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疾風迅雷  作者: 抹茶犬
本編
5/11

同じ境遇


冬もそろそろ厳しくなってきた。


俺は学校帰りの道にある坂を下りながら、ほぅと白い息を出していた。


普段なら大通りを通って帰るのだが、今日は静かな道を通りたい気分になって、人通りの少ない道を選んで家に近づこうとしていた。


道を右に曲がった所で、薄暗いトンネルが見えた。


こんな道は来たことがない。


少し気味が悪かったが、昼間ということもあったので勇気を出してトンネルに入った。


俺の足音だけが響く――


コツ…コツ…コツ…トトトッ…


―――えっ!?


ちょっと待った。俺は息を潜め、足を止めた。


今さっき、走るような足音が聞こえた気がするんだが……。


もちろん、俺は走ってなどいない。


一気に顔から血の気が引くのが分かった。


恐怖心は募って行くばかりだったが、振り向かないわけにもいかない。


思い切って、バッと振り返ってみると――


そこには、女が立っていた。


「うわああああぁぁ!!!」


トンネル内に俺の悲鳴が響き渡り、女は驚いたように目を見開いた。


「ちょっと、何っ、何よっ!」


女は血相を変えて俺に怒鳴り散らしてくる。


普通の日本語だったし、声のトーンもよくいる女性の声だった。


幽霊――ではなかったみたいだ。


そうと分かれば、俺としては恥ずかしさが込み上げてきて、何か言葉を発せる状態ではなかった。


なんせ、高校生にもなった男が女の子にビビって悲鳴を上げてしまったのだから。


「何ビビってんのよ」


そう言われたが、何も言い返せずその女の子の全身をまじまじと見ることしかできなかった。


まず目についたのは、俺の学校の制服だった。女子は全員これを着ている。


茶色のブレザーに、白のセーター、赤のチェックスカート。


俺の学校はこの制服だけが自慢と言って良いほど、女子の制服には力を入れて可愛い物に仕上げていた。


だから、すぐにこの女の子が俺と同じ学校だということが分かった。


そして、肩ぐらいまでのボブで茶髪、身長は低く、丸い目と赤い頬が特徴的だ。


なかなか可愛い子じゃないか、と見つめていると、


「ちょっとじろじろ見ないでくれる!?通報するわよ!」


と眉を上げて叫ばれてしまった。


これで大人しい性格なら最高なのに、もったいない。


彼女は咳払いを一つしてから


「あなた……風宮君、でしょ?」


と俺に尋ねた。


俺は頷いて返事を返すと、彼女は急にポケットに手を突っ込み、見覚えのある紙切れを取り出した。


彼女が指の間に挟んだその紙は、紛れもない――「印」だった。


「えっ!?」


と驚く間に、彼女は呪文を唱えていた。


「色即是空、空即是色……速水伝承の印、鏡花水月!!」


俺とは呪文が少し違う。おそらく人によって、または教わった人によって呪文は違うのかもしれない。


彼女は印を挟んだ2本の指を俺に突き出した。


その瞬間、俺の周りから大量の水が溢れだした。


「はぁ!?」


顎が外れるかと思うぐらい、驚くべき現象だった。


これは――夢を見てるのか?


と、考える暇もなく俺は海の中にいるように水に包まれてしまった。


大量の水だ。すぐに俺の頭上に水面が来て、そのまま水面は見えなくなってしまった。


前をなんとか見ると、彼女は平然と海の中に立っていた。


ほ、本当に息が苦しい!


酸素を探しながら悶える俺のポケットからは――「疾風迅雷」と書かれた印が出てきた。


すかさずそれを手に取り、唱える。


「風宮伝承の印、疾風迅雷!」


水の中では唱えるのが難しい。余計に水に包まれる以前に体内に取り入れた酸素を消費したみたいだ。


その途端、俺の周りからは竜巻が発生し、彼女に向かって大きくなっていく。


今までに出たことのないぐらい大きな竜巻だった。


あれって、人を巻き込んでも大丈夫なのか?という疑問はあったが、今はつべこべ言っている暇はない。自分が死ぬかどうかの瀬戸際なのだから。


彼女の悲鳴が聞こえたような気がして、次の瞬間、俺の周りの水はあっと言う間に消えた。


どこかに流れたというわけでもなく、まるで水が空気中に溶け込んだかのように消えたのだ。


彼女だけは、トンネルの中でうずくまって苦しんでいるようだった。


慌てて彼女の元へ行き、肩をつかんだ。


「大丈夫か?」


とだけ聞くと、彼女は顔を上げ、


「やっぱり、私の印なんてそんな物よね……所詮、幻に過ぎないんだから…うぅ……」


と声をくぐもらせて呟きながら、目には涙を溜めていた。


「はぁ?印って……もしかして……」


俺が答えを出す前に、彼女は答えた。


「そう。私、印が使えるの。風宮君も、使えるでしょ?」


何?なんて言った?


まさか、自分以外に印を使える人がいるとは――。


嘘なんかじゃない、俺はさっき目の前で証拠を見せつけられたのだ。


それに、俺と同じ学校に、こんなに近くに同類がいたなんて。


頭が整理できるまで何十秒かかかってから、俺は口を開けた。


「あ、ああ。えっと、速水伝承、とか言ってたから、名前は速水か?」


彼女は小さく頷いた。


「そっか。速水は、何で印が使えるんだ?俺と同じ家系なのか?」


「聞いてないの?印を使える家系の名前。まず、あなたの『風宮家』。それから、私の『速水家』。あと2つ、『雷丸家』と『火墨家』があるの」


彼女は俺の竜巻の打撃を受けたせいか、ずっと座ったまま俺と話していた。


彼女の説明からすると、彼女は『速水家』に属していて俺とは別の家系だということ。


本当にあったんだな、俺の家系以外にも印を使える家系が。


親父に聞いた時は、嘘だと思っていた。


俺と同じ境遇の人なんて、いない。俺だけが孤独だと――思い込んでいた。


いや、速水も孤独だったと思っていたかもしれない。


「本当にごめんなさい。風宮君は印のことを隠すと思ったから、勝負すれば正体を現してくれると思ったの。でも、あっさり負けちゃった」


速水は悲しそうに俯いて、唇を噛みしめた。


「でも、目的は果たしてるじゃねーか。俺はこうやって正体を現したわけだし」


俺がそう言うと、速水は少し口角を上げた。


やっと速水は地面から起き上がり、俺と目を合わせた。


「さっきの海みたいなの、なんだよ」


「あれは全部、幻で出来てて本当は水なんて無いの。でも本人に水の中にいるように錯覚させてるから息も出来なかったでしょ?」


あれが幻?すごいな。


速水の印は、人に幻を見せる能力があるみたいだ。


それにしても、もし俺が息が出来ないと錯覚したまま溺れ死んでいたらどうするつもりだったんだ?


俺はありもしない海の中で錯覚だけで死ぬところだったのか……。


親父に訓練してもらっていて、やっと役に立つ日が来たってわけだな。

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