47 新しい関係は戸惑いとともに(2)
「午後は一緒に何か作ろうと思うんだけど、どう?」
車を運転しながら、秋月さんが尋ねる。
「何かって、どんなもの?」
「ケーキかパイでも。」
あ、楽しそう。
「うん、いいね。あたし、いつも一人で真剣勝負だから、誰かと一緒にやるのは嬉しいな。」
「え? 最初のアップルパイは、さっきの友達と一緒に作ったんじゃないの?」
「あ、真由? あれは一緒に作ったとは言えないの。真由は腕を組んで口を出すだけで、まるっきり鬼教官みたいだったんだから。」
「へえ。優しそうな子なのに。」
「いつもは優しいよ。でも、あのときは厳しかった〜。半分は仕事みたいなものだからかも知れない。」
「そう。じゃあ、今日は一緒に。」
あー。
この笑顔。
こんなにカワイイ笑顔だけど、油断しちゃいけないのよね・・・。
まあ、いくらなんでもパイやケーキを作りながら何か・・・なんてことはないか。
というわけで、初詣は有名な大きなところではなく、秋月さんの家の近くにある神社へ。
車は家の車庫に入れて、ぶらぶらと歩いて。
車から降りるとき、助手席に乗っていたことにあらためて気付いた。
大丈夫だった。なんともなかった。
もう・・・大丈夫なんだろうか?
そのまま買い物にも行く予定なので、秋月さんが家から持って来たお菓子の本をのぞき込みながら相談。
「今日中に食べられるもの?」
「そうだね。この時間だったら、夜には食べられると思うけど。型からはずせなければ、紫苑さんが全部持って帰ってもいいよ。」
「それはちょっと食べきれないよ。明日まで仕事はお休みだし。」
そうだ。
龍之介にあげてもいいな。
家が近くなんだから、取りに来てもらえばいいもんね。
・・・でも、一緒に作った秋月さんが食べないのは変だよね?
「ああ、そうだ。あたし一人じゃ作れないものがいいな。」
「どんなもの?」
「デコレーションが必要なもの。あとは・・・シュークリーム、かな。」
「スポンジケーキを焼いてみる? 僕もあんまり自信ないけど。」
「そうなの? 二人とも自信がないっていうのが面白いかも。」
「たしかに。あ、じゃあ、スポンジの方は失敗しないようにセットのを買おうか。今日はデコレーションを楽しむってことにして?」
「あ、いいね。」
自分で食べるなら、下手でもいいもんね。楽しみ〜♪
神社でお参りのあと、おみくじを引いてみると・・・中吉。今年は良い年になる?
『恋愛・決断して吉』
これは、現在の人に決めろという意味?
でも、一年は始まったばかり。
いつまでに決めろとは書いてない。
「秋月さんは?」
「末吉。まあまあ、かな?」
そう言って、おみくじをこちらに向ける。
恋愛、恋愛・・・『相手次第』? なんだこりゃ?
誰でもそうだよね?
もう一度、自分が引いたおみくじを見る。
『結婚・よろし』
つまり、自分が決めた相手と今年中に結婚するのがいい?
・・・まあ、決心するだけでもいいんだっけ。焦るのはやめよう。
あれ?!
あたしがこんなことを考えてる!
普通の女の子みたいに!
すごい進歩!!
苦しくなったり、頭がガンガンしたりしないなんて。
さっきも助手席に乗っても平気だったし。
・・・やっぱり、秋月さんだから・・・なの?
大きなスーパーで買い物のついでに、フードコートでお昼を済ませる。
「ケーキでお腹がいっぱいになっちゃうと思うから、夕飯は軽くでいいかな?」
「簡単なサンドイッチでよければ、あたしが・・・。」
「え? ほんとう?」
「あ、あの、見た目はきれいじゃないよ。珍しくもないし。ハムとチーズときゅうりをただ挟むだけだから。」
「十分! 紫苑さんが作ってくれるなら、それだけでも美味しいよ!」
あんまり喜ばれると、ちょっとプレッシャーだ・・・。
少しでもマシになるように、高いチーズを買ってみる。
逆効果だったら困るけど・・・。
お正月の住宅街は静か。
たぶん、車が少ないから。
毎年、お正月になると、普段は気にならない車の音が、実はけっこう大きいのだと気付く。
小さな公園で遊んでいる親子の笑い声。
生け垣を渡る小鳥の声。
――― あたしたち、もしかして夫婦に見えたりしてる?
スーパーの袋を下げて、笑いながら歩いて。
二人とも “お出かけ!” みたいな服装じゃないから、いかにも普段通りで当たり前なカップルに見えそう。
これで、さっきのチャイルドシートがついた車に乗ってても、誰も不思議に思わないかもしれない。
ほんとうは何も決まっていないのに。
・・・変なの。
「もう少し、もう少し・・・・・あ、ストップ!」
秋月さんの合図でハンドミキサーを止める。
「ほら、角が立つ。これでOK。」
泡立てた生クリームをゴムべらでたしかめながら、秋月さんが微笑む。
「うわー、ホントだ。あたしはこのタイミングがわからないんだよね。」
「少しずつ様子を見ればいいんじゃないかな?」
「だめ。少しずつだと、途中で面倒になっちゃうの。で、もういいやって思ってやめると早過ぎて、一気にやると通り過ぎちゃう。」
「紫苑さんて、面倒くさがり?」
「うん、そうだよ。それに不器用がくっついてるから、どうにもならないの。」
「そこは僕がフォローできるから、気にしなくていいよ。」
秋月さん・・・。
「そういうこと、サラッと言うんだから。」
だいぶ慣れてきたけど。
「だって、言わなくちゃ、紫苑さんに気付いてもらえないよね?」
「う・・・。どうせ察しが悪いですよ! イ〜〜だ。」
「あ。そうやってふくれるところも好きだな。」
や〜〜〜ん。
何を言っても平気なの?
笑ってばっかり!
先に作って冷ましておいたスポンジケーキに生クリームとスライスした果物をはさむ。
スポンジケーキを上下に切り分ける秋月さんの手際の良さに感心する。
「そうかな? 誰でもできると思うけど。」
そんなことありません!
全体にも生クリームを塗って、さらにトッピング。
絞り出し袋を使って生クリームを絞りだそうとしたけど、力加減が分からない。
まず、出ない。
出ても、一定じゃない。
狙いが定まらなくて、位置が変。
「ぷ。」
隣で秋月さんが笑ってる。
「じゃあ、やってよ。」
ムッとして秋月さんを見上げると、弓なりの眉を上げて、得意そうにニヤッとした。
「そうやって、得意気な顔する・・・・・。」
「じゃあ。」
しまったーーーーー!!
「右手はここを押さえて、左手はこう。」
油断した。
手を握る口実にされた!
「で、ゆっくりと押しながら、慌てないで・・・。」
いや、慌てます!
「あの、ちょっと待って。」
「手首じゃなくて、腕を使って。」
無視?!
「あ、あとは自分で。」
「まあ、いいから。」
聞こえてるよね?!
「こんな感じで少しずつ・・・。はい、ちょっと移動。」
「動くときくらい離して。」
手が止まる。
秋月さんがこっちを向いた。
「移動したら、もう一回?」
「・・・だめ。」
「じゃあ、やだ。離さないもーん。」
そんな笑顔で・・・。
負けた。
今回は。
肩から力を抜くと、秋月さんが小さく「やった!」とつぶやいた。
呆れるあたしを促して生クリームを飾りながら、くすくす笑っていた秋月さんが楽しそうに言った。
「初めての共同作業です♪」
それって、ケーキを切るんだよね?
でも・・・似てるかも。
笑いがこらえきれなかった。