロニア人を完全抹殺することを望む殲滅派」


「じゃあ、あれがその殲滅派って連中なんですか?」


「そう。連中、めっちゃ物騒な思考の持ち主でね。グロニアによって魔法文明化され陵辱された地球など不要! 核でグロニアを吹き飛ばしてしまえ! とかいうサイコな連中なのよ。そこに囚われたままの地球人ごと、どっかん! てね。ま、とにかく。なんとかしなきゃいけないね。シンヤくん、これ」


 アリサがシンヤに向けて黒い腕輪を投げてよこす。


「ラグナロク、前回の戦闘データから君に最適化してあるから、前みたいな負担はないはず」


「オレの、EX兵器ですね」


「正直な話、ここで君とそれを使うのは気が引けるんだけれど……このままじゃ、殲滅派の連中に大事なゲストが殺されかねない。現時点で最善の手を打つには君にそれを使ってもらうしか手はないの。先に行っててくれる?」


「かまいません。地球人でも殲滅派ってのは危険な奴らだ。止めないと!」


「熱血だね、がんばれ男の子! 白馬に乗った王子様ならぬ、黒いバイクにまたがった王子様に助けられれば、お姫様も胸キュン、好感度アップだろうし」


「一体何の話なんだか……とにかくオレは、あの屋敷にいるお姫様ってのを助ければいいんですね?」


「そ。ラグナロクをアーマー形態に移行させても構わないけれど、彼らに攻撃してはダメよ」


「何故?」


「よくて即死。悪ければ人肉ミンチ。パンチ一発で何トンかの威力があるの。対ナイトアーマー戦闘を想定された装備なんだから、通常の人間相手では威力がありすぎる。ましてや君は、訓練もまともに受けてない素人なんだから、防御に徹して。彼らの相手は私がするから、殺さずに拘束する。これは絶対よ」


「わかりました。それじゃ、いってきます」


 まだ地上まで数メートルの距離があったが、車のドアを開けシンヤは一気に飛び降りた。


「コード:ラグナロク!」


 黒い腕輪から黒い粒子があふれ出す。それがシンヤの前に集結し、近代的なフォルムの黒いバイクが現れる。


「行くぞ!」


 地面すれすれでラグナロクにまたがると、シンヤは目的地の屋敷に向けて軽くアクセルグリップを回転させた。


 さすがに二回目の乗車ということもあって、力加減もなんとなくこつがつかめてきたのか、すぐに屋敷に到着する。


「やめろ! オレ達の敵はグロニア人だろう! こんな所で同士討ちなんてやっている場合かよ!」


 シンヤは屋敷に向けて発砲し続ける男達に向けて叫んだ。


「あれは、ラグナロク……! チ。あんな物が出てくるとはな」


 シンヤの叫び声を聞いた男達は発砲の手を止め、彼に振り返る。


「隊長、どうします? あれの戦闘力は相当なモノだと聞いています。ナイトアーマーと互角にやりあえるだとか。通常装備では歯が立たないかと」


「構わん、殺せ! グロニア人はゴミでクズで、虫けらだ! そのグロニア人に組するというのならば、地球人といえどゴミ。ゴミは処分しろ!」


 頬に大きな傷痕のある隊長格の男が吐き捨てるようにそう言うと、部下たちは銃を構えなおした。


「各員、そこの英雄気取りなガキを射殺せよ! 正義のヒーローはボランティアでできるほど甘いもんじゃねえってこと、教えてやりな!!」


 いくつもの銃口がシンヤに向けられる。その銃口が火を噴く直前、シンヤはため息を吐きながら再度のコード:ラグナロクを口にする。


 バイクは全身を覆う鎧へと瞬時に変形し、マズルフラッシュの輝きの中飛び交う鉛弾をすべて回避した。


「銃弾をよけただと!?」


「信じられん、これがアサルトアーマー……バケモノめ!!」


 なおも銃弾の嵐がシンヤを襲う。だが銃弾はすべてことごとく的を外れ、ただただ空気を薙ぎながら突き進むのみである。


「慌てるな! 頭部に直撃さえすれば、いくらアサルトアーマーといえど!!」


「あんたら、2つ間違えてるぜ」


 男の1人がシンヤの頭部に向けて弾丸を放った。


「やったか!?」 


 銃弾はシンヤの頭部に直撃する寸前で、人差し指と親指でつまみあげられていた。


「1つ、こいつに銃弾は通用しねえ!」


 シンヤは銃弾をポップコーンのように握りつぶすと、地面に捨てた。


「2つ、給料はちゃんと出る。ボランティアじゃねえ!! ……はずだ。いくらかはちゃんと聞いてないけど」


「ぐ!! ナイトアーマーと互角に戦えるという話は、本当だったのか!」


「バカモノどもが。当てる必要はねえんだよ! この野郎の目的は、この屋敷にかくまわれている女だ。頭ぁ使え。こうすれば……いいだろが!」


 隊長格の男は銃を地面に投げ捨てると、携帯式のバズーカ砲を装備し、照準を屋敷に向ける。


「あいつ、まさか屋敷ごとやるつもりか!?」


「季節外れの打ち上げ花火ってやつだ。キレイな鮮血の花が咲くかもなあ? あばよ! ゴミクズグロニア人!!」


 バズーカ砲が火を噴く。発射された砲弾はまっすぐ屋敷へと飛んでいった。


「ふざけるな!」


 シンヤはすぐさま屋敷の前に立ち、砲弾から身を挺して守った。直後、爆風と爆音が鳴り響く。


「……おいおい。装甲車が一撃で吹っ飛ぶ代物だぞ。これが、オリハルコンの強度ってわけかよ」


 無傷。である。シンヤは何事もなかったように、煙の中から隊長格の男に向けて一歩踏み出す。


「もうあきらめろ。オレが本気であんたらとやりあえば、怪我どころじゃすまない。死ぬぞ?」


「死ぬかもなあ。こっちも生身だったらな」


 隊長格の男はバズーカ砲を地面に捨てると、胸ポケットから白い腕輪を取り出しそれを右手に装着した。


「こいつの実戦テストがオリジナル相手にやれるとは、俺は運がいいぜぇ」


「何?」


「コード:フィンブル」


 白い腕輪から白い粒子があふれ出す。それが男の体にまとわりついて、頑強な白いプロテクターとなり、さらに頭部に白いフルフェイスヘルメットが装着される。


「アサルトアーマーがお前だけのもんとでも思ったか? つっても、こいつは簡易先行量産型のさらにプロトタイプだからなあ。まだ軍じゃ正式採用されていない試作品のさらに試作品だ。手に入れるのに苦労したんだぜえ?」


 男はヘルメットの中でくくくと笑った。


「量産型……ラグナロクの?」


「スペックはオリジナルに遠く及ばねえ。装甲材質はルナメタルだし、戦闘支援AIも搭載されてねー。武装も手持ちのプラズマナイフとプラズマガンのみ。動力源もマナを補助動力に使うお前さんのとは違い、バッテリーだけ。でもよお? 素人相手にゃ、これで十分なんだ……よ!!」


「何!?」


 白いプロテクターに身を包んだ男が瞬時に間合いを詰める。下段からプラズマナイフでの切り上げ。


 シンヤはそれを感知すると、男のナイフを払うべく腕をはたこうとした。


「フェイントだよ、ば~か!!」


 男はナイフの手を止めると、今度は逆の手でシンヤの腹を殴った。


「こいつ!! 相手が生身じゃないなら……遠慮なんてしない!!」


 シンヤはよろめきつつも、右足を繰り出し反撃を試みる。


「うおっと! なんだなんだそのぶさいくな蹴りは~? 踊るんなら、楽しく踊れや、なあ!!」


 男の銃。プラズマガンが淡い光を放った。


 光弾が恐るべき速さで連射され、シンヤのアサルトアーマーに直撃する。が、わずかにすすを付けた程度で、ダメージらしいダメージは食らっていない。


「ち。やっぱかてえな、お前。サンドバッグにゃ持って来いだが、あんま時間をかけらんねえ。最大出力で行くぜ」


 男はプラズマガンの銃身をスライドさせ、銃身にナイフの柄を接続してガンとナイフを合体させる。


「データ上じゃ一応、ナイトアーマーの装甲もざっくりいけることになってる。けどよ、データはデータだろ? やっぱ実証しなくっちゃなあ。お前の体でよお!!」


 ガンと合体したナイフから鋭く太い光の刃が生まれる。それが2メートルほどに伸びると、男は一気に距離をつめた。


「死ねや!!」

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