8 木枯らしの吹く日(1)
あっという間に11月になって、きのうから木枯らしが吹き始めた。
朝、マンションを出ると、冷たい風がビューっと吹いて、髪の毛をかき乱す。
街路樹や公園の木々の落ち葉が、あっという間に飛ばされて行く。
今日の夜、龍之介たちと出かけることになっている。
龍之介たち・・・龍之介と原田諒さんと秋月優斗さん、それから知佳ちゃんと美歩とあたし。
先月、原田さんと秋月さんに初めて会った日は、ご挨拶だけでお別れした。・・・秋月さんとは “初めて” じゃないけど。
龍之介も、ほかのみんなも、あたしと秋月さんが顔見知りだと知って、ものすごく驚いていた。
そのあと、誰から言い出したのかはよくわからないけど、龍之介が飲み会を設定すると言って来た。
“飲み会” っていうよりも、 “合コン” に近いような気がする。合コンにしては、ちょっと人数が少ない?
でも、知佳ちゃんか美歩が、3人(一応、龍之介もね。)の中にお目当ての人がいるんだったら、協力してあげないとね。
あたしは、秋月さんと話ができたら楽しいかな、と思っている。
決して恋愛感情的な意味ではなく、普通にお友達として。
あれからも、秋月さんとは何かとよく出くわす。
秋月さんの勤め先が入っている建物がうちの会社が入っているビルの3軒先だから。
9月に勤め先の設計事務所が移転してきたと言っていた。
それがきっかけで、先月、龍之介たちと久しぶりに集まったそうだ。
朝は利用している電車があたしと同じらしくて、週に3、4回は改札口のあたりで会う。
お昼を食べに行ったところで隣に座っていたこともあった。このときは、一緒にいた金子さんに秋月さんを紹介した。
仕事で外出したときにすれ違うこともあったし、一度は仕事帰りに乗り換えの駅で買い物をしていたらバッタリ・・・ということもあった。
最初は会う度に二人して驚いていたけれど、最近はもう慣れた。
朝は急ぎ足で話しながら歩くこともあるし、それ以外では「こんにちは。」と声を掛け合うとか、ただ会釈して通り過ぎることもある。
でも、まだゆっくり話をしたことはない。
だから、今日はちょっと楽しみ♪
お昼休みにあたしの席の後ろにある打ち合わせ机で、金子さんと二人で、近所のパン屋さんで買って来たクロワッサンサンドを食べているところに龍之介がやって来た。
龍之介がうちの課に来るのはよくあること。
仕事の用事でももちろんだけど、昼休みや帰り際にちょっと来て、愚痴を言ったり、ただのんびりしていたりする。
たまに空いている椅子がないと、あたしと金子さんの席の間にあるスチール製のゴミ箱に腰かけていることがあって、うちの係長に「高木が座ったせいで、そのゴミ箱が歪んだ。」とからかわれている。
今日も龍之介は、あたしたちの向かい側にさっさと腰かけて、用件を切りだした。
「年末、スノボに行かないか? 真鍋さんとか竹田あたりと話が出てるんだけど。」
あたしと金子さんの両方に言っているらしい。
「年末?」
「うん。今年は土日が入って仕事納めが早いから、休みに入る12月27日の朝早く出て2泊3日。」
真鍋さんも竹田くんも、あたしたちがよく一緒に飲みに行く人たちだから、メンバー的には問題ないけど・・・。
金子さんと顔を見合わせてから、龍之介に向き直る。
「あたし、スノーボードはやったことがないんだけど・・・。」
「スキーは?」
「一度だけ。高校のスキー教室で。でも、全然できないのと同じ。」
「ふうん。金子さんは?」
「わたしはスキーは家族で何度か。スノーボードは大学生のときに2度ほど。」
「あ、じゃあ、金子さんは行っておいでよ。あたしは無理だから、絶対。」
すると、慌てた表情で金子さんはあたしを見て、
「谷村さんが行かないなら、わたしもちょっと・・・。」
なんて言い出した。
そんなに引っ込み思案な子じゃないと思っていたのに。
まあ、さすがに泊りじゃ、一人は無理か。
「滑れなくても、紫苑には俺か誰かがついて教えるから大丈夫だよ。」
龍之介があたしににこにこと勧めてくれるけど、その笑顔を信用していいものかどうか・・・。
なにしろ、あたしは手先が不器用なだけじゃなくて、運動を含めて、道具を使うものが全部苦手なのだ。たぶん、体の使い方が下手なんだと思う。
龍之介も今はこうやって親切に言ってくれているけど、実際にその場になってみたら、あまりの酷さに愛想をつかして放り出されるような気がする。
「あたし、本当に無理だと思う。高校のときだって、スキーを履いて立ってるのが精一杯で。」
「立てるんなら大丈夫だよ。それに、どうしてもダメだったら、温泉でのんびりしててもいいし。」
「え? 温泉なの?」
「うん。真鍋さんが何度か行ったことがある宿屋なんだ。民宿だからホテルみたいな設備はないけど、安いし、温泉には一日中入れるって。」
「スキーをやらなくても、温泉と部屋でのんびりしてればいいのか・・・。それならいいかな。」
隣で金子さんが嬉しそうな顔をする。
本当は行きたいのね。
スノーボードが好きなのかな?
「どうやって行くの? バスとか?」
「車2台か3台で。」
「車で行くんだ?」
「うん。そこの宿屋だと、車の方が便利なんだって。俺も車を出すから、紫苑は自宅前で拾えるぞ。」
温泉にのんびり入れて、しかも自宅からの送迎付き。
魅力的・・・。
「行きましょうよ、谷村さん。」
金子さんが可愛らしく小首を傾げてあたしを見る。
「・・・そうだね。でも、滑るかどうかはわからないよ。」
「大丈夫ですよ! あたしでもできるんですから!」
うーん。
普通の人と一緒に考えてはダメなのよね、あたしの場合。
「よし。じゃあ、紫苑と金子さんは参加な。」
「谷村さん、せっかくだからウェアを買いに行きましょう!」
「え? レンタルとかじゃ・・・?」
「ダメですよ! 板はいいですけど、レンタルウェアでみんなと同じだと、困ってるときにお友達に見つけてもらえないですよ!」
「え? それは困るかも・・・。」
「それに、帽子とか手袋も必要だし。」
「そうか・・・。」
あたしたちのやりとりを聞いて、龍之介がくすくす笑う。
「紫苑。なるべく目立つウェアを選んで来いよ。トラ縞とか。」
「あり得ない! そんなのしかなかったら、行かないもん。」
「すごく可愛いのを買いましょうね、谷村さん!」
金子さん、気合い入ってるね・・・。
「金子さんなら何を着てもかわいいと思うけど・・・。」
「大丈夫です! わたしが谷村さんにピッタリなウェアを見立てますから!」
「うん・・・、よろしくね。」
大丈夫かな?
ものすごく高いものになって、そのうえ、もう二度とやりたくなくなったりしたら困る・・・。
「紫苑。今日、大丈夫か?」
立ち上がりながら龍之介が尋ねる。
「ああ、うん。」
「じゃあ、7時半に店の前で。」
そう言い残して龍之介が帰って行くと、金子さんからさっきの勢いが消えて、ポカンとしていた。
「どうしたの?」
「え? あ、ああ、いいえ。」
金子さんは、机に置いていたパックの野菜ジュースのストローをくわえながら、ぼんやりと黙っている。
どうしちゃったのかな?
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。
とりあえず、手に持ったままだったパンを食べ始めたら、金子さんがこっちを向いた。
「あの、谷村さん?」
「はい?」
「あの、今日は高木さんとお出かけなんですか?」
「・・・今日? あれ? 言ってなかったっけ? 龍之介たちと飲みに行くこと。」
「いいえ・・・。」
そうか。
秋月さんにはお昼に会って紹介したけど、そのあとに出た飲み会の話はしてなかったんだ。
「あのね、この前会った龍之介のお友達と飲みに行くことになってるの。」
「お友達・・・?」
「うん、ほら、この前、お昼に会った秋月さんともう一人の原田さん。あと、あたしの同期の知佳ちゃんと美歩なんだけど、金子さんも行く? 龍之介に言えばたぶん・・・。」
「あ、いえ、いいんです。ふた、その・・・みなさんで行かれるんなら、あたしは、その。」
なんだろう、この何か引っかかるような慌てぶりは?
やっぱり原田さんに会いたいのかな?
この前、金子さんの前ですごく褒めちゃったもんね。
「ねえ、龍之介に言ってあげるよ。」
携帯を出そうとバッグを持ち上げたら、金子さんに必死の形相で止められた。
「いいんです! いいんです! あの、何でもありませんから!」
「そう?」
「はい! 全然、大丈夫です!」
「そう・・・? じゃあ、もし、次があったら声かけるね。」
「あ・・・ありがとうございます・・・。」
恥ずかしそうに下を向く金子さん。
かっこいい人に会いたいって、べつに変なことじゃないし、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに・・・。