アナザー
「あいつら、って誰だよ」
先に切り出したのは俺だった。
さっき速水が言っていた、印を持つ4家系が集まる日を狙って現れるという奴らのことを聞いた。
速水は何も答えず、どこかへ走っていってしまった。
おいおい……引きずっといて何もなしか?
と思っていたらすぐに戻ってきて、その手には濡らした雑巾があった。
それで埃が被った椅子を拭き、その上に腰を下ろした。
俺の分も拭いてくれるかと思ったが、そんな優しいやつではない。
俺に雑巾を突き出しただけだった。
続いて俺も座ると、速水は話しだした。
「本当に何も聞いてないんだね。あなたのお父さんは、あなたを巻き込みたくないから情報を与えないようにしてるのかも。だって普通、こんな家系に生まれたなら詳しいことを小さい時から教えられて当然なのに」
「小さい時なんて、俺の家がこんな変な家系ってことすら知らなかったからな」
速水は、それなのに私は負けたのね……と小さく呟いた。
昨日の話だろう、俺に負けたのを引きずっているようだった。
「あ、あいつらの話だったよね。あいつら、って言うのは印を盗んでいる集団のこと。あいつら自身は『アナザー』って呼んでる。私達の3世代前ぐらいから現れて、もう既にいくつかの印はアナザーの手に渡ってる。それに最近じゃ子どもの数も減って、印が余ってる状態だからどんどん盗まれちゃってるらしいの」
「印を盗む集団、なんてあるのか?でも、盗んでどうするんだよ」
印を盗んだ所で、それが使えなきゃあんな物ただのお札だ。
どこかの骨董屋に持って行ったとしてもその価値は分かるはずが無い。
「もちろん、使うに決まってるでしょ。あいつらは何故か使えるの。本来なら印はその人の血によって使えるかどうかが決まる。由緒正しい4家でなければ使えるはずなんてないのに……まだ証拠はないけど、アナザーの中の誰かと4家の誰かとの間に子どもが存在していて、今も血を受け継いでいると考えれば辻褄は合うの」
なるほどな。
そんな複雑な話だったとは。
って、それって不倫ということに、なるのかな。
3世代前ということは俺の祖父の時代か。つまり、この俺が持っている印を使っていた人物が健在していた頃、誰かが不倫して、その不倫相手と子どもがアナザーを作ったということか。
「こんな能力、現代でどう使うんだよ。馬鹿馬鹿しい。マジシャン一家にでもするつもりか?」
俺が苦笑しながらその現実味の無い話を馬鹿にすると、速水はあからさまに不機嫌な顔を見せた。
「何言ってんの、この印が使えれば世界征服だって可能なんだよ?あいつらはそれが目的なんだよきっと」
速水は思いつめたような表情だったが、そんな漫画みたいなこと俺の知ったこっちゃない。
俺には関係ない。というか、俺はもうこんな印と関わる生活なんて辞めたいんだ。
どうぞ盗んでくれって言いたいよ。
「まぁ、そんなこと言われたところでどうしようも無いな。俺は何も出来ない」
そう言って階段を下りようとすると、
「ちょっと!何無責任なこと言ってんの!来るんだよ?私達を狙って……この学校に!」
速水がそう叫んだ瞬間、俺の足は止まった。
そんな印を使える奴らがこの学校に来てしまったら……大騒ぎになるに違いない。
何人もの死者が出るかもしれない。
「そうなれば警察が動く」
俺が言い返すが、速水の緊迫感は収まらない。
「人の力が勝てると思う!?それに……アナザーには記憶を消す印もあるって聞いた。この学校が滅茶苦茶になっても誰もそれを思い出せない……」
俺は驚いた。そんな印があるなんて。
俺はふと、いつも一緒にいる友達の顔が思い浮かんだ。
あいつら……それに、クラスの皆も、全て、全て滅茶苦茶にされてしまうかもしれない。
俺たちの、俺のせいで。
やっぱり何もしないなんて出来るわけないよな。
なんとしてもこの学校は守り抜かなきゃ。
「分かった。もし来たら、協力はする」
それだけ言って、去ろうとしたら授業終了のチャイムが鳴った。
俺は自分のポケットから印を取り出し、強く握った。
クシャ、と折り曲がった印は、俺が手を離すとすぐに元の状態に戻った。
印は多少ボロボロにされてもすぐに修復される。
まだ竜巻しか出せない……。竜巻しか出せない俺に、一体何が出来るんだろう。
でも、やるしかない。
俺は急いで教室に戻った――。