62 ≪どうしたの?≫
―― 紫苑。どうしたの?
「さびしくて、悲しいの。」
―― どうして? 秋月さんを断ったから?
「違う。・・・もちろん、それは残念で悲しいことだけど。」
―― じゃあ・・・なに?
「龍之介のこと。」
―― 龍之介? 今日、仲直りを・・・。
「そう。だけど・・・。」
―― だけど、なに?
「龍之介は、あたしのことを簡単に切り捨てることができるから。」
―― 紫苑、それは誤解だったって・・・。
「今回は誤解だったけど、それでも・・・。」
―― 龍之介はあんなに謝っていたよ。外で土下座までして。
「わかってる。今はそのとおり。でもね、ユウ、あたしは知ってる。」
―― 何を?
「人は心が変わるってこと。」
―― 紫苑・・・。
「だから・・・。」
―― 龍之介を信じることはできない?
「信じ切ることができないの。いつか龍之介が離れて行っても平気なように、心の中で準備していなくちゃいけないの。」
―― ・・・紫苑。龍之介はどうしてあんなことをしたんだろうね?
「龍之介は・・・あたしが秋月さんを選んだと思ったからだって・・・。」
―― そう言ってたね。
「でも、それは誤解だって分かったから、また元どおりに・・・。」
―― そうだね。
「龍之介は秋月さんが嫌いなの? だから?」
―― 紫苑! 嫌いなら、初めから紹介したりするわけがないじゃないか!
「・・・そうだよね。一緒にいるときも仲良さそうだったもの。」
―― 紫苑。そのことについてはゆっくり考えたらいいよ。
「うん・・・。龍之介は・・・大切な友達だから。」
―― そう?
「いなくなったら淋しい。」
―― そうだね。
「だから、準備を・・・。」
―― ・・・紫苑。きみは弱虫だね。
「弱虫?」
―― 信じることを怖がっている弱虫。
「信じることを怖がって・・・?」
―― 信じた結果、自分が傷つくことを怖がっているだけだ。
「ユウ・・・。だって・・・傷つくのは怖いよ。」
―― 紫苑は信じたくないの?
「信じたい・・・。龍之介は、就職してからずっと仲良しで・・・。」
―― 紫苑。きみは桜井先生のことから立ち直ったじゃないか。
「立ち直った?」
―― そうだよ。また誰かを好きになれるかも知れないって思ったじゃないか。
「ああ・・・そうだった。秋月さんのおかげで。」
―― 優斗・・・。そうだったね。優斗はほかにも紫苑に教えてくれたはず。
「ほかにも?」
―― 人間の心の強さを。
「心の強さ・・・。秋月さんは覚悟ができていて・・・。」
―― そうだよ。紫苑は自分もそうありたいと思ったんじゃないの?
「・・・うん。思ったよ。恋をすることだけじゃなく、あたしの生きて行くこれからのこと全部に対して。」
―― それに必要なことは・・・。
「勇気・・・かな?」
―― うん。そうだね。
「勇気があれば、覚悟もできる・・・。」
―― そうだね、きっと。
「傷ついても・・・いつかは癒される。」
―― 紫苑はとても時間がかかったけど。
「龍之介は大切な友達。」
―― そうだね。
「ずっと一緒にいてほしい。」
―― ・・・そう。それなら、紫苑、勇気を出して。
「・・・信じてみようかな。」
―― うん。
「信じられる・・・と思う。」
―― 紫苑ならきっと大丈夫。
「ありがとう、ユウ。」
―― おやすみ、紫苑。
「おやすみなさい、ユウ。またね。」
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紫苑。
僕の大切な紫苑。
紫苑が龍之介のことを “友達” って言い続けるのは、もしかしたら僕を失いたくないから・・・なんて考えるのは、都合が良すぎるかな?
紫苑。
これがきみと話せる最後かも知れないね。
でも、僕が消える最後の瞬間まできみと一緒にいるよ。
紫苑のそばに・・・。