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ノックスブラーエの帝王  作者: 風白狼
1章 逃げる少女
3/5

3.依頼継続

 夜闇に包まれた道は街灯こそついていたが、(ひと)()がなくひっそりしていた。

「ありがとうございました、ニグルムさん」

 白い毛並みの獣、シゴロモの上に乗ったまま、シンシアは言った。対してニグルムは、ただ押し黙って歩いている。何も言わないことが怖くて、少女はさらに口を開く。

「あの、それで、雇うといっても、いくら払えばいいんですか?」

「そんなもの、後にしろ。落ち着いて話が出来る場所に行ってからだ」

 冷たく突き放され、シンシアは縮こまってしまう。そんな彼女に振り返りもせず、ニグルムは辺りを見回していた。城門は彼女を狙う何か――おそらく組織的なもの――に占拠されていたのだ。ならば、街の中も安全とは言い切れない。ニグルムは神経を研ぎ澄ませ、闇の向こうの気配を警戒している。


 やがて何事も起こらないまま、一行は綺麗な宿屋の前までやってきた。ニグルムは戸をくぐり、ひょいと中をのぞき込む。

「部屋は空いているか? 出来れば動物も泊まれるといい」

 宿屋の主はまずニグルムを、そして入り口からわずかに見える大柄な獣を看て口元を引きつらせた。

「い、いえ、そのような大きな動物はさすがに……」

「泊まれないと言うのか」

 ニグルムがすかさずにらみを利かせれば、宿屋の主人は一瞬で青ざめる。と、不意にシゴロモはかがみ込み、シンシアを背中から降ろした。どういうことかといぶかしがる間に、獣はみるみる姿を変え――長い銀髪の女性へと(へん)()したのだ。

「人型であれば問題ないか?」

 人間へと姿を変えたシゴロモは、抑揚のない声で宿屋の主に問いかける。主はその変化にしばらく口をあけてぽかんとしていたが、やがて気を取り直して背筋を伸ばした。

「は、はい。人間の姿のままでいてくれるなら……」

 ただの人間の客だということなら大丈夫だと思ったのだろう。恭しく頭を下げてどうぞと手招きしている。三人は宿屋へ入り、部屋の確認をした。

「シンシア、契約金代わりだ。ここの宿代を払っておけ」

 部屋を取ってから、ニグルムはそう言い出す。急に話を振られたため、シンシアはしばし戸惑っていた。苛立った様子もなく、ニグルムは続ける。

「貴様に拒否権はない。俺は少なくとも逃走を手助けした。雇うと言った以上、それくらいの対価は必要だろう」

「そ、そうですよね。わかりました」

 命令口調で高圧的な態度であったが、シンシアは頷き、財布を取り出した。宿屋の主は怪訝そうにそのやり取りを見ていたが、何か勝手に納得してシンシアから代金を受け取った。


 案内された部屋はベッドが丁寧に整えられた、そこそこ上質なものだった。壁は丈夫に作られていてすきま風もない。ようやく落ち着くことの出来る空間であった。

 ニグルムは荷物を机の上に放り出し、どかっと椅子に腰掛けた。背中に担いでいた自分の武器を取り出し、手入れを始める。シゴロモは人間の姿で、手持ちぶさたといった風にぼんやりと天井を眺めていた。シンシアは慣れない雰囲気に戸惑いつつ、ひとまずベッドの上に座り込む。

 しばらく誰も口を開かなかった。その沈黙に耐えきれず、シンシアはおそるおそる口を開く。

「あの……」

 だが話し出したはいいが、いうべき言葉がわからなかった。ニグルムは手を止め、黙り込んでしまった彼女を見やる。

「休みたければ休めばいい。朝までは見張っていてやる」

 そう言って、ニグルムは作業を再開した。シンシアはそんな彼をじっと見つめる。

 あくまでも取引の間柄だ。彼が信用できるとは限らない。だが、嘘をつくような人ではないと、シンシアは思った。少女はもぞもぞと布団の中に潜り込む。横になると、疲れが溜まっていたのか眠気が押し寄せ、シンシアはすぐに深い眠りに落ちてしまった。



 窓から朝日が差し込み、そとでは鳥のさえずりが聞こえてくる。シンシアは重いまぶたをこすって上体を起こした。半分寝ぼけながら部屋を見回す。ニグルムは椅子に腰掛けたまま動かず、シゴロモも人間の姿でぼうっとしていた。シンシアが起き上がったのを確認し、ニグルムは視線だけ彼女によこした。

「……起きたか。で、お前はこれからどうする? 行く当ては?」

 不機嫌そうに低く唸る。シンシアは慌てて背筋を伸ばした。

「すみません。私、どうしていいか……」

 半分泣きそうになりながらシンシアは答えた。ニグルムはそんな彼女を一瞥し、ゆらりと立ち上がる。

「もしまだ俺の力を借りたいというのなら、用件をシゴロモに伝えておけ。俺は寝る」

 そう言ってシゴロモを親指で指し示し、自分はベッドに倒れ込んだ。勝手な態度に、シンシアは困惑する。じっとニグルムを見つめたが、彼は枕に顔を埋めたまま起き上がる気配はない。仕方なく、シンシアは相変わらずソファで座りこむ女性を見やった。視線に気付いたシゴロモは黄色の瞳をシンシアに向ける。

(あるじ)は一晩中気を張り詰めておいでだ。おそらく、その疲れが出たのだろう」

 淡々とした口調でシゴロモは説明した。その言葉に、シンシアは思わずベッドに突っ伏す男を見やる。昨夜は偉そうで怖かったけど、本当は優しい人なんだろうか。

「勘違いするな。主は雇われた分の働きをしたまで。私情を挟むことはしない」

 冷たい声がシンシアの思惑を遮った。声の主は感情の見えない表情でシンシアを見据えている。シンシアはわずかに体を震わせて、その場にちょこんと座りこんだ。何か言わなければ、答えなければと思うが、何を話せばいいのか。シンシアは一人途方に暮れ、部屋を見回した。

 視線を彷徨わせていたシンシアは、ぱっと顔を上げた。注意深く彼女を見つめるシゴロモに向き直る。

「ここは、何という町なのですか?」

「カレンタという。大きな街だ、名前くらいは聞いたこともあろう」

 唐突な質問に驚くこともなく、シゴロモは即答する。得られた街の名に、シンシアはわずかに目を見開いた。前のめりに座り、じっと何かを見つめるように記憶を探る。その姿勢のまま、シンシアは口を開いた。

「この街から西へ30キロほど行ったところに、ソノードという町があって、そこに私の叔父が住んでいるはずです」

 言いながら、シンシアは顔を上げた。それまで無表情だったシゴロモはシンシアの言葉に目を細める。

「場所はわかるのか?」

「いえ……。でも、叔父のことを知っている人に聞けば教えてくれると思います」

 はっきりとした声でシンシアは答えた。赤茶色の瞳は真っ直ぐに銀髪の女性の姿を捉えている。シゴロモは確かめるように眼光を強めた。

「それで?」

「だから、ソノードの叔父の家まで、護衛をお願いします」

 シンシアは勢いよく頭を下げた。揺さぶられて栗色の髪の毛がわずかに乱れる。シゴロモはそんな彼女をじっと見つめていた。相変わらず何を考えているのかわからない顔で、静かに押し黙っている。しばらく張り詰めた沈黙が漂っていたが、やがてシゴロモがふっと短い息を漏らした。

「然るべき報酬を払い、主が目を覚ますまで待つというのなら断りはしないが」

 相変わらず抑揚のない声だったが、いくらか和らいだ雰囲気に、シンシアは顔を上げた。

「も、もちろん待ちます。報酬もできるだけ払います。だから――」

「……よかろう」

 お願いします。そう頭を下げた少女に、シゴロモは頷きを返したのだった。

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