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60 俺が悪かった! by 龍之介


あそこを曲がれば『月うさぎ』だ。


優斗は?

そのあたりにいるのか?

それとも、もう帰った?


いや、顔を合わせない方がいい。

顔にあざを作って紫苑に会うのは避けたいからな。






『月うさぎ』ののれんをくぐって引き戸を開ける。


紫苑。

どこに?


「あ、龍ちゃん。やっぱり来たのね。」


千代子さんの “ちゃんと分かってたのよ” という笑顔。


「あの、紫苑は・・・?」


いるんだよな、ここに?


「ほら、紫苑ちゃん。やっぱり来たじゃないの。」


千代子さんの視線を追ってカウンターの方を見ると、背広姿の2人連れに隠れるように一番奥の席に座った紫苑がちらっと顔をのぞかせた。



紫苑・・・。



その目に浮かぶのは・・・無関心?

そんな顔をさせたのは俺自身だ。


「紫苑。」


近付くと、カウンターの椅子から立ち上がって、きっちりと俺に向き合った。


「なあに? あたしはもう帰るところ。お財布が見つからなくて、ちょっと手間取ってただけ。お先に。」


硬い声。

俺には用はないのだと告げている。


横をすり抜けようと動いた紫苑を、腕をつかんで引き留めた。


「紫苑、ごめん。」


「何が? べつに謝られるようなことは何もないけど。」


顔をそむけたまま、静かな声で淡々と並べられる言葉。

取りつく島もない。

俺の手を振りほどくために腕を引かれて、その強さに紫苑の決意が見えた。


どうしたらいい?

土下座でも・・・いや、ここでそんなことをしたら、紫苑はますます怒るに決まってる。


「紫苑ちゃん。夜は物騒だから、龍ちゃんに送ってもらいなさい。」


千代子さん! ありがとうございます!


そ・・・そうだよ、紫苑。

千代子さんの言うとおり!


「・・・一人でも帰れます。」


「紫苑。」


俺、きっと、とんでもなく情けない顔してるよな・・・。

隣の客が、俺たちの様子をうかがっているのを感じる。


「ダメよ。紫苑ちゃんが一人で帰ったら、わたしが心配だもの。龍ちゃんに送ってもらってちょうだい。ほらほら、龍ちゃん、紫苑ちゃんのコート取ってきて。」


そ、そうだ。

無理にでも一緒に行けばいいんだ。


見覚えのある紫苑のコートを取ってきて着せかけるように広げると、紫苑は嫌な顔をしながらも黙って袖を通す。

俺の方は一切見ようとせずに。

それからバッグとショールを手に持ち、千代子さんと信一さんにあいさつをして、俺を無視して出口へと向かう。

俺も二人に頭を下げて、そのあとに続く・・・。



「紫苑。ほんとうに」

「どうして来たの?」


『月うさぎ』の曇りガラスの戸を閉めてすぐ、二人の声が重なった。


「え?」


訊き返したのは、俺。


「『どうして来たの?』って訊いたの。」


無表情に前を向いたまま言って、歩き出す紫苑。

それを追いかけて並ぶ。


「謝るため。」


「そんなの必要ない。」


何について謝るのか、とも訊いてくれないのか・・・?


「紫苑。俺・・・」


「一人で帰れるから。」


「紫苑。」


俺を見ようとはしない。

立ち止まってもくれない。



怒っているんじゃなくて、見捨てられた・・・のか?



そう思い当たって、足が止まる。



・・・そんな。


取り戻せると思ったのに。

謝ったら、元どおりになれると思ったのに。


俺は、紫苑の後ろ姿を見送るしかないのか・・・?



違う。

ダメだ。

ここで弱気になったら、それこそおしまいだ!



「紫苑!」


追いかけて前にまわる。

そのまま道に正座して、


「俺が悪かった!」


頭を下げた。



・・・・・。


紫苑の声が聞こえない。

まさか、横をすり抜けて行ってしまったんじゃ・・・?


そっと前を見ると、立ち止まったブーツが見える。


よかった・・・。



ほっとして道に視線を戻すと、足音がととん、と、横へと移動する。

まさか? 行っちゃうのか?


「立ってよ。」


小さな声がすぐそばで聞こえた。

恐るおそるそっちを見ると、紫苑の怒った顔が。


「みっともないから、早く。」


その怒った顔が無性に嬉しい。

さっきまでの無関心に比べたら、天と地ほどの大きな違いだ。


嬉しい顔をしないように注意しながら立ち上がる。

手と膝に付いた砂を払いながら、神妙な顔を保とうと努力する。


でも・・・ほっとした。


土下座したときに放り出したカバンを、紫苑が持って、待っていてくれた。

そんなことに感動して、胸が詰まる。


紫苑は・・・俺と。

紫苑のそばにいるのは俺。


そんな言葉を心の中で噛みしめる。


カバンを渡してくれながら、紫苑が口を開く。


「何が『悪かった』と思ってるの?」


まだ硬い口調。

でも、会話してる。


「俺が・・・紫苑から距離を置こうとしたこと。」


「そんなこと。」


紫苑がすっと視線を逸らす。

冷たい表情が戻る。


「紫苑。」


「いいんだよ、べつに。龍之介には龍之介の道があるんだから。あたしなんかに気を遣わないで、自由に自分のことを決めてよ。」


背筋がぞっとした。

紫苑はやっぱり俺のことを見捨てたのか?


再び浮かび上がった恐ろしい推測に、言葉が出なくなる。

伝えたいことはたくさんあるのに。


もう、取り戻せないのか・・・?


目の前が真っ暗になった。


けれど・・・紫苑はそのままそこに立っていた。

悲しい顔をして。

苦しい顔をして。

俺の方は見ずに。


何か言ってくれるのだろうか?

話を聞いてくれるのだろうか・・・?


「・・・紫苑?」


無意識に鼓動を数えていたことに気付く。

呼びかけてみると、紫苑は何度かまばたきをして、また顔をそむけた。

それから。


「龍之介は・・・勝手だよ。」


・・・紫苑。


「急に、アップルパイはもういいって言うし、話しても態度が違うし・・・理由を全然言わないで。勝手だよ。」


紫苑が話してくれている。

ちゃんと向かい合って。

責める言葉であっても、視線を向けてくれなくても、たしかに今、俺に話している。


「紫苑・・・。俺が悪かった。全部。」


ほんとうに。

だから、謝るしかない。


「ごめん。ほんとうに、ごめん。」


「話したのに・・・あのとき。」


え?


「龍之介とあたしの関係は、龍之介とあたしが決めるって言ったのに。」


ああ・・・そうだった。

あの夜、紫苑はそう言った。

俺は、それがすごく嬉しかったのに・・・。


「龍之介は何も言ってくれなかった。一人で決めて、勝手に・・・あたしをつき放した。」


言葉と表情が胸に突き刺さる。


“つき放した” 。

それが、俺が紫苑にしたことなのか。


「・・・ごめん。」


「あたしがそれを頭の中で整理したところに、また勝手に謝ってきて・・・。なんなの?」


紫苑がうつむく。

その肩が孤独でさびしそうで・・・。


「・・・ごめん。」


言い訳なんかできない。

全部、俺が勝手に誤解して、やってしまったこと。


「どうして? 理由を話して。」


そう言いながら、ようやく紫苑は俺に顔を向けた。

怒ってはいるけれど、俺の話を聞くと言ってくれた。


「俺は・・・紫苑が優斗を選んだと思って・・・。」


優斗を断ってきたばかりの紫苑に、こんな話題なんか出したくはない。

案の定、紫苑は一瞬ひるんだ表情をした。

でも、今は正直に話して、俺の気持ちを分かってもらいたい。


「秋月さん? あたしは秋月さんとは・・・。」


「今は誤解だったって分かってる。だけど・・・俺、正月に見たんだ。紫苑が優斗の車の助手席に乗っているところ。それで・・・紫苑は優斗に決めたんだと・・・。」


紫苑の表情が驚きに変わる。


「・・・それだけで?」


「その前も、優斗のことばっかり話してたし・・・。」


「“ばっかり” ・・・?」


「もしかしたら、それほどじゃなかったかも知れないけど・・・、俺にはそう聞こえたんだよ・・・。」


焼きもち焼きで、かっこ悪い俺。

だけど、そのくらい紫苑のことが好きなんだ。


俺の答えに紫苑が大きなため息をつく。


「そんなことで・・・。龍之介って、どれだけコンプレックスの塊なの?」


・・・コンプレックス?


「秋月さんのことになると、すぐ拗ねるよね? この前は真鍋さんのことでも。なんでそんなに気にするの? 龍之介は龍之介なのに。」


俺の焼きもちをコンプレックスだと思ってるのか?

ただ拗ねてただけだと思ってるのか?


「ええと、」


「友達なのに。」


「え?」


と、も、だ、ち?


「龍之介とあたしは友達だったはずでしょう?」


どうやら俺の言い分は理解してくれたらしい・・・けど!

ただの友達が、相手に彼氏ができたからって離れて行くと思ってるのか?!

どうしてそんなおかしな勘違いができるんだ?!


それとも、紫苑にはやっぱり俺は単なる友達なのか?

俺の行動で紫苑が動揺したっていうのは、優斗の勘違いなのか?


「勝手に勘違いして一人で決めちゃって・・・ひどいよ。」


ああ・・・紫苑。


「ごめん。」


何度でもあやまるよ。

でも、どうして俺の気持ちがわからない?

それに、勘違いはお互いさまみたいな気が・・・。


「あたし、わけが分からなくて、すごく悲しかった。会社で龍之介とすれ違うたびに、いつも苦しかった。龍之介のことは忘れようと思っても、いろんなことを思い出してしまって・・・。」


「紫苑。」


鼓動が大きくなる。


これは。

俺は・・・紫苑に告白されてるんじゃないのか?


紫苑はそういう気持ちを、ただの “友達” に対する反応だと思っているのか?

俺に対する感情は友情だけだと思えって言うのか?


「紫苑。俺も・・・」

「龍之介。」


また?!


「・・・はい。」


「あたし、泣きそう。」


「え?」


「思いっきり泣きたい。」


「ええと、俺でよければ・・・。」


胸を貸すけど。


「誰にも見られないところで。」


残念。ここじゃダメか。


「じゃあ、家までタクシーで送るから。」


「だめ。間に合わない。今すぐ泣きたい。」


あれ?

もう泣きそうなのか? 困ったな。


「ええと・・・トイレにでも?」


「無理・・・。外に聞こえちゃう。思いっきり・・・泣きたい。」


ああ・・・。

もう口を利くのもダメそう?


だけど、誰にも邪魔されないで思いっきり泣ける場所なんて、こんな場所では・・・。


大急ぎであたりを見回す・・・と。

助かった!


「あそこ! ほら! あそこなら!」


紫苑が俺が指差した方を見て。


「・・・カラオケボックス?」


「そ、そう。あそこなら大きな声で泣いても平気だぞ! 個室だし!」


うなずいた紫苑の手を引いて走り出す。




紫苑。


思いっきり泣いたら、たくさん話そう。

もう誤解がないように。






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