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46 新しい関係は戸惑いとともに(1)


1月3日。

朝の9時半ごろ、秋月さんから電話。


「もう近いと思うんだけど、目印はある?」


同じような家が立ち並ぶ住宅街にある我が家では、曲がる場所を説明するのも難しい。

家の前まで来てもらって家族に紹介するのはまだ早い気がしていたから、これ幸いと、近所のコンビニで待っていてもらうことにした。

真由は自分の家とは反対方向なのに、ちゃんとくっついて来た。・・・反対方向と言っても、コンビニはうちからほんの2、3分なんだけど。


コンビニがある道路に出たところで、急に落ち着かない気分になってしまった。


どうしよう?

会ったら急に抱き締められたりしないよね?

でなければ、またおでこに、とか?

昼間だし、外だもん、大丈夫だよね?


「紫苑。そんな顔しなくても大丈夫だよ。」


真由が呆れてる。

そんなに困った顔をしてた・・・?



コンビニの狭い駐車場・・・いた!

一番端に停めた赤い小型車の前で、秋月さんは手に持っていた携帯から顔を上げると、あたしに気付いて微笑んだ。


駆け寄って来ない・・・。

よかった。

これだったら熱烈なあいさつはなさそう。


「あけましておめでとうございます。」


少し小走りに近付いて新年のごあいさつ。


「あけましておめでとう。今年もよろしくね、紫苑さん。」


ああ・・・この声。

引き絞った弓のイメージ。

久しぶりに思い出した。

やっぱり、何日も・・・って、たった4日だけど、会わなかったから?


ゆっくりと追いついた真由が隣に立つ。


「秋月さん、こちら、友人の三崎真由です。」


「初めまして。紫苑がいつもお世話になってます。」


「初めまして。秋月優斗です。」


穏やかにあいさつを交わす様子は、落ち着いた大人同士って感じ。

なんだか自分だけが、あれこれ心配し過ぎる子どもみたいに思えてしまう。


「秋月さん、真由はパティシエなんです。最初のアップルパイのときは、真由に教えてもらったの。」


「ああ、じゃあやっぱり、最初からうまくできてたんだね。食べられなくて残念だったなあ。」


「でも、紫苑が一人で頑張ったのは食べたんですよね? 初挑戦のタルトも?」


真由の笑顔の質問に、秋月さんが少し驚いてあたしを見る。


「・・・真由には話してあるから。」


どこまで話したかは言いづらいけど。


照れくさくて何も言えなくなってしまった秋月さんとあたしを、真由はくすくすと笑った。


「紫苑。じゃあ、行くね。秋月さん、紫苑をよろしくお願いします。」


真由が手を振って、軽やかに歩いて行く。

その先には・・・隆くん?


「バイバイ! またね!」


声をかけると真由が振り向いて手を振り、その向こうで隆くんも手を上げた。


二人が声を掛け合って歩き出すのを見送る。

離れた場所からでも、二人を自然な優しい空気が包んでいるのが感じられるよう。


真由の隣には隆くん。

そして、あたしの隣には・・・秋月さん?


「荷物は後ろに入れる・・・ほどじゃないね。」


「あ、うん、足元で平気。」


コンビニで飲み物を買って、いつものように後ろの座席に乗り込もうとしたら。


「あれ? 紫苑さん、後ろがいい? この車、後ろはいっぱいで・・・。」


いっぱい?


「これ、姉の車でね。結婚して近所に住んでるんだけど、1才と2才の子どもがいるからチャイルドシートを乗せてるんだよ。」


チャイルドシート?

ほんとだ。2つ。


「だんなさんの車はマンションの駐車場があるんだけど、自分用のを借りるのがもったいないって言って、うちの車庫に入れてるんだ。そのかわり、僕が使っていいことになってて。」


どうしよう・・・?

わざわざはずして欲しいなんて、わがまま言い過ぎだよね・・・。


「あの、じゃあ、助手席でいいや。」


大丈夫。

隣は秋月さんだもの。

これから一生、助手席を避けて過ごすわけにはいかないかも知れないし。


助手席へと乗り込んで深呼吸。

大丈夫大丈夫大丈夫。


「紫苑さん、シートベルトを。」


あ、そうだった。


緊張しているのか、金具がなかなかはまらない。


「あれ? おかしいな?」


変なのはあたしの手の方なんだろうけど、こんなところにまで不器用が影響するなんて・・・。


「ああ、ちょっといい?」


気付いた秋月さんが長い指のきれいな手でやってみると、何事もなくベルトの金具は落ち着いた。

こんなにも違うものなのかな・・・。


「あーあ。あたし、何をやっても不器用で。」


ため息をつくと、秋月さんがエンジンをかけながら笑った。


「そんなに違いはないと思うけど?」


「ほんとうに違うの。今みたいなこともあるし、前に話した料理も、道具を使うスポーツも、楽器もダメ。」


「でも、アップルパイもタルトも美味しかった。」


「あれは・・・味はね。本と秋月さんのおかげ。」


「スキーだって、中級のコースを滑ってきたんだよね?」


「あれは龍之介のおかげ。それに、 “滑ってきた” って言うよりも、 “転げ落ちてきた” の方が近いかも。ほんとうに数え切れないほど転んだの。立ったと思ったら、すぐにバランスを崩して、とか。」


思い出すと笑ってしまう。


「怪我をしなかったのは、秋月さんの御守りのおかげかも知れないな。3つとも、ウェアのポケットの3か所に入れておいたの。」


「役に立ってよかったよ。」


秋月さんも笑ってる。

一緒に笑えるって、楽しい。


「秋月さんはスポーツは得意?」


「得意っていうほどではないけど、普通には。体育の成績は中の上くらいだった。」


「球技が得意でしょう?」


「うーん、そうだね。走るのよりは向いてると思ってたよ。テニス部だったし。」


「ああ、やっぱりね。」


「どうして?」


「だって、器用だもん。」


「関係ある?」


「あるよ。あたし、球技は全然ダメなの。バレーボールもバスケットも、授業の初日のパス練習でつきゆびしちゃうの。必ず。」


「ええ? それ、誇張してない?」


「違うよ、ホントのこと。『ボキ』って音がして、すごく痛いんだよ! いつも薬指なの。治ったころに、またやっちゃうこともあるし。」


「うわ・・・。」


「テニスとかバドミントンとか卓球とかだと、ラケットとボールの距離感がなかなかつかめなくてね。」


「ああ。でも、それは慣れで・・・。」


「そうかもしれないけど、あたしと同じように普段は運動をしない子たちが、最初の授業からちゃんとラケットにボールを当ててるのを見ると、落ち込むよ〜。」


「くくく・・・。そうだね。」


「あ。想像してるんでしょう?」


「わかる? 紫苑さんが豪快に空振りしてるところ。」


「もう! ・・・いいけどね。あきらめてるし、もう体育の授業はないから。」


それでも不器用が情けなくなることは、今でもたびたびある。


ため息をつきながら、ハンドルに置かれた秋月さんの手をちらりと見ると・・・指が長くて綺麗な手。

それに比べてあたしの手は・・・。


両手を広げて裏、表と、ひっくり返しながらながめてみる。


小さい。

指が短いし。

婦人用の手袋は、必ず指先が余ってしまう。

指先がほっそりしてないから、爪なんか丸っこいもんね。ネイルをやるような形のいい爪にはならないよ。


「あーあ。この手でどれくらい損してるんだろう?」


また、ため息。・・・・え?!



視界の端から、すっと、もう一つの手が現れて、あたしの右手が包まれた。

一瞬だけ込められた力の温かさを残して、すぐに元の場所へ・・・。



手、手を・・・握られた?


握られた右手をかばうように左手で覆って胸元に引き寄せる。


また、いきなり?!

なんで、いつもいきなりなの?!


秋月さん!


「だって、小さくてかわいいんだもん。」


そんな。

だからって、いきなり。


「悩んでる紫苑さんもかわいいなあ。あはははは。」


そんな!

やっぱり、助手席に乗ったのは間違い?!


「やだなあ、紫苑さん。いきなり襲ったりしないよ。」


そっ、そうだよね?!


「昼間だし。」


うそ?!

じゃあ・・・暗くなったら・・・?


「あ、あの、あたし、今日は早く・・・。」


「ぷ・・・。冗談だよ、紫苑さん。あははは!」


「・・・ホントに?」


この前のこともあるし、そんなに簡単に信用していいんだろうか?


「んーーー。もしかしたら、ほんのちょっとだけ。」


正直に言われちゃってるよ・・・。

秋月さん、笑ってるし。

困っちゃう。



でも・・・ちょっと可笑しい。


そうか。


嫌だったら、あたしも遠慮なく怒っちゃえばいいんだ。

秋月さんだったら、分かってくれるはず。


うん。

きっと大丈夫。


安心したら、一緒に笑うことができた。






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