58 優斗の憂さ晴らし by 龍之介
龍之介です。
電話?
・・・優斗?
なんだよ。
お前とは話したくねえよ。
「おう。」
『お前、紫苑さんに何をした?』
「なんだよ、いきなり?」
ドスのきいた声なんか出しやがって。
『紫苑さんに、お前が何をしたんだって訊いてるんだ。』
「何も。」
最近はろくに話してもいない。
・・・けど、なんで、優斗はこんな電話をかけて来たんだ?
「紫苑に何かあったのか?」
まさか、事故とか・・・?
『・・・・・龍之介なんか、この世にいなければいいのに。』
「はあ? なんだよ、そりゃ? それより紫苑は・・・」
『紫苑さんは・・・断った。』
「何を?」
『俺のことをだよ!』
「え?」
『俺は、紫苑さんに振られたんだ! 龍之介のせいで!』
“振られた” って・・・。
「早過ぎないか? まだ、付き合い始めてから1か月くらいだろう?」
『付き合う前に振られたんだ! 龍之介のせいで!』
付き合う前?
「いつ?」
『今日。ついさっき。』
おかしいな。
優斗と紫苑は今まで・・・?
「優斗。ちょっと訊くけど、お前と紫苑はどういう関係だったんだ?」
『どういう関係かって? 俺が紫苑さんに好きだって言って、紫苑さんはずーーーっと考えてたんだ! 今日まで! ああ、もう! 龍之介さえいなければ、上手く行ったはずだったのに!』
すげえ癇癪。
いったいどこから電話してるんだ?
ついさっき振られたってことは、家じゃないだろうし・・・。
・・・いや、それより!
「紫苑が考えてたってことは・・・結論は出てなかったってことか? 今日まで?」
『・・・そうだよ。』
「つまり、年末にお前の家に寄ったときと同じだった?」
『そう。』
そんな!
『正月に会ったときも楽しそうだったのに・・・、はあ・・・。』
正月に・・・。
あの日か。
『仕事が始まってから、様子が違ってた。お前が何かしたんだろう!』
「何かって・・・。」
俺がしたのは、紫苑に近付かないようにすることだ。
優斗を選んだ紫苑の邪魔にならないように。
それに・・・自分の中で見切りをつけるために。
『覚えがないのか? 紫苑さんはしょっちゅう思い詰めたような顔をしてたんだぞ! 犬の話で泣きそうになってたし、ぼんやりしていることもあったし・・・。前はあんなにいつも楽しそうだったのに・・・。』
それが俺のせいだって言うのか?
俺が紫苑から距離を置いたせいで、紫苑が・・・?
犬の話って、よくわからない・・・犬! キーホルダーの。
「だけど・・・、だけど、紫苑は優斗を選んだと・・・。」
『いつ?!』
「正月に・・・見たとき。」
『何を?!』
「車ですれ違った。紫苑がお前の車の助手席に・・・。」
俺の車では絶対に乗ろうとしなかったのに。
『そんなことで? べつに珍しくないだろう、そのくらい?』
「違う。紫苑はいつも後ろの席に乗るって言ったんだ。俺の車でも。」
『それで? お前は何をしたんだ?!』
「紫苑から離れようと・・・。」
『馬鹿っ!!』
うるせえよ!
『お前がいつも通りに能天気にしていれば、俺と紫苑さんは上手く行ったかも知れないのに! そんなことをするから、紫苑さんが動揺して・・・。』
動揺? そうなのか?
だったら・・・俺の行動は正解だったってことだ。結果的に紫苑と優斗の邪魔をすることになったんだから。
だけど、それはあくまでも優斗の考えで・・・。
『龍之介。お前、相変わらず早とちりで焼きもち焼きだな。』
ふん。
人間は根本的には変わらないものなんだよ!
お前だって、相変わらずそうやって癇癪起こして怒鳴ってきてるじゃないか!
『あの車は、後ろには乗れないんだ。チャイルドシートが載ってるから。』
チャイルドシート?
「お前、保育園でもやってるのか?」
似合いそうだ。
『はあ・・・。あれは姉さんの車。だから、紫苑さんは助手席に乗るしかなかったんだよ。』
「ってことは、つまり・・・。」
『だから、さっきから言ってるだろ?! 俺と紫苑さんはなんでもなかったって! そんなこと言いたくないけど!』
そんな・・・。
じゃあ紫苑は、俺の態度をどう思って・・・?
「いや。だけど、紫苑の態度が違ってた理由が俺だって確定してるわけじゃ・・・」
『まだそんなこと言うのか? じゃあ訊くけど、龍之介、公園の猫に覚えはないのか?』
猫?
・・・あのときの?
『紫苑さんを送って行ったとき、小さい公園を見て淋しそうな顔してたよ。どうしたのか訊いたら、猫のことを話して・・・かわいかったって言いながら、その猫を憎んでいるみたいな言い方で・・・。辛そうで、かわいそうだった・・・。』
「紫苑が・・・?」
じゃあ・・・、じゃあ、紫苑は。
クリスマス以来、距離が縮まったと思っていたのに、紫苑が優斗を選んだと思って、あきらめようとしてきた。
でも、優斗の話がほんとうなら、紫苑は俺のことを?
『ああ、もう! どうして俺が、龍之介にここまで教えてやらなくちゃならないんだよ! 自分で考えろよ!』
そりゃそうだ。
「ごめん。」
『・・・紫苑さんは、いま』
「そうだ! 紫苑は? 帰ったのか?!」
『うさぎと話してる。』
「うさぎ?」
動物園?
こんな時間には・・・?
『龍之介が連れて行ったんじゃないの? そうじゃなきゃ、紫苑さんがあの店を知ってるわけがないよな?』
あの店・・・『月うさぎ』か!
「紫苑が? 一人で?」
『紫苑さんが改札口と反対の方に歩いて行ったから、心配になってあとをついて行ったんだよ。そしたらあの店に入って。千代子さんと信一さんがいるから大丈夫だと思うけど、早く行った方が・・・』
駅の反対側だ。
バスに乗る前でよかった!
「わかった! 5分で行く。サンキュー! じゃあ、」
『あ、あとひとつだけ。』
「なんだよ?」
走りながら電話って、危ないんだけど?
『俺、紫苑さんと共同作業はさせてもらったよ。』
共同作業?
「なんのことだ?」
『やだなあ、龍之介。共同作業って言ったら、二人で協力してひとつのことを・・・。』
まさか。
「優斗、まさか紫苑に・・・。」
血の気が引くっていうのはこういう状態のことか?
「いつ?! どこで?!」
『正月に俺の家で。初めはちょっと困った顔をしてたけど、途中であきらめてくれて。』
「優斗。お前。」
無理矢理・・・?
『紫苑さんに訊いてごらん。俺のおかげで上手くできたって言うはずだよ。』
訊けるか、そんなこと!!
「許さ・・・」
『じゃあな。5分経ったら見張りをやめて帰るから。そのあとは、紫苑さんに何があっても知らないよ。』
切れた。
くそっ! 優斗のやつ!
・・・まあ、あいつがあんな言い方をするときは、話を7割引きくらいにしてちょうどいいくらいだからな。
優斗が、紫苑が傷つくようなことをするはずがない。・・・ちょっとだけ、気にはなるけど。
あんなふうに俺に当たったって、俺には優斗に対しては何も負い目がないってことは分かっているはずだ。
だから、紫苑の居場所を知らせてきたんだろう。
たぶん、次に会うときには元気になってるな。あいつは、ああやって全部吐き出してしまうヤツだから。
いつもヘラヘラしてるようで、実は強いからな。
だから俺は、紫苑が優斗が選んだと思ったとき、悔しいけど、優斗にならまかせられると・・・。
何を考えてるんだ、俺は?!
紫苑は優斗じゃなくて、俺を・・・。
とにかく、今は紫苑が優先だ。
早く行かないと。
紫苑。
俺が悪かった!




