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61 何を言われても by 龍之介


泣いている紫苑を抱き締めて、


「紫苑、好きだ。愛してる。」


と、言うつもりだった・・・のに。




「龍之介の行動って、わけ分かんない!」


怒られている。


カラオケボックスの部屋に落ち着く前に、紫苑の涙は引っ込んで、代わりに怒りが湧いてきたらしい。

90度に向き合ったソファに座るなり、紫苑は怒りだした。

だけど。


「急に、アップルパイはもういいなんて言うし!」

(龍之介のために、頑張ろうと思っていたのに。)


「同期会でも、会社ですれ違っても、なんだかよそよそしいし!」

(龍之介と話せなくてさびしかった。)


「あたしがどれだけ悲しかったか、わかってる?!」

(龍之介がいなくて、すごく悲しかった。)


都合のいい俺の耳には、紫苑の怒りの言葉が愛のささやきに変換されて聞こえてくる。


ああ・・・。

幸せな気分・・・。


さっきの紫苑の言葉を聞いてから、俺は少しハイになっているのかもしれない。

優斗が “能天気” と言ったのも当然だ。

でも、紫苑がこうやって遠慮なく思ったことをぶつけてくるのは、俺に心を許している証拠だ。


「ちゃんと聞いてるの?!」


「はい。」


にやけそうになる顔をどうにか引き締める。


「どうせ龍之介は、あたしのことなんか、どうでもいいんでしょうけどね!」

(あたしのことを大切にしてよ!)


紫苑・・・なんて可愛いんだろう!


「失礼しまーす。」


店員が明るい笑顔で飲み物と料理を運んできて、紫苑の小言も一時中断。

そばにあった歌のリストをパラパラとながめるふりをして。



そういえば・・・。

今日の紫苑はフォーマルな服装だ。

普段はあまり見ないスーツ姿。

優斗と真面目な話をするために選んだ・・・?


紫苑は・・・自分でちゃんと結論を出して、それを伝えたんだ。


たくさん迷ったんだろう。

なんて言おうかと考えたんだろう。

優斗の気持ちを考えたら、紫苑もつらかっただろう。


でも、伝えたんだ。



俺も、言おう。

今すぐ。

紫苑がつらいときには、俺を頼ることができるように。


「紫苑。俺は」

「龍之介。」


また?! どうしていつも!


「・・・なに?」


「どうして『月うさぎ』に来たの?」


あ・・・。


「あたしがいることを知ってたみたいだけど・・・千代子さんが連絡してくれたの?」


「違う・・・。優斗が、連絡をくれて・・・。」


「秋月さんが?」


訝しげな表情。

当たり前か。


「優斗は・・・紫苑が帰る方向と違う方へ歩いて行ったのを心配して、ついて行ったって。」


「え?!」


「それで・・・、俺に電話を。」


「じゃあ・・・、知ってるんだね。」


紫苑が優斗を断ったこと・・・だよな?


「うん。」


「・・・なんで龍之介に。」


ぼんやりとつぶやく。

俺に答えを求めているわけじゃない。


「たぶん・・・紫苑が優斗を断った理由を知っていたからだ。」


そうだよな、優斗?


「あたしが断った理由・・・。」


ふっ、と紫苑は息を吐いた。


「秋月さん、言ってた。あたしよりも、自分の方がよく分かってるって。」


優斗・・・。


「龍之介もそうなの? あたしよりも分かってるの?」


「たぶん。」


そうであってほしい。


「・・・どうして、みんな知ってるんだろう? あたしのことなのに。」


不思議そうに首をかしげる仕草が懐かしい。

たった一か月、離れていただけなのに。


「紫苑が・・・頑固だから、じゃないか?」


「・・・なにそれ?」


「一つのことを信じ込んでるから、次のことが見えないんだ。」


「そうなのかな? それって、何? 教えてよ。」


「紫苑が・・・・やめた。今日はまだやめておく。」


さっきは伝えようと思ったけど・・・。


「どうして?」


「紫苑は・・・今日はいろんなことがあっただろう?」


優斗を断って、俺を許した。

たくさんエネルギーを使っただろう。

今また新しいことを言われても、きっと混乱して疲れ切ってしまうだけだ。


「いろんなこと・・・。」


考え込んでいる紫苑。

少し悲しげに。


「紫苑に余裕ができたら、ちゃんと教える。」


「・・・うん。」


それも、そんなに先のことじゃない。

もう少しだけ。


「紫苑はどうしてあの店に?」


紫苑の顔からさびしそうな表情が消えて、代わりに懐かしそうで楽しげな表情が浮かぶ。


「・・・千代子さんがいるから。」


千代子さん?


「お母さんみたいで・・・ほっとするから。」


「紫苑・・・。」


ごめん。

さびしいときに付いていてやれなくて。


俺があんなことをしていなければ、紫苑は俺を頼ることができたかもしれないのに・・・。


「そうか。」


「うん。」


これからは俺がいる。


「次は一緒に行こう。」


紫苑は下を向いたままこくりとうなずいて、ほんのりと微笑んだ口元が見えた。



かわいい紫苑。

愛してる。







紫苑を送るために一緒に改札口を出ると・・・雪だった。

まだ降り始めたばかり? 道路は黒いまま。


「たいへん。龍之介の家は坂の上でしょう?」


俺を心配してくれている?

もう元どおりの二人。


「積もらないうちに帰らないと危ないよ。ここで別れてもいいよ。」


「大丈夫。一緒に行く。」


1分でも1秒でも長く一緒にいたい。

取り戻したばかりの紫苑と一緒に。


紫苑が微笑んで「ありがとう。」と言う。


そういえば、この前、説明したはずだ。

好きな相手と少しでも長く一緒にいたいから送るんだって。

どうして紫苑は、それを俺には当てはめてくれないんだろう?


二人とも持っていた折り畳み傘をほどいて開きながら道へ。


「わ!」


びゅうっと、風がいきなり強く吹いてきて、紫苑が傘がにしがみつく。

一瞬後。


「ええ〜〜〜〜?! うそ・・・?」


紫苑の傘の華奢な骨が、2、3本折れて悲惨な状態になっていた。

これではさしても意味がなさそう。


「ほら。」


差し出した傘に紫苑は手を出さずに、俺を見上げた。


「いいよ。雪だから、ショールを頭からかぶって行けば濡れないと思う。」


そう言って、首に巻いていたショールをはずしている。


そのショール。

いつか、紫苑が俺に巻いてくれた・・・。

そのやさしさと、そのときの距離の近さが嬉しくて、照れくさくて。

何も気付かずに無邪気にそんなことをする紫苑が可愛くて。

おでこをぶつけることで、キスしたい気持ちをどうにか押し籠めたんだった。

紫苑は頭突きされたと思って怒っていたけど。


「ぷ。」


思い出したら可笑しい!

紫苑はほんとうに何も気付かないで。


「え? 変?」


ショールをかぶった紫苑が困惑した顔をしている。


「ああ、違う。・・・いや、おもしろいかも。何かに似てる・・・。」


なんだっけ?


「ああ、ほら、ロシアの人形! 中から同じ人形がどんどん出てくるやつ!」


「・・・マトリョーシカ?」


「そう! そんな名前のやつ!」


あのときの俺も、こんな姿だったのか?


「んーーーー。じゃあ、かぶるのやめようかな・・・?」


「大丈夫。こんな時間じゃ、見る人なんかいないから。」


あのとき、俺にもそう言ったじゃないか。


それに、どっちでもいいよ。

俺の傘に一緒に入って行くんだから。



風はあのひと吹きで終わりだったらしく、道を歩いているあいだ、雪は静かに落ちてくるだけ。

一緒に傘に入るとは言っても、紫苑と俺は身長差があるから、強い風が吹いたら傘はあまり役に立たない。

でも、上から落ちてくるだけなら・・・。



傘をさしている俺の隣を紫苑がゆったりと歩いている。

腕につかまってくれればいいのに。


「寒くないか?」


尋ねると、こっちを見上げて微笑んだ。


「大丈夫。」


その肩に、雪がたくさん載っている。


「雪かかってるぞ。」


・・・そうか。

傘を持つ手が違うんだ。


紫苑のいる右手で持っていた傘を左手に。

空いた右手で紫苑を引き寄せる。


「歩きにくいよ。」


ムードのない抗議。

でも、離さない。


「いいんだよ、これで。」


絶対に。


なんとなく無言になっている紫苑。

恥ずかしがっている?



マンションの前で紫苑を見送りながら考える。


いつ言おう?

明日? あさって?


そう。

なるべく早く。


早く言えば、それだけ早く二人で幸せに・・・。







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