夜中の巡回
私が常勤で働いていた頃の体験です。「本当にあった怖い話」です……。
病院―――、医療施設という場所には、〝ナニ〟かが潜んでいるのだろうか。
私は桜井美香。
今日も朝早くから出勤し、お年寄りの朝食介助、オムツ交換、トイレ誘導、ベッドメイク、そして、今度は昼食介助―――。延々と続く、仕事。
私の仕事は介護職だ。
つらくない職業と言ったら、全くの嘘になる。だが、自分で選んだ道だ。後悔はしていない。
あの日、あの夜は、夜勤だった。
夕方に出勤し、次の日の朝方に帰る。私の担当フロアは二階の認知棟。私ともう一人の職員だけで、仕事をする。
こちらに仮眠の時間などない。一時間ごとの巡回やオムツ交換、急変したりする人もいる。一晩中、気が抜けない勤務だ。
あれは確か、一時か二時くらいだった。いつも通り巡回をしていた。真っ暗な部屋を、枕元の小さな電気をつけて寝ているか確認していく。
「―――っ!!」
その部屋に入った途端、叫びそうになった。
暗闇の中で、ベッドに腰かけぼんやりと起きている、田中さんがいたのだ。
「どうしたの? もう遅いから眠ったほうがいいですよ」
私は電気をつけて、横になるよう促した。
「……あれ? おねえさん、また来たの? さっきの人じゃないね」
「さっきの人?」
もう一人の夜勤者、佐藤さんとは両端から巡回を始めている。重なることはまず、ない。寝ぼけている感じ―――でもないようだ。認知棟にはいるが、はっきりしている方で、変な話をする人でもない。すると―――。
「看護婦さんがね、今来たんだよ。私を見に来たの」
「看護婦さん? ? どんな人だったの?」
「頭に帽子をかぶってたよ」
帽子。―――ナースキャップのことだろう。
―――え?
私はゾッとした。この職場の看護婦は、ナースキャップを誰一人かぶっていない。しかもこのフロアには、私と佐藤さんの介護師以外、誰もいないはずだ。
変に鼓動が乱れる。そんな私に追い討ちをかけるように。
「何も言わないで出て行ったのよ、変な人よね。それでその後、すぐにあなたが来たの。看護婦さんに会わなかった?」
……何事もなく仕事も終わり、朝帰る時には、田中さんの話はすっかり忘れていた。
明後日、再び出勤した私は、凍りついた。
私が帰った日のその夜、田中さんは急変し、亡くなったのだという。
すぐに悪化する病気もなかったため、原因不明だった。
すぐさま、あの〝看護婦〟のことが頭をよぎった。田中さんが会ったというナースキャップの看護婦は、田中さんに死の予告をしに来たのだろうか。
それとも―――……。
誰もいない部屋から鳴る、ナースコール。鍵のかかったリネン庫から聞こえる囁き声。
そういう噂が、後を絶えない。
私は今日も仕事だ。
そして夜勤がくる時、必死で願う。
誰も、あの看護婦に会いませんように………。