アナザーの襲撃
授業に戻ったものの、内容など頭に入るはずがない。
いつアナザーが来るか分からないってのに、気を緩められるわけがない。
それは速水も同じことだろう。
それに……あの時の運が良かっただけにしろ、俺は速水に勝ったことになる。
つまり俺より弱い速水と、まだ一人前にもなっていない俺2人がアナザーと闘ったところで何が待ち受けているか――それは容易に想像できる。
もし、命まで取られたら……どうしよう。この世界にはあまり楽しみは無かったけど、でもそれじゃあ今日死ぬかと言われれば素直に受け入れるなんて出来ない。
しかし時間は過ぎて行く。
何事もないまま……ついに、最後の授業が始まった。
チャイムが鳴ると同時に生徒が椅子に座る。
そのいつもの光景に俺はすっかり安堵していた。もうきっと今日はアナザーは来ないだろう、と……
先生が教卓に立った時だった。
一瞬周りの全ての音が消えた。目の前にいる先生に何の動きも感じられない。
周りを見ると、生徒達は全員不自然な格好のまま動きを止めている。
これは……?
立ちあがって教室を見渡すと、速水だけが動いて、俺と同じように立ちあがった。
「何だよ、これ。みんな動きが止まってる……」
「来た……」
速水はそれだけ呟いた。呟くと同時に俺の後ろから声が聞こえた。
「せいかーい!今、君ら以外は動きを止めてるんだ。僕の印でね!ふははっ」
妙に違和感のある高い笑い声に驚いて後ろを振り向くと、そこには中学1年生ぐらいの身長の、黒髪で可愛らしい顔の男の子が笑顔で立っていた。
「印?もしかして……お前がアナザー?」
俺は恐る恐る尋ねた。速水も息を潜めてその少年に意識を集中させた。
「わかってるくせにぃ!今日は君の『疾風迅雷』が欲しくて来ちゃった。ねっ、ちょーだい!ふはははっ!」
最後に高い笑い声を入れるのはこの子の癖なのか何なのか……。
高いテンションのまま少年は俺に手を差し出した。
俺の印を出せという意味なのだろう。
速水は、
「渡すわけないでしょ!人の印は、その人が死ぬまで奪ってはいけないことになってる!」
と叫んだ。
その声に対して、少年はゆっくりと首だけ速水の方に向けて言った。
「あー、速水家の子だよね?君の印は確か『鏡花水月』……ふははっ!安心して。そんな弱い印いらないよぉ。幻を見せる能力なんて子どもの玩具だもの」
速水は眉を吊り上げて苦い顔をした。
気に食わない子どもだ。
「渡せば……みんな元に戻してくれるんだな?今後一切俺たちに近づかないと約束してくれるか?」
俺がそう言うと、速水が駄目っ!と叫んだ。
「うん、もちろんだよ。”君には”近づかないでおこう」
「いや、駄目だ。今後一切、印を奪うなという意味だ」
俺は首を振って否定した。
少年はそれを聞くと少し首をかしげて、俺を笑顔で見つめた。
「それは無理」
「じゃあ……渡さない」
「うーん、交渉決裂。まぁどっちでも良いんだけね、君の答えがどうであれ僕はとりあえず殺せと言われてるんだから。ふははっ!」
少年は急に顔の表情を強張らせると、こっちに駆けてきて印を取り出した。
すかさず速水が印を取り出し、
「色即是空、空即是色……速水伝承の印、鏡花水月!!」
言うや否や、周りに大洪水が現れた。俺の周りにも水が覆っていくが、今度は苦しくない。
俺には技をかけていないからだろう。
大洪水はぐるぐると渦をつくり、やがて少年を巻き込んだ。
しかし、すぐに少年は叫んだ。この状況に置いて、なんとも楽しそうに。
「枯木寒巌!」
すぐに上から人間の何倍もの巨大な岩が降ってきた。
俺たちは避けるのに必死で、速水の印の効果も消えてしまった。
ドォン!ドォン!と、振り続ける岩はついに俺たちの前まで迫ってきていた。
俺は速水を俺の後ろに立たせ、印を取り出し、
「風宮伝承の印、疾風迅雷!!」
と叫んで竜巻を出した。出来る限り精神を集中させて、今まで以上の竜巻を――!
俺の前から竜巻が唸りを上げて飛び出し、俺の目の前の岩を吹き飛ばし粉々にした。
だが俺の竜巻は、まだ俺の精神力では何分も持たない。
次々と降って来る岩に押しのけられ、力が弱まった竜巻はついに消滅してしまった。
「くっそ……!」
もう精神力が残ってない……今ほどの大きさの竜巻を出すなんて無理だろう。なんて、なんて弱かったんだ俺は……!
俺と速水が諦めかけたその時――、
「火墨伝承の印、活火激発」