これから毎日 クソガキを徒歩で送迎するあたし
大学生のあたしへ 子供の特権を最大限に活かしてくるカズは
とりわけ 奸知に長けてなどいなかった……。
伊吹 タマ
「……トラブルメーカー同士 どちらかが固定されたイスに座らなきゃなんない。わかるかなクソガキにこの意味が」
寝坊。遅刻をはじめ……基本的に気分で動くタイプ。それらのだらしない生活ぶりは最低限の結果が支える。本人曰く 志望大学の合格基準に満たした時点で 受験勉強は終わり。出席日数を満たせば その講義にはもう出ない。同じ心理学部のゼミ仲間も一目置いていたが どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせてるため 距離を縮められずにいた。
南風原 カズ
「……その……ナンパされてひとめぼれというか……お、おかあさまッ!むすめさんをボクにくださいッ!」
親戚の子供。年中。行動を共にすれば 見境なくトラブルを引き起こし 怒りの矛先はいつもタマに向けられていた。そうして散らかったおもちゃの片づけがすっかり日課となっていたのも事実。そしてなぜか 結果的に被害者を笑顔にするオチが多々見受けられる。
伊吹 佳代子
「ママね 嫉妬しちゃった。こんな若い男の子にエスコートしてもらえるなんて。この幸せ者め♪」
タマの母親。年齢不詳。シングルマザー。イベント企画会社代表。設立時から 企画・構成・制作・実施まで請け負ってはいるものの 本人は構成のみの受注を希望。また業務プロセスにおいて 同時に複数のクライアントを持たない。スローガンは ”お山の大将上等主義”
ケイ
カズが通う幼稚園の男友達。
チハル
カズが通う幼稚園の女友達。
安藤 里紗
タマのお世話係。青山ゼミに所属。
菊池 冬美
カズが通う幼稚園の先生。そら組の担任。
【タマ】
「……ごちそうさま」
【佳代子】
「あら もういいの?せっかく早起きできたのにもったいない」
【タマ】
「やろうと思えばできるし 残さずいただきました」
【佳代子】
「まぁ 反抗的。こんな子に育てた覚えはないんだけどね。一体誰に似たのかしら?」
【タマ】
「……思いっきり母さん似。負けず嫌いなところは顕著に受け継いでる」
【佳代子】
「………」
【佳代子】
「あなたね。何回も言うようだけど 食べ終わった食器くらい 流しまで持ってきてよッ!」
【タマ】
「ま、またそうやってウソつくッ!朝から変な言いがかりはヤメ――」
【佳代子】
「近頃の男の子は料理もできるそうね」
【タマ】
「……出たよまた。最近の母さんは必ずその話題に持ってく。どうにかならない?」
【佳代子】
「なりましぇん♪」
【タマ】
「大学行こ」
【佳代子】
「ひょっとしてボーイフレンドと待ち合わせ?」
【タマ】
「そう。だから早く出ないと」
【佳代子】
「見え透いた嘘ね。ママ 悲しくなっちゃう」
【タマ】
「じ、じゃあどうすればよかったッ!?正直に言っても聞く耳持たないくせに。こっちは我慢の限界だよ」
【佳代子】
「………」
【佳代子】
「……ごめんねタマちゃん。ママ 少しやり過ぎたわ」
【タマ】
「………」
【佳代子】
「でもね……」
【タマ】
「……はぁ」
【佳代子】
「親の私が言うのも変だけど もっと女の子らしくなってもいいんじゃない?」
【タマ】
「母さんのいう女の子らしくって?」
【佳代子】
「ママも昔は気品のある顔立ちだったのよ」
【タマ】
「じゃああたしは何もしないでいいわけだ。現状維持で」
【佳代子】
「あっという間よ。女の寿命なんて」
【タマ】
「それって裏を返せば男は違うって意味にならない?」
【佳代子】
「恋多き乙女だったママが磨いてあげるって意味よ」
【タマ】
「あっ いつの講義だったかなぁ……過去を知られたくないって気持ちが強ければ強いほど 理性を失う要因になるんだって。ましてや娘のあたしならなおのこと警戒心を強く――」
【佳代子】
「もぅ どうして心理学部なんか入ったの。話のもっていき方が姑息」
【佳代子】
「私達は別にやましいことがあって 離婚したわけじゃないのにこの子ったら……」
【タマ】
「……あぁ 話が段々重たくなってきた。朝っぱらから母さんの講義は堪える」
【タマ】
「気分転換に食器の後片付けでもしようかな。あたしも手伝う」
【佳代子】
「もう何も言わないわ。何も言わなくてもいい。ママはタマちゃんがそばにいてくれればそれで」
【タマ】
「ふきんどこー?」
ピ~ン~ポ~ン――。
【タマ】
「母さん。いつものと同じで誰か来たみたいだけど?」
【佳代子】
「きっと回覧板よ。きっとそう。ママのタイミングは悪くなかった」
【タマ】
「……はいはい。あたしが出ますよ。出ればいいんだろったく」
【タマ】
「うぅ。急に寒気が……」
【佳代子】
「もうすぐ夏なのに~?」
【タマ】
「さっさと仕事に行ってくれッ!」
【子供】
「………」
【タマ】
「………」
【タマ】
「ど どうした子供。ホウキなんか持って」
【子供】
「………」
【タマ】
「……ママにおつかいでも頼まれたのか?」
【子供】
「た、タマ……」
【タマ】
「……ん?」
【子供】
「も もしかしてタマおねえちゃんですかッ!?」
【タマ】
「お姉ちゃん???なにいってんだこのクソガキ」
【子供】
「わーいッ!やっとあえましたぁーッ!」
【タマ】
「うわわぁッ!か 顔にホウキを被せてくるなッ!今すぐ手から放せ」
【佳代子】
「……あらやだ。ホント~?カズちゃんじゃない。見ない間に大きくなったわね」
【佳代子】
「ところでママは――もしかして一人で来たの?」
【カズ】
「オトナですから とうぜんひとりでこれますよ。おかあさま」
【タマ】
「お母様?」
【佳代子】
「何よその顔。私に様は似合わないって言いたいの」
【タマ】
「あ あたしだけなのかな。この状況を飲み込めてないの」
【佳代子】
「ごめんタマちゃん。今まで黙っていたんだけど 私にはもう一人子供がいるの」
【タマ】
「いや 母さんの性格上 男をつくるとは思えない」
【佳代子】
「やっぱり親子ね。私達」
【タマ】
「いいから事情を説明して」
【佳代子】
「この子は弟の子供でね 一週間だけうちで預かることになったの」
【タマ】
「そんな話 一言もきいてないけど」
【佳代子】
「だって言ってないもん♪」
【カズ】
「いわなくてもわかるでしょだいがくせいなら」
【佳代子&カズ】
「ね~♪」
【タマ】
「……お二人さん。仲がよろしいようで」
【タマ】
「っていつまであたしに抱き付いてるつもりだこのクソガキはッ!」
【カズ】
「とぉーッ!」
【カズ】
「これからいっしゅうかんおせわになりますはいばらカズです。よろしくおねがいします」
【佳代子】
「………」
【タマ】
「……な なに?」
【佳代子】
「あなたも少し見習ったら?クソガキはお下品」
【タマ】
「母さんも早く仕事行ったら?社会人は遅刻厳禁」
【佳代子】
「タマちゃんに送迎をお任せしてっと。ありがとう。これで心置きなく出勤できるわ」
【タマ】
「は?何それ。まさか……」
【佳代子】
「いってきま~す♪」
【カズ】
「おかあさまッ!」
【佳代子】
「か、カズちゃん~?……に呼び止められるとは~。思わぬ不覚だわ」
【カズ】
「タマおねえちゃんに……」
【カズ】
「……その……ナンパされてひとめぼれというか……お、おかあさまッ!むすめさんをボクにくださいッ!」
【カズ】
「………」
【タマ】
「………」
【佳代子】
「………」
【佳代子】
「えらいぞッ!よく言えた。それでこそ男の子だッ!」
【タマ】
「……母さん。ガキの戯言。真に受けない」
【佳代子】
「タマッ!」
【タマ】
「な、なんだよッ!いきなり大声出して。しかも……よ 呼び捨てッ!?」
【佳代子】
「ママね 嫉妬しちゃった。こんな若い男の子にエスコートしてもらえるなんて。この幸せ者め♪」
【タマ】
「……勘弁してよ。ガキのお守りをしてるほど あたしだって暇じゃないんだからさ」
【佳代子】
「あら 気のせいかしら。確か手帳には”サボる”って書いてあったような」
【タマ】
「い いつ見たッ!?いくら親子だからって全部が全部許されると思ったら――」
【佳代子】
「先手 入浴タイムに忍び込んだり 後ろからそっと忍び寄るほど ママだってそこまで飢えてない」
【カズ】
「あははは」
【タマ】
「……意味知ってるのかこのクソガキは」
【佳代子】
「あら ごめんなさい。もしかして詰んだのかしら?」
【タマ】
「あらあらうるさいなッ!今思考中」
【タマ】
「あたしは肌身離さず持ってた。ということは見られたわけじゃない」
【カズ】
「ん~ どんなとりっくつかったんだろ~。なぞなぞだ」
【タマ】
「あッ!?……い いや」
【佳代子】
「外人も顔負けのオーバーリアクション♪」
【タマ】
「(ど どうして……出る???)」
【カズ】
「あッ!タマおねえちゃんがペコちゃんになったッ!」
【佳代子】
「昨日の夜は違うパターンだったわよ。苦笑を隠すように額に手を当てて その後首を何度も横に振ってね――」
【タマ】
「……もういい。もういいよ母さん。このクセ直す。これじゃ滅多打ちにされるだけ」
【佳代子】
「簡単に言うけどね。ストレート一筋のあなたが変化球なんて覚えられるわけないでしょ」
【カズ】
「やきゅうのおはなし?」
【佳代子】
「ママがせっかく紹介してあげた喫茶店のバイトの時だって お尻を叩かれた腹いせにお客に水をぶっかけて一時間でクビにされたのはどこの誰よ」
【タマ】
「……こらこら どさくさに結び付けない。ってかガキの前でいちいち過去を暴露するなよッ!みっともない」
【佳代子】
「まったくよ。ママの顔に塗るのは美容クリームだけって決まってるんだから」
【タマ】
「……残念。あたしも人の子だった」
【佳代子】
「に 憎たらしい~ッ!ああ言えばこう言う。子供と何ら変わらないじゃない」
【タマ】
「母さんの子供だし」
【カズ】
「………」
【カズ】
「ねぇねぇ タマおねえちゃん。おーばーりあくしょんってなに?」
【佳代子】
「ああそれなら 私が教えてあげる♪」
【佳代子】
「土下座をやり過ぎるとね 三点倒立になっちゃうのよ。カズちゃんは気をつけないとね」
【カズ】
「タマおねえちゃんのこと?」
【タマ】
「………」
【タマ】
「母さん。冗談はこれくらいにして そろそろ出ないと……みんな待ってるんだろ?」
【佳代子】
「頼られる女は楽じゃないわ。私がいないと誰も動かない。全く困ったものよ」
【タマ】
「……そりゃ責任者だからね。指示を仰いでも上の空じゃ。はいいってらっしゃい」
【佳代子】
「頼んだわよ。カズちゃんの送迎。帰りも忘れず迎えに――」
バタンッ!
【タマ】
「……ふぅ。やっと静かになった。慣れはしたけど」
【カズ】
「あははは」
【タマ】
「………」
【カズ】
「………」
【タマ】
「……さて」
【カズ】
「さて」
【タマ】
「お前 朝食は?」
【カズ】
「たべてきたよ」
【タマ】
「制服でこの質問は野暮だったかな。それじゃあたし達も出ようか」
【タマ】
「子供。幼稚園は楽しいか?」
【カズ】
「うんッ!だいがくは~?」
【タマ】
「図書館にいる時は楽しいかな」
【カズ】
「なんで?えほんよみほうだいだから?」
【タマ】
「本嫌いと静けさの損得具合がちょうどいいんだ」
【カズ】
「すごいニヤケようだね」
【タマ】
「顔は崩れないと思うけど?」
【カズ】
「ねこのぶっちょうづらみたい」
【タマ】
「無駄に難しい言葉知ってるな。たいしたものだよその歳で。使うタイミングも含めて」
【カズ】
「へへっ ほめられちった♪」
【タマ】
「坊主仲間とは普段どんな遊びをしてるんだ?」
【カズ】
「しんりがくぶって~?」
【タマ】
「……待て待て。被らせてどうする。お前は答えるんだよ」
【タマ】
「………」
【カズ】
「………」
【カズ】
「○○ごっこ。ひがわりだからあきもきません。どうだまいったかッ!」
【タマ】
「昨日したまね事まだ覚えてるか?」
【カズ】
「タマおねえちゃんなんかおこってる~?」
【タマ】
「お前のいうとおり ぶっちょうづらだからそう見えるだけ」
【カズ】
「ツンツンしてるよー」
【タマ】
「……いいか。クソガキ。これだけはよく覚えておけ」
【タマ】
「一週間過ぎたらお前とはさよならしなきゃなんない。それでいて もう二度と逢うことはないとあたしは思う」
【タマ】
「それと あたしは誰に対してもツンツンしてる。母さんを除いて」
【カズ】
「さよなら……?タマおねえちゃんと?せっかくあえたのにッ!?」
【タマ】
「ああ」
【カズ】
「う うそだそんなのッ!まいにちおともだちとさよならしてるけどつぎのひまたあえてるもんッ!」
【タマ】
「子供は宝だな。どんな理屈も悪意を感じない」
【カズ】
「ひっく……え?」
【タマ】
「いや 別れ際に駄々を捏ねられると面倒だからいまのうち泣かしておこうと つい現実なことを言ってしまった」
【タマ】
「明日とは約束してやれないけど いつかまた逢えるかもしれない――」
【タマ】
「――のまちがいだった。ごめんな。おねえちゃんうそついた。あやまるよ」
【カズ】
「………」
【カズ】
「お おそうしきにもぜんぜんあそびにきてくれなかったしッ!」
【タマ】
「というけどな あたしはお前を知らなかった。いつ どこで出会った?」
【カズ】
「さっき」
【タマ】
「あぁん?」
【カズ】
「タマおねえちゃんのことはおかあさまからみみにたんこぶができるぐらいたくさんきかされていたから」
【タマ】
「……母さん。話題に困るからって子供に子供の話をしなくても」
【カズ】
「ん?どういうこと?」
【タマ】
「娘のあたしが言うのもどうかと思うけど 母さんは人を使う立場の方が輝けるよ。結果も賛同してる」
【タマ】
「……ガキまで巻き込んで一体何を。まったく」
【カズ】
「タマおねえちゃん もしかしてにがわらいをかくそうとしてる?」
【タマ】
「だって笑うしかないだろ?この分だとお互い遅刻決定だぞ」
【カズ】
「じゃあいそがなきゃッ!せんせーにおこられちゃう」
【タマ】
「……その手はなんだ?」
【カズ】
「てつなぎたい」
【タマ】
「ワルガキでも目指すつもりか?ますます遅くなるだろうが」
【カズ】
「それじゃばつげーむつきかけっこ♪」
【タマ】
「最近 動悸息切れが激しくて……」
【カズ】
「ボクおこってるんだけどッ!」
【タマ】
「次でその怒りは静まる。言ってみろ」
【カズ】
「てつなぎおに♪」
【タマ】
「……かけっこでいい」
【タマ】
「はぁはぁ 結局こういうオチになるんだよッ!」
【カズ】
「タマおねえちゃん きのうおふろはいった~?」
【タマ】
「毎日入ってるよッ!」
【カズ】
「どうりでりんすのにおいが~♪」
【カズ】
「あっ きくちせんせーだッ!せんせーッ!」
【タマ】
「担任か。よしおりろ」
【カズ】
「えぇ~ッ!もっとおんぶしてよ」
【タマ】
「これ以上のわがままがまかり通るとでも?」
【カズ】
「タマおねえちゃんのおかげでボクだけまぬがれました。ありがとー」
【タマ】
「……んまぁ。それはそれとして お前の方が帰りが早いんだよな。どうしよう」
【カズ】
「まってろってことでしょ。そんなのらくしょーだよ」
【タマ】
「それはどうかな」
【タマ】
「降園時間が仮に3時でも あたしが迎えにいってやれるのは5時前後になる。だから2時間ほどサービス残業させなきゃなんない」
【タマ】
「保育園にしろ。この幼稚園を。一週間だけ」
【カズ】
「???」
【タマ】
「おわかりかな カズ隊員」
【カズ】
「りょーかいしましたッ!たいちょー」
【タマ】
「隊長が責任をとる。では解散」
【カズ】
「あれ せんせーにあわないの?」
【タマ】
「お前の親が前もって連絡してある」
【カズ】
「いちど――」
【タマ】
「だとしても 今じゃ電話一本で確認がとれる時代……ってどこいったあいつ」
【カズ】
「や やったッ!ボクがかったぞ~♪」
【タマ】
「………」
【カズ】
「(ばつげーむ♪ばつげーむ♪ばつげーむ♪)」
【タマ】
「一生幼稚園で暮らしてろッ!クソガキがッ!」
【菊池】
「カズちゃん。おはよう」
【カズ】
「ボクのおよめさん♪」
【菊池】
「……まだ何も言ってないんだけどな~」
【カズ】
「あのうしろがたをみてひとことあったらえんりょなくどうぞ」
【菊池】
「こら 先生をからかうんじゃありません」
【カズ】
「………」
【カズ】
「……あれれッ!?なんでッ!?」
【カズ】
「なんでタマおねえちゃんはだいがくにいかないんだ……?」
【カズ】
「タマおねえちゃん……いずこへやら」
【菊池】
「……うぅ。この感じはいつもの。何かをやらかす前触れ。これはまずい」
【菊池】
「カズちゃん」
【菊池】
「先生ね タマおねえちゃんが幼稚園の隣の隣にある大学に通ってるなんて驚いたなー」
【菊池】
「手の届く距離にいるからって会いに行かないようにッ!先生言ったわよ。今確かに言った」
【カズ】
「わかってあげてくださいッ!ちこくしたがるこどものほんねはママとはなれたくないからなんです」
【菊池】
「……それはそれはご丁寧にどうも。毎度毎度参考程度で済まないわね」
【カズ】
「タマおねえちゃんがいかないならボクもようちえんにいかなーい♪きょうのあそびはたんてーごっこだッ!」
【菊池】
「こらこら どこいくのッ!外は危ないでしょ」
【カズ】
「でもしごとしないといらいぬしに――」
【菊池】
「消されません」
【カズ】
「おこられちゃう なんだけどな~」
【菊池】
「君の仕事はお歌 お絵描き お話である。さあ中に入れッ!幼稚園児ッ!」
【カズ】
「おひるねのしゃくもわすれずに♪」
【カズ】
「おーい みんな~ッ!!」
【菊池】
「………」
【菊池】
「きっぱりと お願いした方がよさそうね。そうでもしないと身を滅ぼすわ」
【菊池】
「何事も始めが肝心よ」
【タマ】
「大抵 初日は大目にみてくれる」
【タマ】
「仮にとんでもないマセガキだったとしても 所詮は送迎禁止になる一歩手前で抵抗をやめる」
【タマ】
「そんなことより」
【タマ】
「あたしがあいつの保護者だってことを きちんと担任に認識させられたかどうかの方が気がかり」
【タマ】
「感覚的には させるとさせられないの境界線上を闊歩できていたし 飛び降りるタイミングだって……」
【タマ】
「……だって?」
【タマ】
「だってじゃないだろッ!しっかりしろよあたしッ!本気で怒るぞッ!」
【タマ】
「全ての境界線上を制覇するんだろッ!?」
【タマ】
「何度も言うようだけどさ ちょっとした環境の変化でも ズレは生じてくるんだよ。ましてや他人が絡めば複雑に入り混じる……」
【タマ】
「……なら地道に修正していけばいい話だろ?いつまでへそ曲げてんだか」
【タマ】
「いつものように 今までもそうしてきたように テリトリー化するまで他の誘惑に手を出すことなく 失敗を繰り返し 対象のリズムや呼吸を感じ取る」
【タマ】
「伊吹タマの物語は狭く深くだ」
【???】
「リンッ!もう十分でしょ。あんまり飲み過ぎるとまたお腹こわすよ」
【タマ】
「……犬?」
【???】
「がぶ飲みはやめなさい。リンッ!」
【タマ】
「でかいけど かわいいなあいつ。ゴールデンレトリバーだっけ」
【タマ】
「あの すいません。一つおききたいしたいことがあるんですけど?」
【???】
「え?」
【タマ】
「真冬も変わらず そうやって庭の水道水を?」
【???】
「ええ ま まぁ……欠かしたことはないかと……」
【???】
「………」
【タマ】
「………」
【タマ】
「か かわいいですね。孤独を嫌うところが特に」
【???】
「え?」
【タマ】
「ひ 人懐っこいっていう意味ですッ!」
【???】
「犬がお好きなんですか?」
【タマ】
「どうなんだろう。まだよくわからない……」
【???】
「………」
【???】
「か かわいい靴ですねッ!オシャレは足元からっていうし……」
【タマ】
「男はギャップに弱いから」
【???】
「………」
【???】
「そ そのためッ!?キレイめファッションにしないのは」
【タマ】
「美男美女は何を着せてもそれなりに整いますし」
【???】
「あなた もしかして私に恨みでもあるの?勝手に入ってきて」
【タマ】
「ち ちがッ!ヒントを得られるかもとッ!」
【タマ】
「ただ……」
【???】
「ただ?」
【タマ】
「不動の日課は 変化に弱い……」
【タマ】
「……と思います。0か100。決して孤独にさせちゃいけない」
【???】
「言われなくてもわかってますッ!早く出てってくださいッ!」
【リン】
「ワンッ!」
【タマ】
「………」
【リン】
「………」
【カズ】
「へへっ やろうども。きいておどろけッ!」
【カズ】
「ボクはほんもののたいいんになったんだッ!しれいもあたえられてる。どうだまいったかッ!」
【ケイ】
「ま マジかよそれッ!?すげーなッ!」
【カズ】
「えっへん」
【ケイ】
「……ずりいぞ。おまえだけ”ごっこ”そつぎょうなんて」
【チハル】
「フン。どうだかね」
【ケイ】
「たしかにそうだな」
【カズ】
「………」
【カズ】
「わす――」
【チハル】
「そのオチはつうようしない」
【カズ】
「わ わかるだろッ!?はなせないんだッ!きみらをまきこむわけにはいかない」
【チハル】
「……はなしたじてんでまきこまれてるって」
【ケイ】
「だがチハル。たいちょーはほんとうにいるみたいだぞ」
【チハル】
「ケーもかわらずワンパターン。おとこのこってどうしてつっこみたがるのかな」
【ケイ】
「だってきになるじゃん」
【チハル】
「あっそ。わかりました。ならガツンといってやらないとね」
【カズ】
「あの~おふたりさん。はなしがすすんでるようですがたいちょーにはにんむすいこうまであえませんよ」
【ケイ】
「なんでだよ。ほんもののたいいんならひじょうじのれんらくしゅだんぐらいもってるだろ」
【カズ】
「ボクたちのごっこはリアルさももとめてるんじゃなかったか?」
【カズ】
「しっぱいしてはかおむけできない。いのちかけてるんだから……」
【ケイ】
「……いがいだ。いがいやいがい。おまえがここまでこばむとはな」
【ケイ】
「ならこちらがとるやりかたもかえさせてもらう。わるくおもうなよカズ」
【カズ】
「あれれ ケーってそんなごくどうづらだったっけ?」
【ケイ】
「おいしゃてい。いますぐこいつのみがらをこうそくしろ。ひとじちにする」
【チハル】
「………」
【ケイ】
「……チハル?あねごはだのチハルねえさ~ん。おねがいですからちからかしてくれませんかね」
【チハル】
「たいちょーっておんなのひと?」
【カズ】
「………」
【カズ】
「ち ちがうわいッ!」
【ケイ】
「きいてみるもんだな。かずうちゃいつかはあたる。かんぜんにつんだ」
【ケイ】
「いやいやおみそれしました。おんなおやぶんどころかじょていにひってき。おれもいちどはくっぷくさせられたい」
【チハル】
「はなすきになった?カズ」
【カズ】
「……はなします。はなさないとききこみそうさごっこがはじまるので」
【チハル】
「そのいさぎよさにめんじてゆるしてやってもいいんだけど……」
【カズ】
「………」
【ケイ】
「……おんなってこわいな」
【カズ】
「……よくぶかいよね。もろいくせに」
【菊池】
「みんなーッ!早く教室に入りなさーいッ!」
【菊池】
「特にそこッ!あなたたちが一緒にいるとろくなことが起きないんだからッ!散る散るッ!」
【カズ】
「こ こういうさくせんはどうかな」
【カズ】
「ぬいぐるみをふとんのなかにねかせておひるねのじかんにこっそりぬけだすってのは」
【ケイ】
「いっかしょにしゅうちゅうさせたらせんせーのかんしがいきとどいちまうだろうが」
【チハル】
「ほいくえんはいいな。おひるねのじかんがあって」
【カズ】
「………」
【ケイ】
「……カズ。つっこみにすくわれたことかんしゃしろよ」
【カズ】
「スベってもまたボケられる。つっこみのおかげで」
【カズ&ケイ】
「あははは」
【チハル】
「……チハルかいさんしたい。チハルにしないなら」
【ケイ】
「こうどうにうつすのはおひるごはんのあとのじゆうじかん。おちあうばしょはだいがくのせいもん」
【ケイ】
「なお とうそうけいろはかくじでかくほすること」
【カズ&チハル】
「 ラジャッ!」
【ケイ】
「こううんを……」
【菊池】
「どんなひそひそ話をしてるのかな?先生も交ぜてくれない?」
【ケイ】
「あっ きくちせんせい。カズがよふかしたしたみたいで……」
【チハル】
「……とみせかけてほんとうはねだめがもくてきだったりしてね」
【菊池】
「あなたたちは手を貸さないように。わかったわね?」
【ケイ&チハル】
「は~い」
【ケイ】
「(カズのためじゃない。おれがあいたいといってるんだ)」
【チハル】
「(チハルはチハルにしたがってるだけ。ただそれだけ)」
【カズ】
「(わからないや。あいまいすぎて。じりきもてをかしたことになるの?)」
【青山教授】
「安藤さん。伊吹さんはまた欠席ですか?」
【里紗】
「7月になれば顔を出すかと」
【青山教授】
「本人がそう言ったんですか?」
【里紗】
「いえ これまでの行動パターンからみて」
【青山教授】
「ということは 今どこで何をしてるのか見当がついてるはず」
【里紗】
「連れて来い ってことですか……」
【里紗】
「一言声掛けたくらいでお世話係に任命された私の身にも……任期はいつですかー?青山センセー」
【誠也】
「興味本位で関わるからだろ。最後まで面倒みろよ」
【里紗】
「あんたはだまらっしゃいッ!」
【絵里】
「あなたを尊敬します。どれほど?かなりです」
【里紗】
「興味はあるんでしょー?じゃあ代わりなよ。日替わりがいいと思いまーす」
【青山教授】
「安藤さん。どうにかして伝えてくれませんか?今日中に私の研究室に顔を出さなければ留年だと」
【里紗】
「山があちらこちらに見えるように ケータイ否定派が相手じゃ連絡の取りようが……」
【青山教授】
「皆さんも同意見ですか?」
【誠也】
「オレは世話係の意見を尊重します」
【絵里】
「伊吹さんはゼミに出たくない。なぜかって?この場にいないから」
【里紗】
「……そんなに仲間想いならあんたらが引っ張ってこいっての」
【里紗】
「成績あげろよこのやろーッ!」
【里紗】
「サボる気満々だこのやろーッ!」
【里紗】
「果たせば次の仕事をフラれると 知らされてるからついつい便乗してしまう」
【里紗】
「……ふられる?」
【里紗】
「ちょっとあんたッ!今夜合コンだよッ!?自滅してどうすんの……」
【里紗】
「来るべき時に備えて もっとこうテンションあげていかないと。今のうちから尻上がりに」
【里紗】
「………」
【里紗】
「あっ もしもしさっちゃん」
【里紗】
「そう。時間できたんだ。今から”お茶”でもしない?」
【里紗】
「心配?なわけあるかッ!くっちゃべりたいだけです」
【里紗】
「……はい。コンディション調整ともいいます」
【チハル】
「………」
【ケイ】
「………」
【カズ】
「………」
【菊池】
「(……お絵描きにしては 大人し過ぎて気味がわるい)」
【菊池】
「………」
【菊池】
「(……しかも真剣。揃って何か企んでる)」
【菊池】
「(かといって迂闊にやめなさいとは言えない。ましてや子供。否定は)」
【菊池】
「ケイくんはどんな絵を描いてるのかな?先生にも見せてくれる?」
【ケイ】
「はいせんせい」
【菊池】
「大きな怪獣さんねッ!ヒーローは……これから変身するのかしら?」
【ケイ】
「え~とわかっちゃいました?ふゆみにはかなわないなぁ。おどろかそうとおもったのに」
【カズ】
「あははふゆみってよびすてにしたッ!」
【チハル】
「チハルしらなかった。せんせいふゆみっていうんだ」
【冬美】
「こらこら 先生の名前で遊ばない」
【チハル】
「………」
【ケー】
「………」
【冬美】
「……ん?」
【カズ】
「ケーくんばっかりずるい。ボクのかいたえもみてくれなくちゃ」
【冬美】
「え? ああごめんごめん。いま見るから」
【冬美】
「カズちゃんはどんな絵を描いたのかな?」
【???】
「………」
【祐輔】
「今日も仕事しないでダラダラ過ごすんですか?」
【亮】
「バイトのお前がそれ言うか。それを」
【祐輔】
「佐藤さんは正社員です」
【亮】
「だったらオレの指示に従えッ!」
【亮】
「ダラダラ過ごす。以上だッ!」
【祐輔】
「……今日限り 辞めさせてもらっていいですか?」
【亮】
「君は なにか。我がイベント企画会社に不満でも?」
【祐輔】
「………」
【さゆり】
「……あんたじゃない。あんたじゃ」
【さゆり】
「ってツッコミ入れないとダメよバイトくん。はいやりなおし」
【祐輔】
「佐藤さんは自分自身でも正社員と認めました」
【さゆり】
「あさいッ!誤審で有効とする」
【亮】
「代表の座を狙ってどこが悪いッ!?これからなるんだよッ!そう 今日にもな」
【祐輔】
「立派なオフィスですね。こんな雰囲気で仕事できたら……」
【さゆり】
「……なぜあたしをみる? 大学生」
【さゆり】
「美しいからって惚れちゃダメだぞッ!美しいからってッ!」
【祐輔】
「どちらかといえば 志賀さんの方がまだまともだと」
【さゆり】
「か 勝ったッ!」
【亮】
「ま 負けたッ!」
【祐輔】
「そこは怒るところでしょ」
【???】
「私は小林に怒っていいか?」
【亮&さゆり】
「チーフッ!?」
【雄二】
「お前 大学はどうしたんだ?」
【祐輔】
「単位は落としませんッ!」
【雄二】
「終わってから顔を出せ」
【祐輔】
「仕事が……あるんですね?」
【雄二】
「いちばんまともなチーフの指示だ」
【祐輔】
「………」
【祐輔】
「い 行ってきますッ!」
【雄二】
「………」
【さゆり】
「……おいしいところはいつもチーフが持っていくんだから」
【亮】
「……だからいつまでたってもしたっぱなんだけど」
【雄二】
「それより 来るぞ。覚悟しとけよお前ら」
【さゆり】
「……わざわざ伏線を敷かなくても」
【亮】
「覚悟はチーフに遭った瞬間に」
【亮&さゆり】
「今夜はのみだおれか~ッ!!」
【祐輔】
「……バイト先を間違えた。結局 誰もまともじゃない」
【佳代子】
「あなたはまともなのかしら?」
【祐輔】
「へ?」
【佳代子】
「会えて光栄よ。りょうちゃんが欲しがってたアシスタントくん」
【佳代子】
「………」
【祐輔】
「できません。まだ何も貢献してませんから」
【佳代子】
「あっさりと払いのけたわね」
【祐輔】
「結果は出しますッ!仕事を与えて下さい。何でもやりますッ!」
【佳代子】
「私みたいなおばさんと握手したくなかった?」
【祐輔】
「………」
【佳代子】
「いきなり大将に直談判なんて まとものすることかしら?」
【祐輔】
「………」
【佳代子】
「男が頭を下げてもいいと思ってるの?」
【祐輔】
「ッ!?」
【佳代子】
「女は男に。男は女に。それぞれ負けちゃいけないの」
【佳代子】
「求めさせるのよ。張り合って。少しずつ」
【祐輔】
「………」
【佳代子】
「やる気はまだあるのかしら?」
【祐輔】
「まずは雑用マスターになってみせますッ!それじゃ失礼しますッ!」
【佳代子】
「知らないのは若いから という考え方ははっきり言って古いわ」
【佳代子】
「年上ならなめてかかる。年下ならなめられる。歳の差があればそれはもう……なおさらよ」
【佳代子】
「極端なことをいえば 私は赤ちゃんにだって尊敬の念を抱く」
【佳代子】
「今後も引き続き役職は維持するけど それ以外はフランクな職場作りを心掛けるように」
【亮】
「会社らしくない会社……今思えば おれはその言葉に心奪われたんだよな」
【さゆり】
「あたしはシンプル・イズ・ベスト かな」
【亮】
「他の内定先に断りの連絡を忘れるほどに」
【さゆり】
「それは入れないとダメでしょ~」
【雄二】
「………」
【佳代子】
「朝礼は以上になるんだけど……大屋 他に何かある?」
【雄二】
「いや」
【佳代子】
「うそおっしゃい」
【雄二】
「心に留めておきます」
【佳代子】
「ならどうしょうもない」
【佳代子】
「みんなッ! 今日から仕事始めよ。引き締めの意味合いで これから美術館へ行きます」
【幸】
「………?」
【里紗】
「こっちこっちッ!」
【幸】
「はぁ……」
【里紗】
「早いじゃん。もっとかかると思ってた」
【幸】
「……不在だったからね。抜け出すのは容易だってこと」
【里紗】
「また出張?教授の質はそっちが上か」
【幸】
「そういう先生なだけ。課題だけフッてすぐいなくなる」
【里紗】
「ICTは寝るだけで講義が終わるんだ。いいね。心理から乗り換えようかな」
【幸】
「………」
【里紗】
「突っ立ってないで 早く座れば?」
【幸】
「あのさ 里紗。思いつきで呼び出すのやめてくれる?」
【里紗】
「やきもきか」
【幸】
「え?」
【里紗】
「焦らなくていい。慌てなくていい。境界をきっちり引いてその線上を闊歩すればいいんだ」
【里紗】
「後悔 したくないんだろ?リズムを乱せば必ずそうなるぞ」
【里紗】
「こんな感じだったかな。よく覚えてないけど」
【幸】
「誰のこと言ってんの?というか頭大丈夫?」
【里紗】
「何とかね……」
【幸】
「話聞くよー」
【里紗】
「ありがとう……」
【幸】
「合コンに影響が出たら嫌だし」
【里紗】
「メンツレベル高いのッ!?」
【幸】
「はーい出ました。好みで目の色変えるところ。まずはそこを治療しないとね」
【里紗】
「聞き手のあんたが流されてどうする。ノリツッコミだよ少し間を持たせた後に」
【幸】
「ごめん。ガチだとは思わなかったから」
【里紗】
「……世話係を甘くみてた。もう我慢の限界ッ!」
【里紗】
「伊吹タマ。どうしてあんたはそこまでして人を悩ませるのよッ!」
【幸】
「あんたもあんたで悩ませる部類だと思うけどね」
【里紗】
「ゼミ決めで全てが終わってた」
【幸】
「そうかも」
【里紗】
「もっと下さい。もっと」
【幸】
「第一希望のゼミに集中。公平な面談をしたのち第二に落とされ――」
【幸】
「同様の現象が起きる。次も。次々へと。弾かれをようやく免れた学生が行き着くところは……」
【里紗】
「ブラックホールッ!」
【幸】
「ご愁傷様」
【里紗】
「おい」
【幸】
「もうすぐお昼だけど 食べてく?」
【里紗】
「ごちそうさま」
【ケイ&チハル】
「いただきますッ!」
【カズ】
「………」
【チハル】
「……たべないの?カズ」
【カズ】
「おべんとうをわたされなかった……たべられるわけない」
【ケイ】
「わすれただけだろ。おまえそういうところあるから」
【カズ】
「どうしよう……おなかすいた」
【チハル】
「どうしたいの?どうすればいいとおもう?」
【カズ】
「きくちせんせいにはなす」
【ケイ】
「ゆるせぇなッ!」
【冬美】
「???」
【冬美】
「……大声出して。今はお昼ご飯の時間よ」
【ケイ】
「あっ きくちせんせい。カズのヤツ。おべんとうをわたされなかったみたいで……」
【チハル】
「……そのはらいせにチハルのおべんとうをとろうとしたんです」
【冬美】
「あなたたちは少し黙って。先生が対応します」
【ケイ&チハル】
「は~い」
【カズ】
「………」
【冬美】
「先生はカズちゃんに一つだけ質問をします。正直に答えてね」
【菊池】
「ママは何て言ってたの?」
【カズ】
「タマおねえちゃんがよういする」
【冬美】
「………」
【冬美】
「……わかったわ。今日は先生のお弁当を食べなさい」
【幸】
「……にしてもさ あんたんとこのトラブルメーカーって 名前だけじゃピンとこない存在よね」
【里紗】
「またその話?それはそうだって。彼女は”伊吹タマ”で認知されてるわけじゃないんだし」
【幸】
「大抵の学生は ”いつも片手に手帳を持ってる人”で記憶と合致させる。まぁよくあるケースなんだけどね」
【里紗】
「あれ パソコンじゃなかったっけ?」
【幸】
「ゆとりある冗談じゃんか。それでこそ里紗だよ。もう立ち直った」
【里紗】
「借りは返したからね」
【幸】
「え?」
【里紗】
「高校からの付き合いじゃん。みてればわかるよ……」
【里紗】
「プログラミングがうまくいかないんでしょ?」
【幸】
「……はは バグられるのは慣れてるから。テスト大歓迎ッ!」
【里紗】
「まじめか」
【亮】
「ところで伊吹さん。”娘さん”は元気でやってますか?」
【佳代子】
「”蟹”を食べさせれば無口になるのかしら」
【亮】
「………」
【さゆり】
「うぅ 今日はやたら冷えるッ!もうすぐ夏なのに」
【雄二】
「ま 気を落とすな。また挑めばいい」
【亮】
「び 美術館は お昼食べてからにしませんッ!?……もちろんオレのおごりで」
【曜子】
「お電話代わりました。南風原です」
【冬美】
「担任の菊池です。お忙しいところすいません……」
【曜子】
「うちのカズがまたご迷惑を?」
【冬美】
「……いえ カズちゃんはよい子でやってます」
【曜子】
「………」
【曜子】
「先生もご存知のはずですよね?まだ子供ではありますが すでに大人びた考え方や物の捉え方ができることを」
【冬美】
「かもしれません」
【冬美】
「が 必ず食い止めてみせます(と言っておけば 煙は出ないわ)」
【曜子】
「食い止める?うちの子はまた何かしでかそうとしてるってことですかッ!?」
【冬美】
「(ほら 食いついた)」
【冬美】
「カズちゃんは今日お弁当を忘れて登園しました」
【冬美】
「理由を尋ねたところ 預け先に住む大学生のタマさん?が用意するはずだったと言ってます」
【曜子】
「………」
【冬美】
「(この沈黙はなに?嘘でもはっきりさせれば済むことなのに)」
【曜子】
「……菊池先生。うちのカズは今そこに?」
【冬美】
「え? は はい。代わります?」
【曜子】
「お願いします」
【カズ】
「いいでしょう。ではもんだい。せかいじゅうのそらをたびしたきぶんにさせてくれるのりものってなーんだ?」
【曜子】
「カズちゃん」
【カズ】
「きくちせんせいね。ボクからはなれないんだ。さびしいのかな。けっこんしたいのかな」
【曜子】
「カズちゃん」
【カズ】
「でもふたまたはいけないことだよね。おとこならはっきりきめなきゃッ!」
【カズ】
「ボクのおよめさんはタマおねえちゃん♪」
【曜子】
「……先生に代わりなさい」
【カズ】
「は~い」
【冬美】
「……今日はとりわけこんな調子で。おそらく次の被害者は――」
【曜子】
「子供のために子供を出しに使うなんて親のすることかしら?」
【冬美】
「はい?」
【曜子】
「いや こっちのこと。ちょっとした友情話。ごめんなさい」
【冬美】
「……た 大変ですね。お仕事を放棄されてまで迎えに来られるなんて」
【曜子】
「気持ちのいい返し。だからこそ安心して預けられました」
【冬美】
「そんな とんでもない。園児にわるい子がいないだけで 次のお子さんだって喜んでお預かり致しますよ。南風原さん」
【曜子】
「それはもうこりごり」
【冬美】
「私もです」
【曜子】
「………」
【曜子】
「と言わず 一晩だけうちのクソガキを預かってもらえないでしょうか?」
【曜子】
「次の便に間に合えば今日中には迎えに行けると思うのでそれまで――」
【冬美】
「お断りします」
【曜子】
「降園時間までならどう?」
【冬美】
「え……?」
【佳代子】
「店員さ~んッ!とりあえず生4つ。大至急ね」
【雄二】
「美術館はどうした」
【さゆり】
「そう言わず 楽しく飲みましょうって。なんたって亮のオゴりなんだし」
【亮】
「し 初っ端からこのテンションなんだぞッ!地獄だ。きっと地獄を見ることになる」
【チハル】
「かみしばいしさん。おじかんですよ」
【ケイ】
「……わるいなぁチハル。おとこのゆうじょうにくびをつっこませて」
【チハル】
「はやくはじめたら?ばらばらになるまえに」
【ケイ】
「そうだな。あいつらがかえってくるまえに」
【ケイ】
「みんなきいてくれッ!これから4まいのえをじゅんばんにみせていく」
【ケイ】
「おえかきのじかんにかいたものだ。えんしゅつはBGM。あねごはだのちはるさんがわざわざよういしてくれた」
【ケイ】
「とりあえずはくしゅ♪」
【チハル】
「……よういもなにも。チハルはいつもおんがくといっしょだし。ってとりあえずはよけい」
【ケイ】
「(ばかッ!ちゃんとりあくしょんしろよ)」
【チハル】
「(えらそうなたいどをとらないでよ。チハルのせんきょくにまちがいはないんだからッ!)」
【大輔】
「それがかみしばい?うそだーそんなの」
【滋】
「ねぇねぇけいくん。どんなおはなし?ウサギさんとカメさんはでてくる~?」
【ケイ】
「え?ああ……それはな」
【ケイ】
「おまえらがきめる。というかきめていいんだ」
【滋】
「え?どういうこと?」
【ケイ】
「このよんまいかみしばいにせりふやぶんしょうはいっさいでてこない」
【ケイ】
「かんがえるんだ。えをみて」
【ケイ】
「それぐらいあさめしまえだろ?こたえをじぶんできめられるんだから」
【智昭】
「けいくんってえかくのうまいね。とってもみやすい」
【ケイ】
「さあみなさんおまちかね。かみしばいのはじまりはじまり~ッ!」
パチパチ――。
【チハル】
「……にまいしあげたからってえらそうにしきっちゃって。みてらんない」
【佳代子】
「あと核弾頭同士の衝突地点も」
【雄二】
「対抗馬を見つけて」
【佳代子】
「フッフッフッ……ようやくね」
【さゆり】
「酒のつまみにしては相性よすぎッ!どんどんいけちゃうッ!!」
【亮】
「チーフ 報告が遅れてすいません。”よかったじゃないか”が抜けてるとのことです」
【雄二】
「同じか?」
【佳代子】
「ええ 初期の主人公タイプ。まさに当社が求める最低限の人材」
【さゆり】
「オチは娘さんの代表就任でした」
【佳代子】
「彼女なら自分で会社を立ち上げる」
【亮】
「おぉッ!飛ばした……」
【雄二】
「……相変わらず公私混同しない大将だ」
【佳代子】
「至極当然。されればされるほど闘志を燃やすタイプは自分で仲間を集める。私がそうだったようにね」
【ケイ】
「………」
【チハル】
「………」
【チハル】
「”敗北”に伏線を敷いても それに従わないのがケーのいいところだと思う」
【ケイ】
「戦隊モノと魔法少女のコラボは全然褒めてくれないんだな」
【チハル】
「そして二ューヒーローに抜擢された園児達は ほどなくして”怪獣”退治に出掛けましたとさ……」
【チハル】
「……これで満足?」
【ケイ】
「満足なもんか。旨く行き過ぎてつまらな過ぎる」
【チハル】
「罪だよね」
【ケイ&チハル】
「よい子過ぎるって」
【佳代子】
「りょうちゃんと大屋ならわかるんじゃないかしら?」
【雄二】
「男だったのか」
【亮】
「いやいや そうくるならなぜおれが対抗馬にならなかったんでしょうねッ!」
【佳代子】
「男の子が大人の女性に恋をした……」
【亮】
「くッ!?」
【雄二】
「………」
【さゆり】
「なに 気持ちってコト?」
【雄二】
「煙草吸わせてくれ」
【亮】
「チーフ。おれにも一本下さい」
【さゆり】
「からっぽのおもちゃ箱がからっぽの宝石箱に恋をすると……」
【佳代子】
「さゆりちゃん。ついていけないなら缶コーヒーでも買って来てくれる?」
【カズ】
「………」
【ケイ】
「カズ 見てみろ。これが本当の自由だ」
【カズ】
「自由……?」
【ケイ】
「……もう無い。何も。チハルにパスッ!」
【カズ】
「………」
【チハル】
「………」
【チハル】
「……チハルはカズが大嫌いだったから あれこれ首を突っ込める仲になれた」
【カズ】
「大嫌い……?」
【チハル】
「本当の恋と本気過ぎる恋との間に境界線を引けないなら 雨が降ろうが槍が降ろうが添い遂げるべき」
【カズ】
「添い遂げる……?」
【チハル】
「カズは 今誰に恋をしてるの?」
【???】
「………」
【タマ】
「……クソガキに比較する過去があるとでも?」
【里紗】
「なくても善悪の区別はできると思うけどね」
【タマ】
「怖さに慣れるとはそういうこと。今度は慣れることに恐さを覚える」
【里紗】
「めんどくさー」
【タマ】
「………」
【タマ】
「……わかったよ。行ってボロクソ言われてくる。それで息が整うなら」
【里紗】
「ちょっと 車で行く気?」
【タマ】
「戦国時代なら使えない」
【里紗】
「あんたが扱えると思ってないだけ」
【佳代子】
「『……あなたってば 今の今まで自分の性格をどうにかしようとは思わなかったの?』」
【曜子】
「『そっちが変わってくれたと思ってたからね』」
【佳代子】
「『そういう気構えが子に対しても期待を抱かせたのかしら』」
【雄二】
「………」
【亮】
「………」
【曜子】
「『御託はいい。佳代子……あんた うちの子供に何吹き込んだ』」
【佳代子】
「『+と=を提供しただけ。要するに紹介ね』」
【曜子】
「『いつだってそう』」
【佳代子】
「『それしか言いようがないもの。どんな数字が入って どんな答えになるかは全てあの子達が考え 決めたこと……』」
【佳代子】
「『人が人に出逢って何が悪いッ!?』」
【さゆり】
「………」
【佳代子】
「『悔しかったら 論破してみなさいよ。あの時のように さあ早くッ!』」
【曜子】
「『恋をしなきゃ親にはなれない』」
【佳代子】
「『つまり?』」
【曜子】
「『葛藤には勝てない。誰もね』」
【タマ】
「ウィンカー消して」
【里紗】
「どうして?左折した方が早く着くのに」
【タマ】
「この交差点は直進しか知らないから」
【里紗】
「はぁ?」
【タマ】
「行動範囲を狭めないと追い付けないだろ?」
【里紗】
「一生追い越せないっての」
【タマ】
「現実にしたらそうも言ってられなくなる」
【里紗】
「変わったお客さんだ」
【タマ】
「………」
【里紗】
「………」
【里紗】
「新しい景色見たくありません?」
【タマ】
「見たくない」
【里紗】
「つまんない人生送ってますねー」
【タマ】
「よく言われる」
【タマ】
「……徒歩」
【里紗】
「車使ってますけど?」
【タマ】
「雲が空を隠したがってるんでね」
【祐輔】
「雨……?気のせいか」
【さゆり】
「……美術館の後はクラシックコンサートか。仕事始めはいっつも眠たくなる」
【雄二】
「作者不詳作品さまさまじゃないか。そうだろ佐藤?」
【亮】
「タイトルかかってるんですからそりゃもう……」
【雄二】
「ワクワクするって?悪い私もだ」
【雄二】
「――行くか」
【亮】
「創りに」
【さゆり】
「仕事にね」
【タマ】
「……あたしはここでクソガキを待つだけ」
【里紗】
「あんたにも望遠鏡が贈られてたんだ」
【タマ】
「大人が絡めばひとまず事態は収束に向かうだろ?」
【里紗】
「え?あぁ……おめでとさん」
【タマ】
「年上ははっきりしていていいな。ナメられまいと安易にからかってくる」
【タマ】
「んで その代償があれ。後悔の帰還」
【タマ】
「誰だってナメられたくない。誰もそれを論破できないのにどうして否定したがるのか……」
【里紗】
「重みを感じない体質なもんでね」
【タマ】
「……争いなくして成長は望めないのにさ」
【里紗】
「まぁその指摘に関しては 全てのフィクションが教えてくれてるはずなんだけどね」
【タマ】
「いかに妥協せずに信じられるか。いかに現実と理想の間に境界線を引けるか。いかに自分を知ってるか」
【タマ】
「ほんとうにフィクションは現実に実在するか」
【タマ】
「……いまにわかる」
【里紗】
「………」
【菊池】
「……ん?」
【タマ】
「こんにちは。クソガキを――――ッ!?」
【タマ】
「誘拐していきます」
【菊池】
「………」
【里紗】
「………」
【カズ】
「(乗り心地最高~♪)」
【佳代子】
「……どう。今夜一緒に飲まない?出番は終わったわけだし」
【曜子】
「盛大な打ち上げになりそう」
【佳代子】
「被害者は全員呼ばないと」
【曜子】
「喧嘩売ってる?」
【佳代子】
「一週間後に答えてあげるわよ」
【タマ】
「これからどこへ行こうか?」
【カズ】
「つくまえにたいようがしずんじゃうよー」
【タマ】
「終わらせた」
【カズ】
「自分は気付いていた」
【タマ】
「お前に期待なんかできるか」
【カズ】
「自分がこう動けばああなるって……直感が教えてくれたんだ」
【タマ】
「ああ言えばこう言うよりタチが悪いな」
【カズ】
「事実 学長室に乗り込まず幼稚園に留まれた。籠城を決め込まなかった」
【タマ】
「おかげで見せ場を失った」
【カズ】
「嫌われ者にさせたくなかった」
【タマ】
「………」
【タマ】
「変化に順応した」
【カズ】
「……はは 強がるなよ。突き当たるまでまっすぐ縛りでいいからさ」
【タマ】
「ナルシストは言わずにはいられない」
【カズ】
「お前を本気でブレさせる自信があるッ!」
【カズ】
「現代は自分の十八番なんでね」
………。
……。
…。
【???】
「磁力線は見えてる?おふたりさん」