6 ≪波紋≫
サブタイトルが単語1つの回は、ユウが登場します。
―― 紫苑。
今日、僕はきみの人生の池に小さな小さな石を投げた。
紫苑の小指の爪くらい小さな石だけど、それは小さな波を作って、だんだん大きくなる輪を何重にも描きながら広がっていく。
桜井先生のことがあってから今までの間にも何度か試してみたけど、紫苑は気付かないか、気付いてもずっと無視してきたね。
紫苑が “誰のことも好きにならない” って、固い決心をしていたから。
だけど ―― 。
時間は悲しみを抱えた心に優しい。
それに、紫苑はいつも優しい人たちの中にいただろう?
そういう日々の中で、紫苑は少しずつ変わってきている。
今は、誰かを愛せるはず。
その人を信じることができるはず。
紫苑はそれに気付かないだけ。
僕は紫苑のことをずっと見ていた。
家族を心配させないために悲しい心を隠して、お母さんを手伝っていた紫苑。
大学でも笑顔を絶やさなかった紫苑。
・・・大学の友達はみんな、紫苑と桜井先生のことを知っていたから辛かったよね。
就職して、紫苑の過去を知らない人たちに囲まれるようになったときには僕もほっとしたよ。
お母さんが健康に太鼓判を押されて、一人暮らしを始めた紫苑。
職場の同僚からの何気ない「彼氏は?」という質問に、辛い気持ちを隠して、明るく返事をしていた紫苑。
はきはきした受け答えで、電話の応対ではいつも褒められている紫苑。
苦手だった事務機械の扱いも頑張って、今ではみんなに頼られるほどになったもんね。
素直で、親切で、他人の苦手なことをわかってあげることができる優しい紫苑。
たくさんたくさんいいところがあって、素敵な女の子になった紫苑。
僕が投げ込んだ小石。
波紋が広がっていくよ。とても小さいけれど、何重にもなって。
今までに投げ込んだ小石にもその波がぶつかって、また新しい波も生まれるはず。
僕はもう少し頑張るつもり。
紫苑がちゃんと気付くように。
ちゃんと気付いて、選べるように。
頑張るって言っても、昔みたいに闇雲にではなく、慎重にね。
僕だって、紫苑と一緒に成長しているんだよ。
―― 紫苑。
僕の大切な紫苑。
僕はこれを最後のプレゼントにしたいんだよ。
最後で最高の ―― 。
そうじゃないと、僕は・・・。
だから、紫苑。
ちゃんと気付いて。
人を愛することを怖がらないで。
僕の、大切な、大切な紫苑。
紫苑が幸せになる日まで、僕はずっとそばにいるよ。
そして、紫苑が淋しい日には、夢の中に会いに行くよ。




