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EX兵器

「司令。ディハルト大尉より連絡があり、オーストラリア大陸の完全な奪還に成功したとのことです」


 シンヤが司令室に通されてしばらくしてのことだった。ジョウが内線を取ると、マグナにそっと耳打ちをしてそう伝えたのだ。


「そうか。ディハルト大尉はやってくれたか。ではこれで、オーストラリア大陸を橋頭堡(きょうとうほ)に、他大陸の奪還作戦を進めることができる」


 マグナはハンカチで額の汗を拭くと、イスに座りなおしシンヤの目を見た。


「で、本当によいのだね? シンヤ・サワムラくん」


「はい。オレは、戦いたいんです。グロニアから地球を取り戻すために。これ以上地球の人が悲しい思いをしないように。それ以上の理由は何もありません」


 マグナの鋭い視線に緊張しながらも、シンヤは声を搾り出しなんとか答える。


「ほう。素晴らしい決意だ。うんうん、いいよ君。ではがんばってくれたまえ。私からは以上だ」


「え? これだけ、ですか?」


「ああ、もう帰ってくれて構わんよ。君だって、こんなむさくるしい部屋に長くいたいとは思わんだろう。それとも男3人で仲良くボーイズトークでもやれというのかね? いやまさか君、そっちの趣味があるのかね!?」


 アリサは外で待機しているので、この部屋にはマグナとジョウとシンヤの男3人。むさくるしい部屋に違いはない。


「司令。この部屋にいるボーイはサワムラだけです。司令は50代。私は30代。ボーイズには該当しないかと」


 副指令のジョウがメガネのフレームを指でつまむと、そう言った。


「君ぃ。わしの心はまだまだボーイだよ。永遠の17歳というやつだ。ナイスバディな女性がいれば、声もかけたくなるものさ」


「年相応の行動をお願いします。これが我が上司かと思うと、ため息しか出ません。それに司令、サワムラにそちらの趣味はないかと思われます。基地の監視カメラに、彼が若い女性兵士達のふとももを凝視している記録映像がありますので、後ほどご確認いただければ証明できるかと」


「へ? 監視カメラ?」


「ほう。太ももとな? サワムラくんはとても良い趣味をお持ちのようだ。うんうん。男子たるもの、そうではなくてはな」


 とたんにマグナの顔つきが軍人から近所のエロ親父然となって、シンヤは驚いた。


「いや! あれは、オレとそんな年も変わらない女の子たちが訓練しているのを見て、なんていうか。その、すごいなって思って」


 シンヤがあたふたと説明をするが、ふとももを凝視していたのは事実なので、それ以上つっこんで欲しくないと思った。


「そう、彼女らは前線にこそ出ていないが、地球を取り戻すために戦っている。前世紀の地球ではまだ子供とされる年齢だが、このセカンドアースでは立派な大人だ。そしてそれはグロニアも同じ。騎士の多くは魔力がもっとも大きくなる10代後半から20代前半がほとんどだと聞いている。七聖剣と呼ばれる連中もほとんどが10代であると聞く。悲しいかな、若い命が散っていく時代になってしまった」


 マグナはハンカチで額の汗を拭うと、立ち上がった。そこには近所のエロ親父でもなく、軍人でもなく、1人の男の顔があった。


「君は、グロニア人が憎いか?」


「はい」


「君は、グロニア人を殺したいか?」


「それは……」


 マグナはシンヤの目を見つめながら、ゆっくりと近づいてきた。


「まあ、即答できん話ではあるな。だが、君が再びアサルトアーマーを装着するとき、その手で誰かを殺めることになる」


「……」


「彼らにも、グロニア人にも家族がいる。悪は滅んで終わり、というほど単純な話ではない。かといって、こちらにも相応の恨みと憎しみがある。奪われた物は大きい。怨嗟の鎖はどこかで断ち切らねばならんのかもしれんな」


「ならどうすれば、この戦いは終わるんです?」


「うむ。ひとことで言えば、グロニア人から戦闘力を可能な限り奪う。といったところか。彼らの主、グロニア皇帝が居座る帝都グラングロニアの制圧。そして、グロニア人にとって力の象徴である七聖剣の打倒。この2つが成ってこそ、グロニアをようやく会談の席に引きずり出せる。君も知っているだろう? グロニア人にとっては力こそが正義であり、全てなのだ。話し合いで解決できるならば、我々は月に住んでなどいない」


「なら。オレがアサルトアーマーであいつらを倒せば、いいんですね?」


「そうだ。だが勘違いしないで欲しい。先日の戦いでレーニッジ・アーモルドを退けたとはいえ、それが彼らの全力であるとは考えにくい。なにしろ、魔法というやつは我々の常識を超えた能力なのだ。知れば知るほどその力は深く侮れん。つい先ほども我が軍の兵士が七聖剣第七席を退けたというが、やつらも何がしかの対策を立ててくるはず。だからこその、ソードブレイカー設立だと考えて欲しい」


「サワムラ。ソードブレイカーは君をはじめ、科学と魔法の融合兵器、EX兵器(エクストラアームズ)の適合者で構成されている」


 ジョウがメガネのフレームを指でつまむと、そう言った。


「既存のどの兵器群にもカテゴライズできない特殊兵装。それがEX兵器だ。君のアサルトアーマーは、グロニアのナイトアーマーとパワードスーツ。ディハルト大尉のアンデッドボディは、医療サイバネティクスとリビングアーマー。エンドウ少尉のネオファミリアは、無人攻撃機(ドローン)使い魔(ファミリア)。それぞれ七聖剣のナイトアーマーと互角以上に渡り合える性能を持つ。だがその性能ゆえに、使いこなせる物は片手の指で足りるほどしかいない。これは、君にしかできないことだ」


「オレにしか、できない」


「そうだ。だからこそ、君に頼む」


 シンヤはマグナに両肩をつかまれた。力強く、震える手で。


「君の小さな肩に我々の未来を託させてくれないか。地球の未来という、とてつもなく重い荷物を。本当は、そんな重い荷物を君のような少年に背負わせたくはない。真っ先に死ぬのはわしのような老いぼれであるべきなのだ。だが、わしでは無理なのだ。無理なのだよ……すまん」


 いつしか、マグナの瞳に光る物があった。目も赤く充血している。


「わしはね、サワムラくん。我が軍に所属する兵士はみな、息子や娘達だと思っている。死んだ息子とそう年も変わらない君らが血を流すのを、この安全な場所で黙ってみていることしかできない。なんと卑怯な大人なのだろうと思う。だが、それでも。今のわしにはたった一つの言葉しか吐き出すことができない。サワムラくん……どうか、我々を助けてくれないか?」


「司令官さん。オレの心は始めから決まっています。やらせてください」


「ああ、すまん。年を取るとどうも涙もろくなってしまってね。すまんな。みっともないところを見せてしまった」


 マグナはシンヤの肩から手を離すと、ハンカチで涙を拭った。


「いえ。でもオレ、正直今、嬉しかったんです。親の顔も知らないから……もしオレに親父がいたら、そんな風に心配してくれるのかなって、思うと。そんな人の期待にこたえたい。なんとかしてあげたいって……決意の再確認ができたっていうか」


「そうか。うむ……困ったことがあれば、わしの名前を出しなさい。必ず力になろう。さて、これからがたいへんだぞ、サワムラくん? 明日からは訓練が始まる。とにかく今日はもう休みなさい」


「はい! えっと、失礼します!」


 シンヤが大きく一礼すると、司令室のドアを開けて去っていった。


 その後姿をマグナは見届けると、イスに座りなおしあくびをかみ殺した。


「……若いな」


「ええ。それにしても司令、お嬢さんがいたというお話は聞きましたが、息子さんもいたのですか?」


「いや。この世に生を受けたわしの子は娘1人だよ。息子はおらん。あの年頃の少年は単純で扱いやすい」


「左様ですか」


「それよりも、エンドウ少尉を部屋に入れてくれ。この部屋には花がない」


「は」


 ジョウがドアを開けると、手招きしてアリサを呼び寄せた。


「失礼します」


「うむ」


 アリサが背を伸ばし敬礼すると、静かに入室する。


「で、だ。彼は一体何者なんだね? 通常の人間ならば即死するほどのマナに対する耐性と、遺伝子操作されたセカンドアースの子供達とそん色ない身体能力……普通の少年ではあるまい」


「はい。入院中に彼の体を検査した結果」


 アリサはタブレット端末の画面を開き、それをマグナに見せる。その表情は硬く、暗かった。


「シンヤ・サワムラは地球人ではありません」


「ほう? UFOに乗ってやってきたエイリアンだとでもいうかね。それは傑作だな、ファンタジーの次はSFとは。まあいい、続けてくれ」


「はい。厳密には地球人なのですが……グロニア人の遺伝子に酷似している、というか……」


「まさか、グロニア人なのか?」


 言いよどんでいるアリサに、ジョウがメガネのフレームをつまんだまま質問する。


「いえ、そうでもないようです。現段階で解る事は、何らかの遺伝操作を受けている、としか」


「20年前。戦端が開く前のことだ」


「司令?」


 マグナは口元をハンカチで拭うと、話し始めた。


「グロニア人の先遣隊と地球連邦政府が接触したというウワサがある。その際、文化的、技術的交流があったらしい。その時、こちらのクローン技術の情報と引き換えに、あちらのホムンクルス技術を得た連邦の研究機関で、秘密裏にある兵器が開発されたという」


「クローンと、ホムンクルス……」


「ハイブリッドヒューマン。究極の兵士を人工的に造りだすというプロジェクトだ。作成されたハイブリッドヒューマンは戦争前にすべて破棄されたと聞いたが……まさかな」


「では。シンヤ・サワムラはハイブリッドヒューマン、なのですか?」


「あくまで可能性の話だよ。だが、その可能性は極めて高い。そしてもし彼がそうだとするならば、我々は思わぬ拾い物をしたということだ。エンドウ少尉。彼の監視を怠らぬように」


「はい」


「それでは以上だ、エンドウ少尉。下がってくれてかまわんぞ」


「わかりました、ではこれで失礼します」


 アリサは敬礼すると部屋を去った。


「副指令。君も今日は休むといい。ソードブレイカーの残りの人選とEX兵器についてのレポートは、あとでメールでも送ってくれ」


「それならすでに作成して、提出済みです」


「さすがに君は仕事が早いな。ではどうだね? このあと一杯。うまい焼酎を飲ませる店を見つけてね」


「けっこうです。私、甘党なので。酒はダメなのです。野菜ジュースでよければお付き合い致しますが?」


「はー。健康的だねえ。いかんよ、君。酒は人生だ。涙も汗もすべて詰まっている。おお、そうだ! では、ライスワインはどうだね? うまい大吟醸を飲ませる店が――」


 マグナが気が付いたときには、ジョウの姿はどこにもなかった。


「まったく……さびしいものだな、1人は」


 マグナは机の引き出しを開けると、そこからアルバムを取り出して広げた。アルバムの写真には彼の妻と幼い娘の写真が収められている。


「ジェーン。フィーナ。天国は成層圏よりも上にはなかったよ。宇宙のどこかか、それとも異世界にでもあるのかね?」


 写真の妻は大きなお腹で、右手を幼い娘とつなぎ、左手は愛おしそうにお腹にそえられている。彼の妻は妊娠していたのだ。


「生まれてくるのは男の子だと医者から聞いていたが……あの戦争がなければ、わしは一男一女の父親になっていたのかな」


 アルバムをそっと閉じ、マグナはため息を吐いた。


「息子、か」

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