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54 どんなに頑張っても


週末にチョコレートケーキを作ってみると言うと、秋月さんが土曜日に材料を一緒に買いに行こうと言ってくれた。

二人で初めて一緒に出かけたお店。そこの地下にある食材売り場へ。



朝、服を選びながら思い出す。

あの日は、秋月さんと服装がお揃いみたいになっちゃって、すごく恥ずかしかったんだよね。

あれからは絶対にかぶらないような服を選んでるけど・・・。


タンスを開けてのぞいてみる。


あのときに着て行ったのは、赤のタータンチェックのワンピース・・・これ。

それにパーカーとダウンベストを合わせたんだったな。

このワンピース、気に入ってるんだけど・・・やっぱりやめよう。一度着て行ったし、秋月さんが似たような柄のシャツを持っているから。

またお揃いっぽくなったら困る。



“困る” か・・・。



いつか、 “お揃いになるかも” って期待しながら服を選ぶ日が来るんだろうか?

それとも、そういうのはあたしのガラじゃない?


結局、明るいベージュのチェックのスカートに白いセーター、フードつきの黒いダウンコートに落ち着く。

仕事に着て行く服と、あんまり変わらないな・・・。



いつもの本のチョコレートケーキのページを見ながら材料をメモ。


・・・美味しそうな写真。

秋月さんが作ったのも美味しかったし。


大丈夫かな?


ええと、明日作って。

あさって・・・試作品だって言って、秋月さんにあげる?


・・・できれば、お誕生日当日まではおあずけにしたいな。

プレゼントなんだから、やっぱり楽しみにしていてほしい。


美乃里ちゃんには申し訳ないけど、実験台・・・じゃなくて味見してもらおう。


よく見たら、もう一か月を切ってるよ。

一回目でうまくできたらいいんだけど・・・。




茶色のショートコートにセーターとジーンズ姿の秋月さんを見て、一番最初にほっとした。服がお揃いじゃないことに。


(そんなに気になってる? そんなにイヤ?)


違う。

イヤなんじゃない。

困るの。


(・・・どうして?)


だって、秋月さんとは、まだそういう関係じゃないから。

誤解されたら困るの。


笑ってあいさつを交わしながら、頭の中で言い訳をする。


(服がお揃いじゃなくたって、こうやって、休みの日に二人で会っていたら同じだよ。)


それでも・・・前は・・・。


(前?)


龍之介が・・・・・。なんでもないや。

龍之介は関係ない。

バイバイしたんだもんね。


「秋月さん、この前、何かいい材料のことを言ってたみたいだけど?」


「ああ。職場の人が休み中にヨーロッパに行ってね、お土産に向こうのスパイスをいくつか買ってきてくれたんだよ。」


「へえ、すごい。こっちのとは違う?」


「使ってみないとわからないから、明日、アップルパイを焼いてみるよ。」


「アップルパイ?」


「うん。月曜日に紫苑さんにも持って行くよ。」


「秋月さんのアップルパイは初めてだね。楽しみ!」


そう。

あたしの隣には秋月さんがいる。

今は秋月さんのことを考えなくちゃ・・・。





買い物と昼食のあと、隣にあるショッピングセンターへ。

横に長いの建てものには日用雑貨のお店が多くて、見て回るのが楽しい。

食器や布製品を、秋月さんと批評するのも楽しい。


「あ。あたし、このスープカップの形が好き。」


「うーん、形はいいけど、色がね・・・。」


「色ね・・・。わかった! 秋月さんは薄い黄緑色とかがいいんでしょう?」


「ああ、うん。そうだね。その色があれば “買い” だね。」


ほら。

あたし、秋月さんのこと、よく分かってる。


「今、お香とか、キャンドルとか、香りのものが流行ってるみたいだね。」


「ああ、そうだよね。洗濯用の洗剤にも、香りが残るようになってるものがあるよね。」


「へえ、そうなんだ?」


「そうだよ。あたしは苦手だから使わないけど。」


「紫苑さんは苦手なの?」


「うん。コロンを使うことはあるけど、服に香りがついてるのはちょっとね。それに、お香とかキャンドルって、まず、売り場の匂いでダメなの。」


「ああ、僕もだよ。ちょっと強いし、いろんな香りが入り混じっちゃってるよね。」


「そうだよね? 買うときに “いい香り” って思えないから買わない。それにね、」


「うん?」


「あたし、お香を焚いてリラックスタイムなんて、面倒なの。」 


「ああ、なるほど! それでこそ紫苑さんだね! あははは!」


「そうでしょ?」


ほらね。

秋月さんには気取らないで何でも話せるよ。

あたしそのものを知ってもらっても大丈夫な人だよ。




外側の通路で売っていた焼き栗を買って、一休み。

紙袋のあたたかさが心地よかった。

手すり越しに下をのぞくと、広いウッドデッキで犬を散歩させている人が何人もいる。


「1階にはペット関係のお店が集まってるみたいだよ。」


秋月さんがフロア案内を見ながら言った。


ふうん。

ペットもみんなお洒落だ。洋服を着ていたり、可愛らしく毛を刈りこんでいたり。

連れている飼い主さんも、やっぱりお洒落。


「こういうところに連れてくるのは、やっぱり小さい犬が多いね。」


うん、たしかに。

車に乗せて連れてくるのかな?


「そういえば、友達の家でも飼ってたよ。小型犬のほうが家の中で飼うにはいいって、その子のお母さんが言ってた。」


「そうか。今は家の中で飼う人が多いんだね。・・・あ、紫苑さん、あの人たちすごいよ。大きい犬を三匹も連れてる。」


秋月さんの視線の先には、40代くらいのご夫婦がゆったりと三匹の犬を連れて歩いている。

ゴールデン・レトリバー、ダルメシアン、そして・・・・・ジャーマン・シェパード。


シェパードの凛とした歩き方と油断なく警戒しているような様子に龍之介を思い出して、一瞬、弱気になってしまった。


乱れそうになる呼吸を悟られないように、唇をかたく結ぶ。

目頭が熱い・・・ダメだよ、今は。


ゆっくりと、深呼吸。


「かっこいいね、犬も、飼ってる人も。」


よし。

声は普通だ。

あとは笑顔。


「秋月さんは犬は好き?」


「僕? うん、好きだよ。・・・紫苑さん、どうかした?」


「え?」


「いや、なんとなく・・・。」


やっぱり、だめだった?


見られないように、もう一度、下をのぞき込む。


何か言わなくちゃ。

なんでもないって、知らせなくちゃ。


「あのシェパードが・・・。」


ああ、どうしてこんな言葉しか出て来ないの?


「ああ、うん。」


・・・そうだ。

言ってしまおう。

秋月さんと共有すれば、ただのお友達の話題に・・・。


「シェパードって、龍之介に似てると思わない?」


言えた!


ほっとして、自然に微笑むことができた。

秋月さんも優しく微笑んでくれて。


「ああ・・・ホントだ。警戒心が強そうなところとか。」


「そう。それに、ちょっと偉そうなところ。ふふ。」


「たしかに。」


秋月さんと一緒に笑ったら・・・いつかは平気になるの?


それからもう一度、手すり越しに犬たちをながめて。


通り過ぎて行くシェパードに視線が吸い寄せられてしまうあたしに、秋月さんは何も言わなかった。

歩き出す前に向き合ったとき、秋月さんの表情はただ優しいだけではなく・・・。

あたしのすべてを理解して、包んでくれるようだった。





秋月さんとあたしは解り合える。


秋月さんは、あたしをちゃんと見ていてくれる。


秋月さんなら、あたしの足りないところをフォローしてくれる。


秋月さんなら、ずっとあたしを好きでいてくれる。


秋月さんとなら、きっと幸せになれる。



こんなふうに信じられる相手と出会えたなんて、それこそ幸せじゃない?

なのに・・・・・。






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