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9 木枯らしの吹く日(2)



秋月さんたちと会うのは、いつも乗り換えで使っている駅近くのビルの地下にあるワインの品ぞろえが自慢だというお店だった。

比較的カジュアルなイタリアンレストラン。


知佳ちゃんと美歩は、普段よりもお洒落をしている。

浮くと困るから、あたしも少し。


知佳ちゃんは紺のノーカラージャケットに同色のふわりとしたシフォンのスカート。アクセサリーは小さなペンダントだけでシンプルで上品に。

美歩は黒のパンツスーツにラメ入りのインナーを合わせているだけなんだけど・・・。小さめに作られているジャケットのボタンを閉めると胸元がきつそうで、立派なサイズの胸が強調されるように計算されているんじゃないかと思う。アクセサリーが小さいピアスだけだから、ますます視線が・・・。

あたしは・・・、とりあえず、あたしらしく。襟元でリボンを結ぶほぼ白に近いグレイのストンとしたワンピースに桜貝色の薄手のカーディガン。

実を言えば、あたしは胸の開いた服を着られない。肩から胸にかけて肉がないので、襟ぐりが大きく開いた服を着ると、屈んだときに首のところからお腹までのぞけるほどなのだ。

そんな服を着ていたら、向かい側に座った人がびっくりしてしまうと思う。


男の人たちは普通にスーツ姿で、特に変わったところはないかな?

原田さんがお洒落なカフスをしているのが見えたけど。



こうやってじっくり見ると、こんなに雰囲気の違う3人が、どうして仲良しなのだろうと不思議になる。

龍之介は見た目も中身もスポーツマン。

原田さんは知的でクールなイメージ。

秋月さんはにこにこと優しい雰囲気。

知り合ったきっかけは、学園祭の実行委員だと聞いている。


見た目のイメージが違う3人でも、話しているところは息がぴったり。

お互いに名前で呼び合っていて、いろいろな話題が途切れなく続き、あたしたちのテーブルは笑いが絶えない。

中でもクールそうな原田さんは、高校の理科の先生だった。

見た目とは裏腹に実はたいへんな笑い上戸で、教育実習で苦労したというエピソードを面白可笑しく話してくれた。

生徒がわざと原田さんを笑わせようとして、いろんないたずらを仕掛けてきたのだそうだ。


「中でも大変だったのは、一番前の席の女の子が、左右色違いの靴下を履いてたときでね。」


「色違い?」


「そう。白と紺の靴下を右と左に片方ずつ履いて、机の下に足をぽんって投げ出して座ってたんだよ。本人は何も言わないで平然としてるのが、もう可笑しくて可笑しくて・・・。」


話していてその場面を思い出したらしく、あははは・・・と笑いながら、ワイングラスに手を伸ばした。


たしかに変だ。

そんないたずらを考え出して、実行しちゃうところが高校生らしくていいよね。


ワインを一口飲んでちょっと落ち着いてから、原田さんが話を続ける。


「その日は担当の先生のほかにも何人かの先生が教室の後ろで見ていて、笑うわけにはいかないし、だけど、笑いをこらえてる自分がどんな顔をしてるのかと思うと余計可笑しくて。可笑しいのに恐ろしいっていう、強烈な体験だったね。」


「最終日に告白してきた子もいたって言ってたよな?」


「龍之介! それはべつに。」


やっぱりね。

かっこいい教育実習生って、そういうことありそう。


「一人じゃなかったんだぞ。プレゼントもいくつもあったし・・・。」


「龍之介!」


龍之介と秋月さんの大きな笑い声と、あたしたちの控え目な笑い声が重なる。

コホン、と原田さんが咳払いをして。


「全部、昔の話です。今は私立の男子校ですから心配はありません。」


「男の子だって、危ないんじゃないですか?」


美歩が色っぽい流し眼でつぶやくと、原田さんがすかさず


「安全です。」


と断言した。


「秋月さんは? 学園祭の実行委員を一緒にやったそうですけど?」


知佳ちゃんが秋月さんに話題を振る。

こういうところ、ソツがない。


「ああ、あのとき・・・。大変でしたよ、忙しくて。」


秋月さんは、学園祭が近付いて忙しくなった実行委員会のメンバーが、大学の近くだった秋月さんのアパートに勝手に泊りに来るようになった話をしてくれた。


「最初は諒と龍之介だけだったんですけど、それが広まって、先輩たちも来るようになっちゃって。」


あら。


「僕が部屋を出るときに先輩が寝ていたりするし、カギを誰かに貸したらどうなるかわからなから、結局、ずっと開けっぱなしになったせいで、ますますみんなが勝手に・・・っていうことになってたんです。」


「ああ、思い出した! そうだよ、あのとき! びっくりしたよな。」


原田さんが手を叩いて笑いだす。


「あるとき、夜中に諒と一緒に帰ったら、女の子が寝てたんです。」


「女の子?!」


「はい。僕の部屋は布団やら食べ残しやらでものすごい有り様だったんですけど、そういうものを隅に寄せて、真ん中で毛布にくるまって、実行委員の女の子が寝ていたんです。」


「そうそう! 茶色っぽい毛布だったから、まるででっかいサナギみたいで、もぞもぞ動いたときには驚いたのなんのって! あっははははは!」


原田さんの笑いが止まらない。

でも、カギがかからない部屋で一人で寝てるなんて、よっぽど疲れていたんだね・・・。


「仕方がないから僕たちは大学に戻ったんですけど、次の日にその子に訊いたら、『実行委員の休憩用の部屋って聞いた。』って言われて。そのうえ、ゴキブリが出たって怒って、『自分の部屋ならもっときれいにしておきなさいよ!』って、すごい剣幕で文句言われちゃって。」


「そうそう! あのとき優斗が言い返さなかったのを見て、ものすごく感心したよ。」


笑っている原田さんの隣で龍之介が言った。


「相手の剣幕に驚いたっていうのもあるけど、あのときはみんな殺気立ってたから仕方ないな、と思って。」


「まあ、それも優斗らしいよな。」


やっぱり、雰囲気のとおり穏やかな人なんだ。


それから話してくれた龍之介や原田さんと一緒にやったといういたずらや失敗の数々には驚いたし、たくさん笑った。

お酒に強いのかな? けっこう飲んでも全然変わらない。



ワインの勉強を始めたという知佳ちゃんが、お店の人に訊きながらいろいろ頼んでくれて、少しずつだけど、何種類も飲んだ。

たしかに一杯ずつ比べてみると、どれも違うのがわかる。

でも、そろそろあたしは止めた方がいいかな?

あたしの場合、ワインで酔うと、頭がぐるぐるするのだ。飲みすぎると、いわゆる千鳥足になってしまう。

龍之介はいいとして、秋月さんや原田さんの前では、そんな姿は晒したくない。

そろそろペースを落とさないと・・・。



「紫苑さんは大学では何かやってたんですか?」


ぼんやりして油断していたあたしは、秋月さんの質問に、真っ先に桜井先生のことを思い出してしまい、胸が苦しくなる。


「い・・・いえ、あの、母が具合が悪かったので、家事で忙しくて。」


「あ、家事っていえば紫苑って、高校のとき、家庭科部だったんでしょう?」


「あ〜! 知佳ちゃん、それは黙っててって言ったのに!」


「俺も初耳だな。どうして秘密なんだよ?」


「・・・だって、家庭科部だって言ったら、あたしが料理とか得意だって思われちゃうでしょ?」


「何言ってるの! お母さんの代わりにやってたんでしょう? ちゃんとできるんじゃない。」


美歩。

フォローしてくれるのはありがたいんだけど・・・。


「そりゃあ、普通の料理ならどうにか作れるよ。だけど、本当は苦手なの。あのときは弟も妹も、文句タラタラで・・・。」


今、思い出してもため息が出ちゃう。


「やっぱりな。どう見ても、紫苑と料理は結び付かない。」


「龍之介にそう言われると、なんだか腹が立つ。」


「だって、その性格だからな。」


「性格のせいじゃないよ!」


手の使い方の問題なんだよ!


「ケーキとか、絶対に作れないだろう?」


う・・・悔しい!

そんな馬鹿にしたような顔をして!


「つ、作ったこと、あるもん。」


見た目はイマイチだったけど。・・・味も、かな。


「お、そうなのか? じゃあ、今度、俺にも食べさせろ。判定してやるから。」


しまった!

あたし、墓穴掘った?!


「よし、決まり! まあ、練習する必要があるだろうから、3か月以内ってことにしてやろう。」


なんで、そんなに偉そうなの?


「イヤって言ったら?」


「逃げるのか? 弱虫だなあ。」


やっぱり悔しい!


「じゃあ、美味しかったらどうするのよ?」


「紫苑に対する態度を改める。」


「え? ホント?」


「うん。ちゃんと女性として・・・。」


「ああ。今までは、やっぱりそういう扱いだったんだね。いいよ。認めさせてあげるから。」


「よし! 3か月以内、約束だぞ。」


ん?

よく考えたら、なんとなく変な気がするけど・・・?


ふわふわした頭ではそれ以上考えるのは面倒で、周囲で続いている会話や笑い声の心地よさで、ふとよぎった疑問はかき消されてしまう。



まあいいか。





そのあとも、賑やかに楽しく時間が過ぎた。

楽しい余韻に浸りながらビルの出口へと向かう足取りが軽い。

後ろから聞こえてくる知佳ちゃんと原田さんの笑い声に、龍之介が冗談を言う声が重なる。


外への出口は2重のガラス扉。

気分良く1つ目を通り抜け、2つ目のドアを押すと・・・。


ゴオッと音がして、押し開けたドアが冷たい風に押し戻される。


「う、わ。」


戻ってくるドアの重さに耐えきれず、一歩後ろに下がったら、とん、と誰かにぶつかった。


「あ、ごめんなさい。」


支えるように右腕に手がかけられて、左の肩の上からドアを押さえるために手が伸ばされる。

覆いかぶさられるようなその近さに、振り向こうと思った動きが止まってしまう。


「いいえ。きのうから風が強いですよね。どうぞ。」


頭の上で聞こえたその声は・・・秋月さん。


「あ、ありがとうございます。」


どうしてこんなに小さい声しか出ないんだろう?

ドクン、ドクンと、自分の鼓動ばかりが大きく聞こえる。


大丈夫、大丈夫、大丈夫。

何でもない、何でもない、何でもない。


秋月さんだからドキドキしてるわけじゃない。

相手が誰だって、あんなに近付いたらドキドキしちゃうよね?!

頬が熱いのは、きっとワインのせいだよ。







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